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この瞬間が世界を名作にする。~異世界でコーヒーを飲もうよ~  作者: きゅっぽん
第3章 巨人殺しの小領主編
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第39話 バルドの村

 昼下がりの陽射しの下、きしむ荷馬車が土道を鳴らして村の中へと入っていった。畑に出ていた村人が鍬を止め、土壁の家々から子供や女たちが顔を覗かせる。誰もが領主の帰還と知りながら、口々に声を上げる者はいなかった。

 彼の肩に担がれ、尾を擦りながら引きずられていく大トカゲの死骸が、あまりに異様で、目を奪って離せなかったからだ。そのため、バルドの後ろに従い荷馬車を曳くシュウや、普段なら村人の関心を集める野菜などが詰まっているであろう袋などには、ほとんど視線が注がれなかった。

 いずれ注目が自分に向かうとわかっていても、到着の瞬間に人垣に取り囲まれなかったことに、シュウはひそかに胸を撫で下ろす。張りつめた沈黙の中、やがて腰の曲がった老人が人垣を押し分け、一歩前に進み出て、かすれた声で口を開いた。


 「……お帰りなさいませ、バルド様。ご無事のご帰還をお喜び申し上げます。それで、その怪物はいったいどうされたのですか?」


 「ハンスか。こいつは、街道からこの村へ向かう森の途中にいやがった」


 「なんと、そんなところに。それは幽岩洞のグラウンドリザードではありませんか?」


 後で二人がバルドに聞いたところ、幽岩洞とはここからブランシュモンの村を挟んで反対にある、岩山の洞窟らしい。


 「ああ、ブランシュモンの奴が、こっちに追い立てたんだろう」


 「そういえば、三日前から村の境で煙を焚いておりました。何の嫌がらせかと思いましたが、まさかその怪物をこちらに引き留めるため……。バルド様?」


 バルドは老人の前で止めていた足を、再び動かし始めた。


 「家に戻る。俺のいない間の村の様子は後で聞かせろ」


 大トカゲの尾が地面に線を引く。その後ろを馬を引くシュウとアヤナがついて行く。それに気づいた老人が声を掛けた。


 「お前らは誰じゃ?」


 「僕はシュウ、彼女はアヤナ。僕たちはバルド様に雇われました。これから商人との取引は僕たちの方で対応します。また、後ほど」


 シュウが老人に軽く会釈してバルドに続く。アヤナも同じように会釈して通り過ぎた。二人が大トカゲを引きずるバルドについていくと、屋敷という程ではないが他の家の四倍はありそうな家の前で足を止めた。厩と家と同じくらいの大きさの頑丈そうな木造の納屋もある。

 馬を厩につなぎ、荷馬車と一緒にタマネギの袋を納屋に収めた二人は、身の回りの物だけを持って母屋に入る。二人には、空き部屋のひとつを当てがわれた。その部屋は十畳ほどの広さがあるものの、長らく放置されていたらしかった。

 壁際には壊れかけの桶や古い道具が積まれ、厚い埃がかかっていた。人の気配が長く絶えていたことは一目でわかる。アヤナは小さくため息をつき、袖で口元を押さえた。


 「……まぁ、仕方ありませんね」


 シュウも渋い顔でうなずき、黙って窓を開けて風を入れる。二人は荷を下ろすより先に、床を掃き、散らばった埃を外へ払い出すことから始めた。




 「夫婦って言う設定だから、一部屋しかもらえなかったね。なるべく気を付けるから、気になる事があったら遠慮なく言ってよ」


 夕食の準備を始める前、これから住むことになる部屋の掃除を終えたところで、シュウがアヤナに声を掛けた。


 「仕方ありません。まだ、村の人だけでなくバルド様の人柄も分かっていませんから、むしろ私一人になる方が怖いです。でも、お触りは厳禁ですよ」


 アヤナは何でも無いことのように返事を返すが、最後に両腕を交差させてシュウに禁止のジェスチャーを向ける。


 「バルド様と約束した仕事は商人との取引だけですが、村で役に立つところを見せないと、ここに居られなくなるでしょう。明日から村を見て回って、やれることを探しましょう」


