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この瞬間が世界を名作にする。~異世界でコーヒーを飲もうよ~  作者: きゅっぽん
第4章 岩竜の森のコボルト編
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第50話 古い柱と遊び歌

 翌朝、シュウとアヤナは、廊下の床を踏む木の軋む音に気づき、身支度を整えてから部屋の戸を開け、誰かが通りかかるのを待った。しばらくして、灰色の頭巾をかぶり、同色のウールチュニックとズボン姿の男が通りかかる。シュウよりやや背は低いが、筋肉質の中年で、布は全体にくすみ、袖口や裾には馬の油のしみが付き、藁の小片が絡んでいた。


 「すみません。僕はシュウ、彼女はアヤナ。昨日からこちらでお世話になっているロレンツィオ様の連れです。馬車から馬へ荷物を積み替えたいのですが、納屋はどこか教えていただけますか?」


 「お前、流民のくせにやけに礼儀正しいな。実はいいとこの出か?まあいい。俺は厩番のオットー。今から厩へ行くところだから、案内してやろう。」


 オットーについて厩に来たシュウ達は、納屋を開けてもらい荷物を確認する。


 「持って行くのは、食料とテント、毛布くらいかな?」


 「そうですね。これからいく村や集落は、街道沿いよりももっと小さくなりそうですから、食べ物もあまりに手に入らない可能性が高いです」


 「ところで、これ。どうやって馬に括り付けよう?」


 テントと毛布、食料を馬の前まで持って来てはたと困るシュウ。馬に荷物を括り付けたことなど無いのだ。困っていると、オットーがやって来た。


 「何だ、お前ら。荷物の付け方も分からんのか? 貸してみろ」


 彼が荷物を付けている間、シュウはよく見て覚えようとする。アヤナも同様である。それから、お礼代わりに彼の仕事を手伝うシュウ。アヤナは単純労働をしたくないのか、荷物を確認するフリをしてやり過ごす。作業を終えた二人は、厩を出て館の部屋に戻った。そこでは、すでにフィオが朝食を食べ始めていた。




 朝食後、シュウとアヤナがフィオと一緒に馬のところで待っていると、斧を担いだバルドと革の装丁の本を何冊も抱えたロレンツィオが現れた。


 「おはようございます。ロレンツィオさん、バルドさん」「おはようございます」「おっ、はよ~」


 シュウ、アヤナ、フィオの挨拶に、バルドは軽く頷いて答える。しかし、ロレンツィオは本をシュウに押し付け、納屋の荷車へ向かう。


 「ちょ、ロレンツィオさん。食料やテントはもう積んでいますよ。それにこの本はどうするんですか」


 シュウの言葉を背に、ロレンツィオは木箱を開けながら答える。


 「勿論、ジルバータール王朝の遺跡を調査するための道具だ。そのために持ってきたのだからな。その本も貴重な古文書なのだ。丁寧に持て行けよ」


 「いや、遺跡なんて初耳ですよ。それに、そんな物はここに置いといて下さいよ。まずは食料でしょう」


 「岩竜の森は、ジルバータール王朝時代の鉱山街があった可能性が高いのだ。ならば、古文書と調査の道具が何より重要だろう」


 シュウとロレンツィオが言い合いになりそうになった時、アヤナが口を開いた。


 「ロレンツィオさん。貴重な古文書なら、この館に保管して頂きましょう。これから行く村や森で汚れたり、破れたりしたら大変です。ロレンツィオさんなら内容は頭に入っているでしょうし、必要になったらまたこの館に戻ればいいでしょう。

 それに、その調査道具も遺跡を見つけてからですよ。まだ、それらしい物があるか、周辺の村で聞き込みをしなければなりません。道具のせいで食料が減れば、一日、二日ごとにこの館に戻らなければならず、遺跡を見つけるまで時間が余分に掛かりますよ」


 その後もロレンツィオはブツブツ言っていたが、結局折れて本と道具は置いていくこととなった。出発前の騒ぎに少し疲れを覚えながらも、シュウたちはようやくコボルトの洞窟探しへと出発した。






