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42.その聖女、想いを告げる。

 あの日の事を思い出すと、今でも足がすくむ。けれど取り戻した記憶は、悪いものばかりではない。


「俺が遅れさえしなければ、ちゃんと魔族を抑えておければ、そもそもシアと関わらなければ、あんな目に合わせることなんてなかった」


 それは、もうどうしようもない"かもしれない"。そうであったとしても、いずれどこかでああなっていた可能性だってある。

 私は背伸びをして、アルの事を抱きしめる。


「何度でも言うけど、アレはアルのせいじゃない。アルが記憶を封じていなくなっちゃったから"助けてくれてありがとう"も"いっぱい酷いこと言ってごめんなさい"もずっと言えなかったじゃない」


 わざと子どもめいた口調でそういって、


「アル、本当にありがとう。あと、ごめんなさい」


 私は約10年分の思いを込めて、アルにそう伝えた。


「ありがとう、でも俺はずっと悔いてる」


 それでもアルから返ってきた言葉は深い後悔の色に染まっていて、アルが一人でそれを抱えてきた年月に泣きそうになり、ぐっと堪えた。


「私がどれだけ大丈夫っていっても、きっとアルは後悔や罪悪感を抱えちゃうんだろうけど、私はそれは嫌なの。だから、あの日の夜を清算させて欲しい。私は、過去じゃなくて、これから先をアルと生きていきたいから」


 アルから体を離した私は鞄から一冬かけて作った真っ黒なフード付きの羽織りを取り出し、アルに差し出す。


「これは、一体……?」


 黒い羽織りを広げてアルは目を見開く。

 羽織り一面に細かな刺繍で古術式の模様を聖女の力をありったけこめて入れた。


「ねぇ、アル知ってる? 物語では王子様にかけられた呪いって必ず解けるものなのよ」


 まぁアルは王子様ではなく魔王様だし、私もお姫様なんかじゃないんだけど。


「私にアルが抱えている呪いを解かせて欲しい。きっと、アルと私なら解けるから」


 私は自信ありげに微笑んで、アルの手を握る。


「私、アルの事が大好きなの。これから先ずっと、ずっと、一緒にいたいって、誰にも渡したくないって思うくらい」


 アルの紅茶色の瞳が驚いたように大きくなる。


「まだ、答えは言わないで。アルの呪いが解けたら、どんな結論でもちゃんと聞くから」


 口を開きかけたアルを私は笑顔で遮って、そう告げる。きっとアルが断るだろうことは分かっている。

 物語の呪いは真実の愛とやらで解けるらしいが、実際はそんな簡単なものではない。

 だから、これは私の退路対策。逃げられないし、答えを聞くためにきっと必死で喰らいつくと思うから。

 言葉を遮られたアルは少しだけ困った顔をしながら、話の続きを促す。

 私は羽織りを広げて模様を見せながら、アルの呪いの解呪について説明を始めた。


「アルは、ヒトを脆弱だと言ったけど、ヒトは一人でできることに限りがある事を知っているから、色んなものを遺すし、誰かに頼る事を知っている。そうやって、病気や呪いに対しても知識として蓄積してきたの」


 もちろん、未知のものだってあるけれど、蓄積されたデータを元に考えることだってできる。


「アルにかかってる呪いの名前は"死神"。その名の通り、呪った相手の魔力と寿命を年月をかけて削り落としていく呪い。初めはその人が一番力を持つ日にやってきて、弱るほどに回数が増す」


