33.その聖女、起き渋る。
目が覚めた私の視界に入ってきたのは、天井ではなくて、ぼんやりと寝ぼけたまま目を擦る。
「ん……あったかい。…………?」
自分以外の規則正しい心音と呼吸。視線を上げるとそこにあったのは整った顔の無防備な寝顔。
状況把握はできたが、なんでアルが私のベッドで私の事を抱きしめて寝ているのか理解できず固まる。
そこからだんだんと昨日の事を思い出し、夢と現実の境目がはっきりとしてきて、両手で顔を覆った。
寝落ちした上に、やらかしたらしい。そっと起きようとして、やめた。
いつもなら見回りついでに周辺の瘴気を祓いに行くのだけど、聖柱を立ててからは頻回に祓う必要もないし、見回りも早朝である必要はない。
それよりもこんな無防備に眠るアルが隣にいることなんてないのだからもう少しこのままでいたいと、相手が熟睡しているのをいい事に腕の中に収まった。
安心しきった顔で穏やかに寝ているのを見る限り、怪我は負ってないらしいとほっとして、そっと手をのばしてアルの黒髪に触れる。
「……ん……っ」
小さな吐息を漏らしただけで、起きる気配はなく、撫でてとばかりに私の掌に頬を寄せた。
「何、この可愛い生き物」
その破壊力にトキメキながら、私はいい子いい子とそっと頬に触れ、手を滑らせて頭を撫でた。
「ふふっ、お疲れ様」
私は起こさないように小さく囁く。
昔、お世話なった事がある娼館のお姉様方が言っていた事を思い出す。
寝顔が可愛いと思ったら大体襲っている、と。そして焦らして次の来訪に繋げるらしい。
うん、今ならその気持ちが分かる気がする。コレは、襲うわ。アルは私の事いい子だと思っているからやらないけども。
アルが怪我していなくて良かったと思うのに、怪我していたらキスする口実ができたのになんて思ってしまう私は絶対にいい子なんかではないのだけど。
「触れたところで感情が伴っていない行為に、意味なんてないのにね」
私の一方通行なのは分かっている。それでも触れたいと思う私は、ダメな子だ。
アルの寝顔を見ながら『人間はたった100年も生きられない、脆弱な存在』だと、以前アルに言われた事を思う。
人間の平均寿命が60年、魔力持ちで長くて80年と言われるこの世界で、私の規則正しく音を刻むこの心臓はあとどれくらい動くのだろう?
私がコレから先どれだけ長く生きたとしても、きっと魔族であるアルにとっては一瞬のような短さで、こうして過ごす日々もいつかは埋もれて、忘れ去られてしまうのかもしれない。
死ぬかもしれない、と思った瞬間はたった18年の人生の中でも何度となくあって、この間の枯毒竜の時は本当にもうダメかもしれないと思った。
そんな最後かもしれないと思う瞬間に、浮かんでくる顔がアルなのだから、私はもうどうあっても彼を手離したくはない。
「アル、大好きよ」
本人に届かないのをいい事に、私は言えなかったそれを口にする。
「お願いだから、距離を取らないで」
言葉にしていないだけで、私の気持ちなんてとっくの昔にアルにバレているのかもしれない。
だから、話しすらさせてもらえないのだろうか?
「アルに沢山殺させて、呪詛の肩代わりをさせているくせに、好きになって、ごめん……なさい」
私は罪を告白するかのように懺悔する。
「アルに護られる小さな子どもじゃなくなっても、私はずっとアルと一緒にいたいの」
もしも、このまま一緒にいられたとしても、生きる時間が違うから、今はアルの方が年上の見た目でも、いずれ私が追い越して、私だけが歳を取り、そして最期はアルを遺して逝くのだろう。
遺されるのは、つらい。それは、私もよく知っている。
アルが大事だと思うなら、彼に肩代わりさせてしまった呪詛を解いたあとは、同じ時間を生きられる誰かといる事を勧めるほうがいいのかもしれない。
それでも、もう自分ではどうしようもないほどに、好きという感情が育ってしまったせいで、一緒にいる時間を望んでしまう。
「ごめん、ね。身勝手で」
魔族がヒトを喰らうなら、いっそのことアルに食べられたいとすら思う。
血液一滴、骨の一欠片すら残さずに。
私の全部がアルの血肉となって、彼の中に残るなら、それはそれで幸せなことではないかと思うほど、彼が欲しい。
「我ながら、思考がヤバいな」
そんな考えを苦笑して飲みこみ、私はアルの髪を撫でる。サラサラとした髪質が指に心地いい。
「危なくてもいいから、側に置いて欲しい」
私は起きない無防備なアルにつぶやくように懇願する。
起きている時に言わなければ意味がないのに、今の関係に名前を望んで、アルに去られるのが怖かった。
アルの髪が心地良すぎて、撫で過ぎたのだろう。うぅっと小さな声が漏れてアルの身体が動く。そろそろ起きるかな、と思って手を止めたところで、寝ぼけたようにぎゅっと腕に力が込められ抱きしめられる。
身体が密着した事でアルの心音がよく聞こえ、私の鼓動が早くなる。
「……セ……イカ」
アルの口からつぶやかれた寝言を耳が拾う。
「セイカ……悪い、な。……気づかなくて」
今度ははっきりと、セイカと呼ぶ。後悔が滲んだその声で、形のいい眉を寄せて。
(誰、だろう? セイカって)
私の知らない女の人の名がアルの口から溢れ、嫌な音を立てて胸の奥が軋んだけれど。
「大丈夫、大丈夫」
アルの顔がとても悲しそうだったから、私はアルを抱きしめ返してトントンと大きな背中を叩いて、あやす。
「全部、夢だから、大丈夫」
昨日は余程疲れたのだろう。アルはまた、規則正しい寝息とともに夢の中に落ちた。
「怖いの、怖いの、魔ノ国まで飛んで行け」
私は小さな声で呪いを唱える。少しでも、アルがよく眠れるようにと祈りを込めて。気休め程度だけど、と額にキスをしようとして、やめる。
「……妬かないわけでは、ないのよ? 無防備なアルが悪い」
そうつぶやいて、一瞬だけ唇に触れた。今度は、私もアルの夢に出たらいいなと願って。
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