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この瞬間が世界を名作にする。~異世界でコーヒーを飲もうよ~  作者: きゅっぽん
第3章 巨人殺しの小領主編
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第42話 ブランシュモンの手勢

 シュウ達が外に出てみると、斧を持ったバルドが村の入口へと歩いて行くところだった。彼の背中越しに見ると、村の入口辺りに人が集まっている。十人ぐらいの村人がこちらに背を向け、その向こうでほぼ同数の男達がこちらを向いている。

 家を出る前に小剣を持っていたシュウは、そのまま村の入口へ向かおうとしたがアヤナに手を掴まれた。


 「何?」


 「念のためです」


 そう言って、急いで家の中へと手を引く彼女に、シュウもとにかく従った。二人の部屋に戻ると、アヤナは小剣を腰に下げると、自分の長杖と背嚢を取る。背嚢にはいつも最低限の身の回りの物が詰められていた。僅かではあるが、食料も入っている。アヤナのズボンを除けば、ちょうど二人がこの世界に来た時と同じ状態だった。

 アヤナの意図を察したシュウも、背嚢を背負い小剣は腰に下げて長杖を持つ。二人は頷いてから、急いで村の入口へと向かった。




 「アレがブランシュモンかな?」


 「恐らく、そうですね」


 シュウの問いに、アヤナが答える。二人の視線は村の入口へと注がれる。


 村の入口ではバルドと見慣れない男が怒鳴り合っていた。初老とまでは行かないが、髪が灰色になりかかった壮年の男で、この村の誰よりも身なりが整っている。豪華とは言えないが、きっと中堅の商会の店主くらいだろう。アローデールの街の雑貨屋の店主よりもいい服を着ている。

 その二人は、それでもまだ五メートルくらいは距離を空けていて、それぞれを中心に十人くらいの男達が列を成して対峙していた。どちらも鎌や鍬、木の棒などで武装しており、服装は村人のそれである。もっとも、こちらの村人の方が若干、みすぼらしいが。

 そこに並ぶ村人達も互いにヤジを飛ばしており、シュウ達同様村の女子供もそこから離れて様子を見守っており、不安そうだ。そこに二人が村に来た時にバルドに話し掛けていた村長が出て来て、村の女達に何かを言っていた。それを聞いて女子供は慌てて逃げ出していく。




 二人は村の入口へと近付いていく。相手側の一番後ろに最も目立つ奴がいた。バルドよりも上背がある筋肉質の男で、金属の片を縫い付けた革の鎧を着ている。石像ように感情の見えない顔をしており、その手は地面に突いた大槌の柄が握られている。まだだいぶ離れているのに、シュウはその男が怖かった。


 「ブランシュモン、隣の領主はあまり強そうに見えませんでしたが」


 「ああ。後ろにいる奴で、バルド様に対抗しようというんだろうな」


 立ち並ぶ村人達のすぐ後ろまで来た時、既に二つの集団の緊張は最高点まで達しており、ついにバルドが相手へ向かって歩を進める。それに呼応するように、あの恐ろしい男が相手の村人を押し退けて前に出て来た。


 「お前のような奴は、ブランシュモンにはいないと思ったが」


 「ああ、彼に雇われたんだよ。アンタを殺したら金貨百枚だ。すごいだろ?」


 「命が惜しいなら、帰れ」


 斧を構えたバルドが低く唸るように告げたが、相手も槌を構えてニヤニヤとしていた。


 「怖いねぇ~、流石巨人殺しだ。だが、このトロイグ様は、グランヴォー庄で名を馳せた剛勇無双の士だぜ。これまで三十人の丈夫(ますらお)の背骨を砕き、七人の大力(おおぢから)の頭蓋を潰して来た背砕丸が、今日は巨人殺し殺しになる時だぜ」


 このトロイグ、気持ちが前へ出るが、言葉選びは下手だな。シュウはつい余計なことを考え、そして頭を振って戦いに集中しようとする。


 「弱犬はよく吠える」


 「ほざけ」


 ガキン。バルドの片刃の大斧とトロイグの大槌が打ち合わされる。一瞬動きを止めるが、バルドの斧が逸らされて、大槌に押し込まれる。バルドは素早く斧を引き、体の周りを円を描くように一回転させて、再び打ちつける。トロイグは大槌を少し振り上げただけで、それを受ける。




