17.三つの願いごと
申し訳ないですけれど面倒臭いです。
だって私は子ども達担当。旦那様の面倒は範疇外なのですよ。
「旦那様のことを教えてくださりありがとうございます。今まで理解できなかった事が少しだけ分かってきました」
「……そうか」
「はい。まずは、顔を上げましょう」
「?」
「会話の基本です。相手の目を見て話す。これが大切です。笑顔はどちらでもいいですよ。話をする意思があるかないか、それを示す第一歩が相手をきちんと見ることです」
「……だが」
「お仕事の時はどうされているのですか?」
「……準備した書類を見る」
なるほど。書類にまとめてしまわれるのね。
「では、フェミィ様達にも書類を作ってください」
「……子ども達にどんな仕事を斡旋するのだ」
「父親を知ってもらうお仕事ですよ」
「なんのために?」
「ちゃんと親子になるためです」
「?」
これは絶対に分かっていませんね。そうだとは思っていました。少しずつ、この無愛想から気持ちを読み取れるようになってきましたが、何も嬉しくありません。
「同じ家に住んで、お父様と呼ばれたら一応は父親ですが、それでは伯爵と呼ばれているときとほとんど変わりません。今のあなたは、同じ家に住んでいる少し怖いオジサンに過ぎませんから」
「……怖いオジサン……」
「ちなみに私は子ども達の方が年が近いです」
「?!」
本当に私には興味がないですよね。よくこれで妻だとか言えたものです。愛しているのはダイアナ様だけのくせに。
「子供達のために今日は何をしたのか。例え一行でもいいから書いてください」
「な、何も書けなかったら……」
「父親失格なだけですからお気になさらず」
「気にするだろうっ?!」
「ならば、毎日子供達のために何かを頑張ればいいだけです。今日からお願いしますね」
……どうしてそこまで蒼白になるのかしら。
「仕方がありません。例文をお教えいたします」
「た、頼む!教えてくれ!」
「今日も子ども達が幸せに過ごせるように、頑張って働きました。これでいいですよ」
「……人が働くのは当然で、そんなことを書いたら恩着せがましいだろうが」
そういう常識はあるのですね。少しホッとしました。
「当然ですが、当然ではないのです。誰かのために頑張れるのはすてきなことなのですよ?旦那様が仕事を頑張る理由は何ですか?それを素直に書けばいいだけです」
変だわ。魔王だと思っていた男は、ただの気弱な大型犬だったみたいです。尻尾を丸めてクンクンと鳴いている気がします。真っ黒なたれ耳が見えそうですね。
「あ!ノーランはどうなったのですか?」
「……仕事に戻ってる」
「ちゃんと謝りましたか?ただ笑っただけで不貞を疑うだなんて、とっても失礼なんですよ?」
こら、目を逸らさない!会話の基本だと言ったでしょう。
「……謝罪文と迷惑料を渡す」
「駄目です。いい大人同士なのですから、口頭での謝罪を要求します。迷惑料は渡してください。
あと!私もお詫びとして要求したいことがあります」
「勿論だ。離婚は困るが、それ以外の要求ならば何でも言ってくれ。完全に私が悪かったのだから」
「三つありますが」
「全て叶えよう」
よし。これで私は楽になるはずです。
「一つ。昼間からお酒を飲まないでください。飲む量は楽しめる程度です」
「パーティーや仕事の付き合いの席で出たもの以外は飲まない。飲んでも一杯までにする」
「二つ。どんな理由があろうとも、私や子ども達に暴力をふるわないでください。今度やった場合は離婚します。子ども達も私が引き取りますから」
「……いや、それは」
流石にこれは受け入れない?
「王都にあるタウンハウスを君の名義にしよう」
「はい?」
「あと、ノーランを君の雇用に変更する」
それはなんのお話でしょうか。先程の話とどう繋がるのでしょう?