 「そうだね。じゃあ、まあ、無事の到着を祝って。コーヒー召喚」


 シュウは両手にコーヒーを出して、片方をアヤナに渡す。受け取った彼女は、目をつぶって鼻の近くへ引き寄せ、その香りを吸い込む。


 「ありがとうございます。これだけは文化の香りがして落ち着きます」


 シュウも彼女の真似をすると、香ばしさの中に僅かなミルクと甘い匂いが鼻孔に満ちる。


 「うん、やっぱり旅は疲れたけど、こんな世界の果てで貴重な甘味を手軽に飲めるのは、僕の能力の唯一の長所かも。ふう、染みるねぇ」


 「ふふっ。世界の果てのバリスタさんのコーヒーは、世界一ですからね」


 二人は旅の疲れをコーヒーで癒してから、夕食の準備を始めるのだった。




 翌朝、二人はバルドと朝食を共にすると、村の様子を見にいった。二人が村に提案できることを探すためだ。オーツ麦を売った村に、秋の収穫までは売る物がない。そこまでぼうっとしていては、何を言われるか分からない。

 二人がある畑の傍まで行ってみると、牛二頭と村の男達が四人で、大きな犂を引いていた。それだけ牛や人手を掛けている割に、犂はしょっちゅう土に引っ掛かり、掘り返しの作業は遅々として進んでいないように見えた。

 しばらく眺めていると、木の根にでも引っ掛かったのか、犂が動かなくなり農夫達が苦労しているように見えた。そこで、シュウはすっとそちらに向かい手伝おうとしたが、後ろからアヤナに手首を掴まれ、引き留められる。彼が振り返ると、アヤナが言った。


 「ダメです」


 「えっ? 苦労しているみたいだから、手伝おうとしただけだけど。新顔なんだし、恩を売って仲良くなれば、今後も居心地が良くなるんじゃない」


 「あなたが、農夫達の仲間になりたいなら正しい行動です。でも、それをすると一番下っ端の農夫になって、農村運営の効率を上げるような仕事をする時間はなくなるでしょう」


 「うっ」


 シュウは彼女の話を聞いて身につまされる思いをした。会社員時代、目の前の仕事を終わらせることに集中し、いつの間にか若手と並んで作業者になっていることがあった。それで、若手並みの仕事しかできないと、評価が下がった事を思い出したからだ。


 「行きましょう」


 彼はアヤナに従って、トボトボとその場を立ち去った。




 それからも二人は村を回った。別の畑では、先程よりもずっと小さい犂を牛一頭で引いているのを見かけた。犂が小さいせいか、それを使う村人は随分力を入れているようで、その進みは遅かった。

 二人がバルドの家に戻る為、最初の畑の前を通ると、犂が大きいせいか畑の端で向きを変えるのに苦労していた。バルドの家に戻った二人は、バルドのために黒パンとチーズで簡単な昼食を用意し、自分達も一緒に食べた。村人達は一日二食だが、領主は三食で、二人は日本の習慣と領主に合わせた。

 食事の中で、アヤナは先ほど見たことを切り出した。


 「バルド様、先ほど村の畑を見て来ましたが、犂も壊れかかっているようですし、そもそもこの村の畑の土質や大きさに合っていないようです。小さい方はここの粘質には不十分ですし、大きい方は牛の数も足りず、畑の大きさにも合わないので切り返しに時間を無駄にするようです」


 シュウはアヤナの洞察力に感心し、また前に食料生産向上の研究をしたかったというような話をしていたのを思い出した。


 「行商人に何でもいいから持ってこいと言ったら、あれを持って来やがったんだ。中古だし、あまり金も払えなかったから仕方がない。土起こしなんて根性で何とでもなる」


 「どのみち、刃もガタついているようですし、鈍ったり曲がったりしているので、買い替えか修理が必要です。あの二つの間の大きさの犂があれば、土起こしの効率はずっと上がるでしょう。私達がそれを用意して村人に貸し出したら、代わりに私達が食べる分の穀物などを頂いても?」


