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この瞬間が世界を名作にする。~異世界でコーヒーを飲もうよ~  作者: きゅっぽん
第4章 岩竜の森のコボルト編
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第54話 森に埋もれた道

 猟師の小屋から一時間ほど歩くと、木々はさらに密になり、岩竜の森に足を踏み入れたようだった。高くそびえる樫やブナの枝は絡み合い、下層には柔らかな木漏れ日が差し込む。厚い落ち葉と朽ち木に覆われた地面は、踏むたびに湿った香りと土の匂いを立ち上らせ、古い倒木には苔がびっしりと生え、小さなキノコが顔を出していた。

 そんな中、猟師は木々や岩、茨を避けながら、下草の丈が低かったり地面が露出した歩きやすい場所を選んで進む。シュウ達は一列になって後を追ったが、左右から伸びる若木や茂った草を掻き分け、時には倒木や太い枝の下をくぐらなければならなかった。

 一番苦労しているのは体格の大きいバルドで、枝に引っ掛かり頭上の枝にぶつかるたびに手で払いながら進む。また、非力なアヤナは下草を蹴り開けたり、枝や茨を十分押し広げる事ができず、胸に引っ掛けて服に裂け目を作ったりしていた。それを見たシュウは、小剣で藪を払ったりしていたが、途中で彼女に止められた。


 「シュウ、気持ちはありがたいですが、これから森の奥に行くのに体力は温存した方が良いでしょう。そこまで気を使わないで下さい」


 「そうだね。分かったよ」




 そんな風にして進んだ昼頃、ようやく少し開けた倒木のそばで猟師が休憩を告げた。シュウとロレンツィオは、待ってましたとばかりに腰を下ろし、崩れるように座り込んだ。バルドはどかりと腰を下ろした。アヤナは皆に背を向けて座り、服の裂け目を手早く縫い合わせる。フィオは途中で摘んだ木苺を食べていた。

 シュウは少し休んだ後、例によって他の者に見られないようアヤナと身を寄せてコーヒーを召喚する。それを自分達とロレンツィオ、猟師に配った。各々が自分の背負い袋からパンに干し肉やチーズを出して食べ始める。

 

 「ふぅ~、やっぱり道がないと進むのが大変だね。獣道でもあればいいのに」


 食べながら言うシュウに、ぷぅと猟師が噴き出した。


 「おいおい、今通ってきたのがその獣道だぜ」


 「え? 藪の中を通ってきたよね?」


 「ああ、今通って来たのはアカシカの道だ。奴らは藪くらい押し通るからな。下草が短かったろ。奴らに踏まれてあまり大きく育たないのさ。さ、そろそろ休憩は十分だろ。さっさと行かないと、夜中になっちまう」


 「うへ~」シュウは嘆きの声を上げた。




 昼食後、再び進み始めた一行だったが、その足はすぐに止まった。それを見て猟師がぼやいた。


 「あ~、ここの木は確かに前から傾いていたんだがな。昨日の雨で地面が緩んだか」


 彼らの前には、電柱ほどの太さの木が横倒しになって道を塞いでいた。枝を広く伸ばし、地面から一メートルほどの高さで止まっている。周囲の木や藪と絡んでいて、下をくぐるのも上を乗り越えるのも、かなり厄介そうだった。


 「迂回できないんですか?」


 アヤナの問いに、猟師が首を振る。


 「それこそ道なき道だぜ。……仕方ねぇ、全員で枝を払って通れるようにするぞ」


 その瞬間、バキッと音が響いた。


 皆が振り向くと、バルドが斧を振り下ろすところだった。ニ、三度斧を振るうと枝が払いのけられ、幹までの道が現れる。さらに数度振ると幹が真っ二つに割れ、バルドは手で押し広げながら、人が通れる隙間を作った。木の枝や根が折れるたびに、あちこちで乾いた音が鳴った。