「だからもし、私が何か暴力をふるったり、君の嫌がることをしたら、ノーランに命じて王都に向かうといい。もちろん子ども達も一緒だ。
王都のタウンハウスの使用人も全て君の雇用にする。離婚するのではなく、そこでコンラッドが相続出来るまで過ごしてくれ」
「……離婚では無く別居ですか」
「そうだ。私はこの伯爵家をコンラッドに渡したいんだ」
それはとても助かりますが、何故そこまで?
「……私は本来なら爵位を継ぐ人間ではなかった。だから、兄が愛したダイアナと、半分だけでも兄の血を持つ私から産まれたコンラッドが正しい後継者だと思っている」
……馬鹿な人。ここまで伯爵領を栄えさせて来たくせに。全てを愛する兄とダイアナ様に捧げるの?
「そういうことを、もっと子供達に話してあげたらいいのですよ」
「……こんなこと話せないだろう」
「なぜです?お祖父様達の醜聞を知らせたくありませんか?でも、大人になったからといって立派な人になれるわけではありません。それを知るいい機会なのではないかしら。
本当に立派なのは、そういう人になろうと日々努力している人です。
ですから、あなたは十分立派な人だと思います。
いつか子ども達に伝えてあげてくださいませ」
そんなにも変なことを言ったかしら?呆然としていらっしゃるけれど。
それにしても、本当に私に大切な子ども達を託すのですね。
やっとあなたは私を見たのだと感じました。なんて遅いのかしら。それでも。やっと……やっとだわ。これで対等な立場になったと思っていいのですね?
「分かりました。離婚では無く別居を受け入れます。もちろん、生活費などは全て旦那様持ちですよ」
「ああ、もちろんだ」
一番の問題は次ですわね。
「三つ。ダイアナ様を探してください」
「!!」
やっぱり三つ目は素直に頷きませんね。でも。
「何でも言うことを聞くと言いましたね?」
「だ、だが……」
「怖いですか?真実を知ることが」
「……こわい……」
わぁ、本当にブルッブル震えているわ。
「貴方はダイアナ様を信じていないですか?あなたの女神なのですよね?」
「違う……信じている。信じられないのは自分だ。私なんかの側に十年以上も縛りつけて……逃げたくても仕方がないと……でも、面と向かってずっと嫌いだったと言われると……」
暗いわね。仕方がないのかもしれないけれど、私はコレに付き合う気はありません。
「ダイアナ様は本当に無理だと思ったら子どもを捨てて逃げるような方なのですか?」
「捨ててなどいない!ただ、子ども達はここに残った方が幸せだと思っただけだろう?愛だけでは生きていけない。相手の男と二人だけなら自分達の責任だが、子ども達は巻き込めないから……だから……」
うーん、思ったよりも考える頭はあるみたいです。
「では、あなたはお二人が真実の愛を手に入れて逃げたのなら反対しないのですね?」
「……だから探していないじゃないか」
本当にダイアナ様が好きなのですね。そこまで誰かを愛せるのは羨ましい気もします。
「それならば、ちゃんと見つけて許すと言ってあげてください。逃げるのではなく、きちんとお別れをすべきではありませんか?
子ども達のためにも。旦那様自身のためにもです」
「なぜ、それが私のためになるのだ」
「逃げられたと未練タラタラでいるよりも、きっぱりとお別れしたほうがスッキリしますよ」
女神への片想いをずっと引き摺られていると迷惑なんですよね。子ども達が可哀想です。たまには会えるようにとか、話し合いをすべきですもの。
「だが私は、彼女が幸せでいてくれたらそれだけで」
また、とんでもなく重い発言が出ました。この世のどこかで幸せに生きていてくれたらそれでいいということですか?
あなたはよくても子ども達はよくありませんよ。
「はい、約束は約束です。絶対に守ってください。フェミィ様達にも伝えますから。きっと喜ばれますよ」
子ども達のためですから、しっかり探しまくってくださいませ。




