44.その聖女、準備を整える。
それから満月までの毎日は、なるべくアルと一緒に過ごした。
朝起きて一緒にごはんをつくって食べたり、カフェで一緒に働いたり、夜は一緒に手を繋いで眠ったりと私の気持ちを伝えた事で少しだけ関係に変化はあったけれど、アルは相変わらずアルのままで、私はそんなアルと過ごす日常が愛おしかった。
そんな中で私は少しずつ身辺整理をしていった。
「セリシア様、なんだか雰囲気が変わられましたねぇ〜。落ちついたというか、大人っぽくなったと言うか」
カフェにお茶しに来たシェイナはミルクティーを飲みながらそう口にした。
「そう? 特に何も変わらないけど」
服と化粧のせいかしら? と言いながら私は毛糸で作ったたわしを完成させる。
暇だったからギルドで仕事を受注したけれど、意外と覚えているものだと積み上げられたたわしの山を見ながら思う。
「ふふ、何かいい事でもありましたか?」
揶揄うようなシェイナの言葉に私は内緒っと、笑う。
「さて、と。納品はこれで完了かしら?」
「セリシア様、手先器用ですね。ハイ♪確かにお預かりしました〜。でもちゃんと次からはギルドに持って来てくださいませませ〜。出張サービスなんてアル様のスイーツなければ来ませんよ?」
呼び出した私にいつもと変わらない口調でそう言うシェイナにたわしを納品したついでのように書類の束を渡す。
「……コレは、一体?」
書類に目を落としたシェイナはとても真面目な顔をして、私の方をマジマジと見る。
「私が持ってるラスティでの事業の権利書。領主様というか、シェイナに管理して欲しくて」
今日はこれを渡したくてわざわざ来てもらったのと、足を運んでくれた事に礼をいう。
「それは、ギルドでの代行管理をご希望という事でしょうか?」
私は首を振るとにっこり笑って、
「全部シェイナに任せたいと思って。これからどんどん発展していくだろうから、もう私の手には負えないわ。これだけあれば、これから先ラスティが税の取り立てで困る事もないと思うし」
と、全てを譲る事を伝えた。
「どうして、急に? それにこんな、大事なものいただけませんよ」
それには答えず、私は微笑んで、
「タダではあげないわよ。そこに書いてある孤児院に毎月、書いてある金額ギルド名義で寄付してね。譲渡のための手続きは、ラウル様に頼んだから」
そう言って有無を言わさずシェイナに押し付けた。
「私、シェイナには感謝してる。ラスティはいいところだわ。追放先がここで良かった」
「……どこかに、行かれてしまうんですね」
「それはまだ、分からないけど。でももし私がいなくなるのだとしても、またラスティに来た時に、ここの良いところが残ったままもっと素敵なところになってるといいな、とは思ってる」
だからこれは預けておくね、とシェイナに頼むとシェイナは私の顔をじっと見て、
「お預かりするだけですからね」
とため息をついて引き取ってくれた。
久しぶりに見た王都は、相変わらず騒がしく、夜だと言うのに明かりが消えない。
「アル、連日悪いわね」
「別に連れてくるくらいはわけないよ。シアの魔力使ってるし」
私はアルに頼んで国内の要所要所気になっていた箇所に連れて行ってもらい、連日強固な結界を張り続けていた。
私は両手を組んで魔法を詠唱し、結界を編む。
「見事なもんだね」
私が編んだ新しい結界を見上げてアルはそう言う。
「一応本職だもん。前は過重労働のせいで魔力が足らなかったけど、ラスティに来てからずっとアルに甘やかされて魔力余ってるから。私の力を削るにはちょうどいいでしょ?」
私は自分の指先を見つめて魔力の流れを感じる。理想は、一回致命傷を避けるための防御と回復魔法がかかる程度だから、もう少し余裕がありそうだ。
「魔力を消費するなら他にも使い道あっただろうに、ヒトのために使うあたりがシアらしい」
そう言ったアルの顔を見ながら、