 「新しい物を買ってくれるなら、それぐらいいいだろう。だが、ブランシュモンのせいでリヴェンベルクで犂を売る商人はいないだろう」


 「そうですか。少し考えてみます」


 アヤナはそう言って、頬に人差し指を当てて考え始めた。話に入れなかったシュウは、二人の目が逸れている隙にコーヒーを出して、そっとアヤナの手元に寄せた。




 昼食を終えた二人は、再び家を出て村が一望できる丘の上に来た。アヤナはシュウに話し掛けたものだったか、それとも独白なのか考えを声に出す。


 「さて、この村で私達が役立つところを見せるのに、犂を手に入れたいのですが。バルド様と街へ行っても、隣領の領主に手を回されていて買えないようですし。下手をすれば、この村の出入りは見張られていてそうなのですが」


 シュウはアヤナに答えるように言った。


 「なら、馬車で通った道以外に、森を通る裏道とかあるだろうから、二人でそこを通って街へ買いに行くとか?」


 「う~ん、犂はシュウが担いで森を進めるほど軽くはないでしょうし、そもそもまた大トカゲや隣村の村人に襲われたら、二人ではどうにもならないでしょう」


 「じゃあ、八方塞がり?」


 「いえ、お陰で考えがまとまりました。ありがとうございます」


 「ど、どういたしまして?」




 それから三日後、バルドは牧草を満載にした荷馬車に乗って、森の中を進んでいた。彼が森を抜け、街道に出ようとしたその時、木々の後ろから数人の村人が現れる。その中の一人、中年の男が醜いニヤニヤ笑いを浮かべて前に出てきた。そして、バルドに慇懃に頭を下げてから話し始める。


 「これはこれはバルド様、ごきげんよう。オーツ麦の次は牧草ですかな? 無駄足にならないと良いのですが。というのも最近は、リヴェンベルクでも牧草は余り気味らしいのです」


 バルドは男の言葉を聞いて、苦虫を嚙み潰したような顔をする。


 「お前達には関係のない事だ」


 そう言うバルドは、彼らに目を向けず、馬車を進めていく。


 「そう言えば、見慣れない若い男と女を連れていたそうですな」


 中年の男がそう言うが、バルドは何も言葉を返すことはない。だが、彼らの間を馬車が通り過ぎようとしたとき、痩せた若い男が手に持った棒を牧草の中に突き入れた。


 「うへへへっ、こんなもん売れるわけねえんだよ。ん、何か」


 男が牧草の中をグリグリと押し回すと、バルドが馬車を止めた。そして荷台から大斧を取り出す。バキッ。


 「すいません、バルド様。コイツはしっかり教育しとくんで。どうぞ、お通り下さい」


 先程、バルドに声を掛けた中年の男が、若い男を殴りつけた。かなり強く顔面を殴りつけたようで、若い男は尻餅をつき、口からは血を流し、歯も折れていた。


 「そ、村長。何しやがる」


 「何しやがるじゃねぇ。あれほど、手を出すなって言っただろうが。おい、お前ら、そいつを連れて行け」


 村長と呼ばれた男がそう言うと、他の男達が倒れた男を引き摺って、森の中へと戻って行く。


 「バルド様、お引止めしてすいませんでした。良い旅を。ご商売の成功をお祈りしていますよ」


 それだけ言うと、彼も森の中へと戻って行く。バルドは斧を荷台に置き直し、馬車を再び進ませる。




 しばらくして、荷台の牧草の中からシュウが顔を出した。


 「バルド様、さっきの奴らは誰ですか?」


 「ブランシュモンの村の奴らだ」


 シュウの疑問にバルドが凄く嫌そうな顔をする。


 「見張ってたという事でしょうか。ぼく達のことも、もう知っているようですね。街までは伝わっていないといいですが」


 そう言ったシュウだが、アヤナの反応がないことに気づき、心配そうに声をかける。


 「アヤナ、大丈夫かい? ひょっとして、さっきの男が突き入れた棒が当たったとか」


 「いえ、大丈夫です」


 そう言うアヤナの声は少し震えていたが、車輪の音に紛れてシュウは気付かない。彼女は牧草の中で少し涙目になって、足の付け根を両手で抑える。こんなの私のキャラじゃない。彼女の呟きは誰にも聞こえなかった。

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