 館を出て初日、シュウ達は集落の間の細道を辿りながら森を目指した。館からこっちの集落は、街道沿いと比べて屋根が低く、逆に村を囲う柵は高く密になってきていた。これはバルドの村の周辺と同じで、家にこだわる余裕のなさや、獣への用心からの傾向であろう。


 二日目、次第に細く、歩きにくくなる道を進み、森まで二、三キロメートルの集落まで辿り着いた。ここまではどの村でもコボルトの噂は聞けず、これ以上森に近い集落は無いようだった。この岩竜の森は街道からも、小高い丘の上などでは見えていたが、ここまで近付いてみて、ようやく気付いたことがあった。

 街道から眺めた時、名前の由来となった竜のような岩山は見えず、シュウは不思議に思っていた。だが、今ようやくその理由が分かった。


 「あれが岩の竜…すごいな」


 「そう…ですね。あんな形、自然に出来るものでしょうか」


 「わーい、わーい。岩の竜だ~。すっご~い」


 フィオがはしゃぎ回る傍らで、シュウとアヤナは感嘆した。ロレンツィオは思案気に黙り込み、バルドは片眉を上げた。それは「山」というよりも、木々の上へと突き出す十数本の切り立った岩の群れだった。

 シュウは子供のころから世界の不思議地形などに興味をそそられ、実際にオーストラリアのエアーズロックやデビルズマーブルなどを見に行ったことがあった。その時も日本では見られない光景にワクワクしたものだった。

 だが、この岩群はそれ以上だった。中には途中で湾曲しているものもあり、さらには映画で度々日本を襲撃する怪獣の頭のように、先端が折れ曲がっているものもあった。異世界に来て、いろいろあったシュウだが、この時ばかりは凄いものが見れて良かったと思うのだった。


 その後、一行は森の外縁を辿る道を通って南下しながら、調査を続けることにした。




 四日目になり、食料の残りからそろそろ引き返そうとしていた時だった。ある集落を訪れたところ、コボルトの話は聞けなかったが、代わりに不思議な岩の話を聞いた。


 「何だか分からないが、昔からあって。邪魔なんだよな」


 それは畑の端にある高さ二メートルほどの白い縦長の岩だった。風雨に晒され丸くなり、上の方は斜めに細くなっていてる。自然の造形のようにも見えるが、地面との境には確かに人の手が入った痕が残っていた。


 「間違いない。ジルバータール王朝時代の神殿の柱だろう。それにしても、残っているのはこれ一本か」


 これを見たロレンツィオは、嬉々として掘り起こそうとした。しかし、アヤナが制止した。


 「発掘には何日も、ひょっとしたら何ヶ月も掛かるかもしれません。それよりもは地域全体を調査し、全体像を把握するのが先ではありませんか?」


 ロレンツィオは、仕方なしに柱のスケッチと特徴を書き残すだけに留めた。


 その間、シュウとアヤナは他にないかと周辺を探させられたが、村人も知らない物は見つからなかった。ロレンツィオが書き終えた時、バルドは斧を抱え、腰の高さの岩に腰掛けて、森を眺めていた。そして、フィオは村の子供達と遊んでいた。アヤナは嘆息したが、何も言わなかった。




 柱の集落からの帰り道、館に向かい馬を引きながら細道を進むシュウ。彼はいつものように楽し気なフィオの歌を何とはなしに聞いていた。


 森かげ小道 小さな足

 夕陽色の石 ひろってはこぶ

 だれも見てない ひみつ道


 小さな手が そっとかくして

 くすくす笑い いっぱい踊る

 地面の下で 見ている誰か


 ずっと深くで 覗く赤い目

 舌がさぐる 息のぬくもり

 骨のかけら ころんと落ちた


 いつも聞き流していたそれだが、その時はたまたま意味を考えてしまった。


 「いや、怖いって。何その歌?」


 「村の子供達に教えてもらった歌よ」


 シュウはゾッとして尋ねたが、フィオはアッサリしたものだった。アヤナがシュウを落ち着けるように言う。


 「何か意味があるのかもしれませんが、どうとでも解釈できるので、あまり気にしなくてもいいのではありませんか」


 「でも、これコボルトの歌じゃない? それに誰か死んでるよね」


 「そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。どこを指してるのか分かりませんし、あまり気にしても仕方ないと思います」