「ヒトのため、というよりコレは私のためよ」
王宮の方角を眺めて私はため息をつく。また都合のいいモノの様に扱われるのはごめんだ。
「聖女を追放したり、取り戻そうとしたり、勝手よね。でももう、働いてなんかあげない」
捨てられて正常な思考を取り戻した私は聖女としてこの国に反旗を翻す。これはそのための準備。
「ラウル様の話を聞いて、聖女がいなくなっても、他の人がメンテナンスしていけるような結界を編めればいいなぁって、思って。誰でもできるなら、聖女なんて不要だろうし」
使い捨ての聖女なんか、いなくなればいいと思う。
そして、他の誰かも私みたいに頑張りすぎて潰れることがないように、願いを込める。
この結界がそんなものとして遺ることを祈っている。
そう話した私にアルは、シアらしいねと同意してくれた。
「せっかくだし、孤児院覗いていく?」
帰りに寄ろうかと言ってくれたアルの提案に少し悩んだけれど、私は首を横にふる。
先生も忙しいだろうし、一応お忍びなので誰かの目に止まると困る。
「んーいいや。それはまたの機会で」
私は魔法を発動させ、伝令蝶を2匹出す。一つはラウルに、一つはノエルに向けに。
ラウルには新しい結界の維持の仕方をノエルにはたまにラスティのギルドに顔を出す事をそれぞれ蝶に乗せて飛ばす。
万が一の時の事を考えてお礼も述べておこうかととも思ったが、それは次回直接会えた時の機会にとっておくことにした。
「帰ろうか、私達のおうちに」
これで本当に私には王都の地に用がなくなったけれど、聖女として過ごしたこの場所に寂寥感も未練もなく、私の気持ちはもうラスティに向いていた。
今夜は満月という日の夜、
「これで全部達成っ!」
私は満月までにやってしまいたかったリストの最後の項目に線を引く。
やるだけの事は全部やったわと私は机に突っ伏してぐでる。
久しぶりの聖女としてのフル活動は大変だったけれど、いやいややらされた仕事ではなかったから思いの外充実していた。
初めて聖女として立った時と同じ"誰かの役に立てれば"という純粋な気持ちでいられたことが何より嬉しかった。
「シア、本当に良かったの? こんなこっそり勝手にいろいろやっても、きっと誰もシアのおかげだなんて思わないし、感謝もされないのに」
お疲れ様と私の前にココアを置いてくれたアルがそう尋ねる。
『シア、いいの。これでいいの。シアは思う通りに生きていいのよ』
お礼を言ってココアを受け取った私は甘いココアを一口飲んで、母の言葉を思い出しながら私は言葉を紡ぐ。
「いいの。これでいいのよ」
私の欲しいものは、私を讃える賞賛や聖女としての名誉じゃない。
「誰に感謝されなくてもいいの。アルだけ知っていてくれたら十分よ」
消化したリストを丁寧に折りたたんで、記録に挟む。コレが、多分私の聖女としての最後の仕事。いつか、振り返る日が来たら見返してみたいなと未来を思ってそっと撫でた。
「アル、今日がどんな結果になったとしても、私は後悔しないわ」
万全は尽くした。だけど解呪が上手く行かなかったら、死神に狩られた私は目を覚さないかもしれない。
「私はアルの事が大好きだよ」
解呪が上手くいって、私が目を覚ましたとしても、きっと道は別れるんだろう。アルには帰る場所とやるべき事が待っている。
「どこにいても、アルの事想ってるから。アルも満月の夜だけでも思い出してくれたら嬉しいな」
使い果たした魔力は、直ぐには元に戻らないだろうけれど、また聖女の力が使えるようになって、自分の身が守れるようになったら、今度は私がアルに会いに行こう。
満月の夜にでも、こっそりと。
「さぁ、解呪をはじめましょうか?」
ココアを飲み干した私は黒い羽織りを取り出して、アルにそう笑いかけた。
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