「シアは、何でそんなに呪いに詳しいの?」


 アルが驚いたように私に尋ねる。


「王妃教育で王城出入りしてたからね。私孤児だから、読み書きすらできないと思われてたみたいで、全く警戒されてなかったから色々知識を盗み読みさせてもらったわ」


 ごめんなさいね、私育ちが悪いものでと私は手癖の悪さを得意気に語り、アルは苦笑しながら知ってると頭を撫でた。


「もう、本当は猶予なんてないくらい、アルは弱っているんじゃないの?」


「……そうだね」


 誤魔化しが効かないと悟ったように、アルは静かに肯定した。


「初めてアレを見た日から私はずっと、解呪の方法を探してた」


 呪詛返しができれば楽だけれど、それをしたくとも、かけた相手がこの世におらず、返す先がない呪い。

 最終的に出てきた死神に捕まったらアウトで死神を返り討ちにしても、必ず何かが持っていかれるという厄介な呪いだ。


「だからね、返す先がないのなら、返す当てを作ればいいんじゃないかなって」


 私の提案に、アルの紅茶色の目は拒絶を示すが、私は構わず話を進める。


「あの呪いの原動力は元は私の魔力というか聖女の力よ。だから私が呪いを引き受ける。そして、一度成就させようと思うの」


 暴走し、切り離されたとは言え元は私のモノなのだ。今なら制御できないこともないだろう。


「そんなこと、させられるわけないだろ!!」


「死ぬ気はないわ。私とアルなら勝率かなり高いと踏んでるし」


 解呪のための材料ならもうすでに揃っている。あとはアルを説得できるかどうかだ。


「満月の夜なら、きっとできると思うから」


「万が一でも、シアに危険がある事なんてさせられない」


「そういうところ!」


 私はため息混じりに指摘して、アルの前で仁王立ちする。


「もう、この際だからハッキリ言うけど、私いつまでも子どもじゃないし、私だってアルに1人で危険なことされるの嫌だし、何なら何にも話してくれないことにすっごく腹立たしいと思ってるから」


 私の剣幕に驚いたように紅茶色の瞳が大きくなる。


「アルは大概のことなんでもできてしまうかもしれないけど、私だって頼られたいのよ」


 魔族は総じて能力が高い。魔王クラスならチートと言っても過言ではない。

 何十もの魔族を一瞬で蹴散らして、誓約魔法を勝手に解除して、呪いを自分に移して肩代わりしたあげく、記憶封じまで施した状態で魔ノ国を管理していたのだ。

 だけど、今の私ならできる事だってあるはずだ。


「約束、したじゃないっ! ずっと一緒にいるって。大人になっても、ずっと一緒にいてアルの事守ってあげるって言ったじゃない!! ……私にも、約束守らせてよ」


 絶対泣かないつもりだったのに、感情が昂った私は子どもみたいにボロボロ涙を流しながら、思いの丈をアルにぶつける。 


「私の、これから先のスローライフに、アルが居てくれないと困るの。朝起きて、アルと一緒にごはんを食べたい。たまにお日様の下でふかふかに干した布団に寝っ転がって一緒に昼寝したり、満月の夜は一緒にデートするの。そんな、私の毎日の生活の中にずっとアルに居て欲しい。だから、アルがしんどい時は、半分くらい私にも分けてよ」


 私は大好きなアルに泣き顔のまま言葉を紡ぐ。


「私は、アルが魔族だとか関係なく、アルの事が大好きだから。きっと、これから先、ずっと、永遠に」


 きっと他の女の子達みたいに可愛くなんてできてないだろうけれど、これが私の精一杯の愛情の形だった。


 私の話を聞き終えたアルは、涙でボロボロになった私を抱きしめて、あやすように背中を叩く。


「……また、子ども扱いする」


「……いつまでも、子どもならってずっと思ってた」


 アルは背中を叩きながら優しい声でそう言った。


「そうなら、俺はずっとシアの保護者でいられるから」


 身体を離したアルは私の濃いピンク色の髪を指先で掬い、そこに口付けを落とす。その流れるような動作がまるで小説のワンシーンのようで、視線が離せなくなった私に、アルはくくっと喉で笑った。


「いつまでも子どもだなんて、そんな事あるわけないのに。シアはもう、立派な大人なんだよね」


 困ったなとアルは熱くなった私の頬に触れ、


「本当は今日、シアに"さよなら"を言うつもりだったんだけど、あんな風に言われちゃったら、シアのことはぐらかして国に帰れないな」


 とそう言ったあと、


「助けて、もらおうかな。俺の聖女様に」


 とても、綺麗に微笑んで私の額に口付けた。


「急に……へっ、あの?」


「シア、動揺し過ぎ」


 おまじないじゃないよね、と挙動不審になる私を面白い生き物でも見るかのように笑ったアルは、


「とりあえず、魔力が欲しいなぁ。俺から呪い引き剥がすにも、その後俺がこの古術発動させるにも魔力ないと無理だし」


 とそう言った。驚いて目を見開く私に、


「シア、解呪失敗したら、俺と一緒に死んでくれる?」


 アルは真面目な顔をしてそう尋ねる。


「私を誰だと思っているの? 失敗させるわけないでしょ?」


 アルとのこれから先が欲しいから。

 抱きついた私は、アルの耳元で囁く。


「プランBにならなくて良かった」


「プランB?」


「魔ノ国乗っ取り計画。聖女から魔王にジョブチェンジしようかなって」


「…………うん、本当にやめて。マジで」


 何で聖女様はこうも物騒なのと呆れた声でそう言ったアルは、黙ってプランB決行しないでくれて良かったよと私の頬を両手で引っ張りながらキラキラした笑顔でそう言った。

 目が全然笑ってなくて、アルのお怒り具合が分かりちょっと怖かった。

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