 「う~ん、まあ、そうか」


 「や~い、シュウの怖がり~」


 フィオの笑い声にかき消されるように、シュウは肩を落とした。




 館で食料を補給すると、一行は調査を再開した。今回は北寄りの道を選び、森の外縁を北回りに進む。南回りで発見した、ジルバータール王朝時代の遺跡の一部は、こちらでも少数発見された。しかし、コボルトの噂は相変わらず耳に入ってこなかった。

 そんな中、立ち寄ったある集落でのことである。それは館を出てから三日目。これまで立ち寄った集落も、あまり大きなものではなかったが、その集落はそれらと比べても家の数が少なく、寂れて見えた。村人の様子に変わりはないように見えるのだが。


 「う~ん、他の村と何が違うんだろう?」


 「村を囲う柵が傾いて、隙間ができている」


 シュウの独り言に、バルドがぽつりと言った。


 「そうだったかな」


 首を傾げるシュウの目にそれが映る。それは家の外、藁束の前に転がされた斧だった。


 「錆びてる?」


 「おかしいですね。鉄製品は貴重品です。錆びるほど、放置しておくなんて。……よほど使われていないのでしょうか」


 今度はアヤナが顎に指を当てて考え込む。そこでフィオが井戸の近くで洗濯をしている婦人に走り寄った。


 「ねぇねぇ、この辺ってコボルトいない? 私達、コボルトがいる森を探してるの!」


 彼女の元気な声に、しかし婦人は顔を青くした。「そんなの知らないよ!」女は桶を抱え、家の中へと引っ込んでしまう。


 「あれ、あれ?」 これまでにない反応に戸惑いながら、フィオは他の村人に聞き回る。だが全員が全員、知らないと言って家に入ってしまった。彼ら以外、人のいなくなった集落の中で、建物の中から窺う視線だけが残る。


 「なんか、マズいことになっちゃったかな?」 周囲を見回して、頬を掻くシュウ。


 そこに村の奥から、顔に深い皴が刻まれた壮年の男が近づいてきた。彼は一行の前に立つと、手に持った杖を大きく振った。


 「コボルトなんていない。余所者は出て行ってくれ。他で余計なことを言うんじゃないぞ」


 そこにアヤナが一歩前へ出て、声をかける。


 「何かお困りなのではありませんか? こちらには大力もいます。話してみて、きゃっ!?」


 バルドを示して片手を向ける彼女を、男は突然、杖で突いた。むにゅり。


 「出て行けといっただろう!」


 「アヤナ!?」


 胸を押されてよろめくアヤナを、シュウが後ろから支える。周りを見回した彼は、周囲に剣呑な雰囲気が立ち込めるのに気付いた。


 「わ、分かりました。出ていきますよ。だから暴力は止めて下さい」


 「何を言っている? この集落にだってジルバータール王朝の遺跡があるかもしれないんだぞ」


 慌てて村の男を制止するシュウに、それを意にも止めないロレンツィオ。


 「いや、無理ですって。村の人達と衝突するつもりですか?」


 「バルドもいるのだ。村人なんてどうとでもなるだろう」


 何が問題なのかと首を捻る彼に、村の男は顔を青くした。


 「いやいや、ここはヒュートヒェン男爵様の領地ですよ。男爵様ともめ事を起こすつもりですか?」


 シュウの叫び声に、村の男もウンウンと頷く。それに胸を押さえたアヤナも追従した。


 「これでは話も碌に聞けません。一旦、村を出ましょう」




 そうして何も聞けずに村を追い出されたシュウ達。だが村を出たところで、若い痩せぎすの男が、ヘラヘラとした笑みを浮かべながら近寄ってきた。


 「アンタら、コボルトの話が聞きたいんだろう。出すもんだしたら、話してやってもいいぜ」

今月はここまでです。お読みいただきありがとうございます。

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