 広がった幹の間を通って向こう側に行ったバルドは、振り返りざまに猟師に言った。


 「さっさと行くんだろ。道案内を続けろ」


 猟師は口をあんぐりと開け、感嘆混じりに応じた。


 「流石、巨人殺しは伊達じゃないな……アンタの前に道がなくても、後ろには道ができるってか」




 バルドが道を切り開いたせいか、その後は森の中を順調に進んだ。気のせいか幹の太い成木の間隔が広く、シュウには比較的若く細い木々の間を通ることが多いように感じた。少し余裕のできた彼は、周囲を見回しながら歩き、少し離れた落ち葉の上にシジュウカラがいることに気づく。こちらを見て首を傾げる仕草に笑みが漏れる。

 しばらく歩いたところで、彼は一つ気になる事があって猟師に聞いてみた。


 「ひょっとして、ずっと上に登っていますか?」


 「さすがに気付いたか。そうさ、例の火が見える丘の上まで行こうとしているからな」


 猟師は、苦笑する。


 「なるほど。あと、ここって歩きやすいですけど、ここも鹿の通り道なんですか?」


 シュウの今度の問いには、彼は眉間に皴を寄せた。


 「いや、違うな。獣道がこんなに広くなることはねぇ。しかも丘の上を通って、恐らく火の見えた岩山の方に続いている。ひょっとすると、大昔に人が作った道があったのかもしれねぇ」


 「何だと!」


 シュウ達の会話に無関心そうにしていたロレンツィオがいきなり大声を上げた。


 「おい、それを貸せ!」「あっ」


 ロレンツィオは、シュウが持っていた旅用の杖を奪って藪を引っかき始めた。杖を取られたシュウは呆然と立ち尽くす。


 「ちょっと、何を始めたんですか?」


 アヤナが厳しい口調でそう言ったが、彼は全く気にする様子もない。


 「やはりそうか! 長い年月のうちに森に呑まれたが、ジルバータール王朝時代の街道がここを通っていたに違いない。お前たちも、何か痕跡がないか探せ!」


 興奮するロレンツィオに、猟師がボソりと呟く。


 「そういや、変な石をたまに見かけるな。こんな森の中で人が作った物とは思わねえし、たまたまだろうと思ってたぜ」


 それを聞いたロレンツィオは、普段からは考えられない熱量で、猟師に掴みかかった。


 「それを早く言え、どこにあるんだ!」


 猟師はロレンツィオを振り解くと言った。


 「もう少し行ったところに、道が右に大きく曲がってるところがある。確かそこの端に四角いの石があったぜ」




 ロレンツィオに急かされるように進んだ一行は、しばらくして猟師の言うような場所に着く。


 「おい、どこだ」


 「あ~、その辺に転がってたんだが…」


 ロレンツィオは、猟師の示す方に勇んで行こうとするが。


 「前に拾い上げた時に、確かあっちに放り投げたんだったよな」


 「ふざけるな~!」


 急に方向転換した彼が、今度は「あっち」に突進した。呆然とする一行の前で、嬉々として藪を掘り返すロレンツィオは、しばらくして「あった!」と声を上げる。彼の手には、三十センチほどの、角が丸くなった細長い石柱が握られていた。


 「くそ。文字が削れて読めない。だが、これは間違いなくジルバータール王朝時代の境界石だろう」


 彼は、完全に石の調査に夢中になっていた。そこに猟師が冷ややかな声で問いかける。


 「なあ、ロレンツィオさんよ。俺は夕方までには丘の上までアンタらを連れてって、そこでおさらばしたいんだよ。そいつは持っていいっていいから、調べるのは後にしてくれねぇか?」


 この言葉にアヤナもロレンツィオの説得に回る。


 「ロレンツィオさん、おめでとうございます。どうやらあなたの探す遺跡はこの先にあるようですよ。あなたがここに残るなら、私達で調べておきますが、どうなさいます?」



 一瞬だけ石と道の先を見比べたあと、ロレンツィオは短く言った。


 「行くぞ」


 彼は態度を豹変させ、石を握りしめたまま、何事もなかったかのように歩き出した。




 緩やかな登り道は、森へ入ったばかりの頃や、鹿道を辿っていた時よりずっと歩きやすかった。とはいえ整えられた登山道とは程遠く、茂みをかき分けて進むような手間は相変わらずだ。