 三合目、四合目と続くが、バルドの斧はトロイグの体には届かない。バルドより大きなトロイグは、それを見てニヤニヤ笑いを浮かべて見下ろしている。バルドの方は硬い表情のまま、遮二無二で斧を打ちつけているように見える。

 ブランシュモンの村人達は歓声を上げ、逆にこの村の者達は沈み込み、不安そうに見守っていた。アヤナもシュウの肩に手を置き、小声で尋ねる。


 「大丈夫でしょうか。私には負けているように見えますが」


 「僕にも分からないよ。でも、彼は下がっていない」


 「え?」


 「彼は打ち合いを始めてから、一歩も下がっていないんだ。逆に向こうの傭兵は、半歩もないかもしれないけど、ほんのちょっとずつ下がっているんだ」


 「それはどういう?」


 二人がそこまで話したところで、バルドとトロイグの戦いを見守っていたブランシュモンが、大声を上げる。


 「ははっ、見たかお前達。やれ、トロイグ! 巨人殺しも、お前の巨体には手も足も出ないぞ」

 

 その声がきっかけになったのか、それとも偶然だったのか、トロイグの大槌が斧を弾き、バルドの体が横に流れそうになる。トロイグはすぐさま槌を引き戻して、反対側から横振りにバルドの体に叩き付けようとする。

 斧で受けられないと思ったのか、バルドはそのままトロイグへと前に踏み出し、左腕を盾に受けようとする。ガッ。槌を受けた腕から、引き裂かれた革の袖が剥がれ、その下が赤く染まる。それでも折れていないのは、さすがのバルドの剛腕だろう。

 バルドが横倒しに倒れる。そう思った瞬間。弾かれたように見えた斧を追うように、バルドは低い姿勢でトロイグの横を回り込み、左の足の後ろに斧を叩き付ける。


 「うわっ」


 トロイグが悲鳴を上げ、彼の左足から血が噴き出す。腱が切られたのか、力なく崩れ落ちる。それを見て歓声を上げていたブランシュモンが、息を呑む。向こうの村人達も同様で、逆にこちらの村人達は期待に喝采を上げる。


 「巨人殺しは得意なんでな」


 そう言ったバルドは、立ち上がれないトロイグの腹を蹴ると、うつ伏せになった彼の肩を踏みつける。そのまま足で抑えつけて、まるで薪でも割るように、振り上げた斧を振り下ろす。トロイグの首が体から離れて転がった。


 「やりましたね」


 アヤナがバルドの逆転劇に喜色を上げる。いや、首。転がってますけど。シュウは思った。野蛮な世界って分かっていましたけど、生きててもらっては困る敵ですけど、人死にって初めて見ましたよね。今どきの女子高生は、みんなそんなに精神力強いんですか?

 そして、やりましたね、って、やったか、と同じ意味ですよね。それって、フラグじゃないよな。シュウはバルドの陣営では、唯一喜ぶことなく周囲を見回す。そこで、顔を手で覆っていたブランシュモンが、落胆はしても、それほど焦っていないことに気付いた。彼の言葉に最初に注目したのもシュウだった。


 「やれやれ、剛勇無双などと言っていたわりに口ほどにもない。あいつがバルドを倒してくれれば、それで終わりだったのだが。こうなっては総力戦をするしかないか」


 そしてシュウは気付いた。いつの間にかブランシュモンの側にいた村人が増えている。最初は互いに十人ぐらいづつだったのが、向こうは今三十人くらいになっていた。こちらは、これで訓練をしていた全員だが、向こうは人口が二倍か三倍なので戦える人数が多くても当然だろう。


 「おい、アイツら」


 誰が言ったのか、こちらの村人達もやっと、相手の人数が増えていることに気付いて動揺する。さらにダメ押しのように、後ろからさらに十人以上の男達が現れた。しかも、最後に現れた男達は、村人ではない。トロイグほどの巨体ではないが、明らかに暴力を生業とする男達だ。

