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27/50

27.その聖女、釣りに誘われる。

 釣り大会当日。


「はぁーい! それでは皆さま豪華賞品目指してがんばりましょー」


 シェイナの進行で楽しげに始まったその催しは、会場に屋台が多数出店しており大いに盛り上がっていた。

 だけど、現在の私のテンションは下降の一途をたどっている。


「ねぇ、今日は釣りをしに来たのよね?」


 楽しげな音楽を遠くで聞きながら、私はラウルに確認する。


「釣り大会だね〜」


 私の隣で涼しい顔でそう言ったラウルは、


「大物釣れるといいね!」


 攻撃魔法を多重展開させる。


 バッシャーン。


 凄まじい水飛沫を浴びながら、私は両手に銃を構える。


『ウゥ……ガァぁぁあぁあー』


 耳障りな低音で唸り声を上げ、紅く光る両目で私達を見下ろすソレ。


「シア」


「分かってる」


 標的から目を離さず短く返事をした私は、2丁の銃を連射する。

 狙いをラウルから私に変えたソレは、長い尻尾を駆使して私を潰しにくる。吐き出された毒性の体液を結界で弾き、再び銃撃を繰り返す。

 的は大きいが何分皮膚が厚くなかなか倒れない。しばらくの攻防ののち、ドシーンっと、大きく地面が揺れソレは私の足元に崩れ落ちた。


「流石だね、シア」


 パチパチと拍手をしながら私の側にやってきたラウルを振り返り、私はため息を漏らす。


「ラウル様、コレは釣りじゃない。"狩猟"っていうのよ!!」


 私は先ほど倒したソレ、つまりここら一帯を我が物顔で支配している魔物、枯毒竜の一匹を指さしながらそう叫んだ。

 

 時刻は3時間前に遡る。


「ねぇ、待って。この目録おかしい」


 私は本日予定されている釣り大会の賞品の最終チェックを行なっていた。


「賞品沢山、夢いっぱい。皆さまのやる気、特に恋する乙女のゲージは振り切って殺気だってますねぇ!」


 楽しみですねなんてのほほーんとシェイナはそう話すが、私にはツッコミどころしかない。


「賞品、いつの間にこんなにたくさん増やしたの!? それはまぁいいとして、この『あなたがご主人!? アル様1日デート券』って何よ!」


 全くもって初耳ですが、と訴える私に、


「ギルドマスターが女の子の参加者が少ないって嘆くからさぁ、僕が追加しといた。あぁ他の賞品についても気にしなくていいよ。シアからもらった、魔石。あれの売却金額で賄っているから」