 シュウは時おり木々の切れ目から遠くを眺めた。ブナやオークの梢が赤や黄に染まり、落ち葉の上にはハシバミの実やドングリがころがる。その間をリスや小鳥が駆け抜けていく。岩肌に落ち葉と苔が貼りつく対比も目に心地よい。

 紅葉登山の気分を味わいながらも、森を進むのは大変で、汗が服を伝い、下草の露や枝の水滴で濡れていく。皆も体が冷えるだろうし、そろそろ野営を考えるか、一度休んで着替えた方がいいか。シュウがそう思い始めた頃、猟師の声が飛んだ。


 「着いたぜ」


 そこは小高い丘の上だった。眼前では、倒木に押し倒されたのか木々が横倒しになり、その向こうの斜面には小川が流れているらしく視界が開けている。そしてさらに遠く。森の外からも見えたあの切り立った岩山が、塔のように、あるいは天を仰ぐ竜の首のように、木々の上へ突き出していた。

 一行が並んでその姿を眺めていると、猟師が得意げに声を張った。


 「そうだ。夜になると、あれの根元がぼうっと火が付いたように光るんだ」


 フィオが万歳をするように両手を上げてはしゃぐ。


 「すご~い、大きい~。あれって本当に竜に戻って、動き出したりしないかな~?」


 これに、アヤナも頬に人差し指を当てて呟いた。


 「あんな岩山が自然にできるものでしょうか。近いのはアメリカのブライスキャニオンや、中国の武陵源でしょうか? でも、先端が湾曲しているものは記憶にありません」


 「叩いたら、折れそうだな」


 「いや、ここからじゃ細く見えても、実際はかなり大きいからそう簡単に折れないんじゃないですか」


 一方、物騒なことを言うバルドに、シュウが呆れたようにツッコミを入れた。


 「それで、君の言う変な石はここには無いのかね?」


 「ああ、それならあの辺りで見たような」


 ロレンツィオはソワソワしながら猟師に場所を尋ね、示されるとあっという間に駆け出した。


 「じゃあ、俺はここで帰るぜ。化け物に遭いたくないからな」


 猟師はその場の誰に言うともなく声を掛ける。シュウがそれを聞いて銀貨を差し出した。


 「ここまでありがとうございます。お約束の銀貨十枚です。気を付けて帰って下さいね」


 「ああ、残りの分け前も期待しているぜ。化け物に食われるなよ」


 猟師はそう言ってシュウの肩を叩いた。それからアヤナに向き直る。


 「幸運を祈るぜ、美人さん。いざとなったら面倒をみてやるからな」


 「ご厚意はありがたいですが、心配はご無用ですよ、猟師さん」


 アヤナは手を軽く振り、アッサリと別れの挨拶を済ませた。猟師は大げさに肩を竦めてから引き返していった。




 ロレンツィオが藪を引っ掻き回している間、シュウは彼の分とアヤナの分のテントを設営した。テントはバルドに運んでもらったが、代わりに財宝に黄金の酒杯があれば彼の物になることになった。アヤナは夕食の準備を始め、バルドは周囲の安全確認に回る。フィオはどこに行ったのか、姿が見えなかった。


 二つのテントが張り終わった頃、ロレンツィオが「あった!」と叫んだ。一同の手が止まる。彼は六十センチほどの石柱を持ち上げ、絡んだ蔦を引き千切り、貼り付いた土を払い落す。


 「読めるぞ! アウレリア・ミノル……黄金の地、と書いてある」


 全員がそちらを振り返った時、森の中へと陽が沈みかけていた。

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いつも楽しく読ませてもらってます! 猟師良いキャラ
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