 そこで、シュウは背中をポンと叩かれる。きっと、アヤナだろうが、今は正面の敵から目が離せない。バルドも斧を構え直して、奥の男達を睨みつける。その時、ふっとシュウの後ろから風が吹いた。あれ? 何かがおかしい。

 自分の後ろには、村人達や何を置いてもアヤナがいるはずである。であれば、こんな風に自分に風が当たるだろうか。まるで草原にポツンと一人でいるような。シュウは一瞬だけのつもりで、目の前の敵から目を離し、後ろに振り返った。


 !


 誰もいない。


 いや、ずっと向こうに全力で逃げる村人達がいる。しかも、先頭を走っているのはアヤナだ。シュウが一瞬、バルドを見ると、彼もシュウを見た。

 シュウは一秒にも満たない逡巡の後、村人を、アヤナを追って走り出した。数が違い過ぎる。現実的に考えて、勝てっこない。ならば、どうするか。シュウの結論は村人やアヤナと一致したようだ。逃げるんだよぉ~っ。

 そして、そのシュウを追い越し、バルドも逃げ出してた。ブランシュモンの男達の笑い声が聞こえてくる。笑いたければ笑え、最優先は命だ。




 森に飛び込み、藪を掻き分けて進むシュウ。もう、誰の姿も見えない。完全にはぐれた。だが、一応目的地、というかどっちへ行くかの目論見はあった。この村の出入り口で、馬車が通れるのは一つだけ。ただし、人だけなら三つの道があった。

 一つは近くの山へ向かう道。これは山小屋への道であり、村人達が何かあった時の避難場所としている所である。しかし、その先は山しかなく、別の村や街道へは通じていない。二つ目は街道へ向かう道であり、馬車で通れる道に次いで比較的短時間で街道へ出れるが、崖のような難所がいくつかある。

 最後の一つが、かなり遠回りで街道へ出るまでに森で一泊が必要であるが、比較的平坦な道だけで通れる。この道を使う村人はほとんどないが、シュウとアヤナはいざという時の逃走経路には、三つ目の道を使うと決めていた。


 何故なら、いざという時の想定は、ブランシュモンの村の者達から逃げるだけでなく、バルドの村の村人からも逃げることも含まれていたからだ。




 「おい、その背嚢には食べ物も入ってるんだろう」


 もうだいぶ村から離れたし、少し足を緩めようか。シュウがそう考え始めた時、道の先からそんな声が聞こえて来た。聞き覚えのある声である。それでもシュウが警戒しながら進んでいくと、大きな木を背に、追い詰められたように見えるアヤナがいた。その前にはバルドが立っている。


 「バルド様、何をしてるんですか。

  ……それにどうして、ここに」


 「シュウか。やはり、こっちに来ると思っていたぜ」


 シュウが声を掛けると、バルドは何事もなかったように振り返ったが、アヤナは急いでバルドを迂回してシュウの背に回る。シュウは眉を顰めた。


 「バルド様は領主様でしょう。村人と一緒に村を取り返さなくていいんですか」


 「お前も逃げておいて何を言う。ブランシュモンがあれだけの手勢を集めたなら、どうにもならん。村の奴らが俺に従って、アイツらと戦うなんてことは絶対にない」


 「だったら、王様に兵を借りるとか。バルド様を領主にしたのは王様なのでしょう」


 「はっ、自分の村を守れない領主に罰を与えることはあっても、兵なんか出さねえよ」


 シュウとしては、実際にはバルドがどうするかなんて、どうでもよかった。ただ自分達から離れて欲しかっただけだが、話の流れが違う方に進みそうでイライラして来る。それでも万一、力づくになれば、自分達にはどうにも出来ないので辛抱強く話を聞く。


 「では、バルド様はどうしようというのですか」


 「お前達はアローデールへ戻るのだろう。俺も行く」


 当然のようにそう言うバルドに、シュウは目を見開き、アヤナは固まった。

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