 いつの間にかギルドの住人と化している、大賢者(ラウル)がとても胡散臭い笑顔をキラキラと浮かべながら、優雅に紅茶を飲んでそういった。


「いや、デート券って。これ本人の許可とってあるの?」


 アルが困りそうなことなんだけど、と私が1番気になっているところを尋ねると、


「もちろん、本人の許可を得ているよ」


 そう当たり前のように、ラウルは言った。

 本人が許可を出している。私はその言葉に素直に驚き、胸の奥が苦しくなった。


「おんやぁーセリシア様。ご本人が良いと言っているのに、セリシア様にそれを止める権利が?」


 私はシェイナの顔をじっと見つめ、シェイナの表情で悟る。

 あぁ本当に、アルがいいと言ったのか。

 それがわかって、私は小さく拳を握る。


「本人が、嫌がってないなら別にいいのよ。私に止める権利なんてあるわけないし」


 別にアルは私の恋人というわけでもないし、ましてや私はご主人などと呼ばれる立場でもない。

 ただ今日の朝までずっと一緒に居たのに、それを知らされていなかったと言うことが、なんとなく胸の奥につっかえて、うまく飲み込めないだけで。


「シア、なんだか落ち込んでるねぇ」


「別に。それより、ラウル様はいつまでラスティにいるつもり?」


 本来、大賢者として王城に仕えている彼はとても忙しい立場のはずだ。それがふらりとこんな最果てまでやってきて、1週間も居着いている。


「シアが話をまともに聞いてくれないから」


 本当は僕だって忙しいんだよとクスっと笑って私の髪を優しく撫でながらそういう。


「聖女としては、もう働かないって言ったでしょ」


 私は何度目になるかわからないこのやりとりをため息交じりに今日も繰り返す。


「シアの力が必要なんだよ。どうしても」


 もちろん、報酬ははずむよ? とラウルはそういうけれど、はっきり言って気が乗らない。


「うーん、しょうがないなぁ」


 全く困っていなさそうな声で、わざとらしくため息をついたラウルは、


「じゃあ、落ち込んでいるシアに僕からプレゼント」


 と言って、とても可愛らしい服が差し出された。


「今、王都で流行らしくて。冷凍庫付き冷凍庫や他の賞品を持ってくるついでに、取り寄せちゃった」


 ちなみにこれ全部と、私の後ろに積み重なっているたくさんの箱を指して、そういった。


「うわぁ、素敵ですねぇ。こんなに沢山貢いでくださる方なんて、そういらっしゃらないですよ〜」


 シェイナは勝手に箱を漁って、コレとか本日の衣装にいかがです? 動きやすそうですよと、ぐいぐい勧めてくる。


「いや、可愛いんだけども。もらう理由ないし、そもそもなんで私のサイズ知ってるの!?」


「今まで可愛げも色気もない作業着を着ていたシアが、可愛い格好に目覚めたって聞いてね。それならば、兄としてはやはり一肌脱ぎたいなと。ちなみに、個人情報なんて金でいくらでも買えるんだよ」


 ちなみに、僕としてはこれがオススメとフリルとレースがふんだんにあしらわれた、令嬢風のドレスが出てきた。

 こんな田舎町では絶対着用する機会がない。そしてラスティでなくても、私の人生でこれを着る機会は多分ない。


「誰が兄よ!? こんなストーカーまがいのヤバい自称お兄さん断固拒否よ!!」


 そして私の個人情報(サイズデータ)を売ったであろうシェイナを睨むが、


「いいじゃないですか? 私の服をあげるのも限界がありますし。何よりサイズの問題が」


 自分の胸のあたりを見ながら、シェイナは少し寂しそうにそういう。

 まぁ、確かに私はシェイナほど背が高くはないけれど、大きい分には特に問題なかったんだけれどなぁとため息をついた。


「まぁ、とりあえず。今日の大会が無事に終わることを祈ってる。僕も釣りって初めてなんだよね」


 確か大きさの部門と捕獲量で競うんだっけ? となぜか参加する気満々のラウル。


「そうですねー。上位から賞品を選んでもらいますし、セリシア様もデート券目指して頑張ってくださーい」


 と、当然のようにアルとのデート券を勧めてくる。私の気持ちはシェイナにはバレてしまっているんだけど、ラウルの前で言わないでほしい。


「いや、私は冷凍庫付き冷蔵庫目的なんだけど」


 そう、アルが欲しいと言ったのは冷凍庫付き冷蔵庫で、私はそれを獲得してあげる約束したのだ。

 仮に私が優勝したとしても、私はアルとのデートを選ぶことはできない。


(誰が、アルとデートするんだろう?)


 そんなことが頭をよぎって、また胸の奥が苦しくなった。


「シアは、冷凍庫付き冷蔵庫が手に入ればいいんだよね?」


 ラウルはそう言って微笑むと飲み終わったカップを置いて、私の方を見た。


「まぁ、そうね」


「じゃあ、僕が進呈するから大会に出る必要はないよね」


 私は思わず息を飲む。私はラウルのこの目を知っている。


(しょうがないなぁ、は諦めたセリフじゃなかったか)


 私が察したことを悟ったのだろう。ラウルはとても満足げな顔をして、準備も充分楽しんだだろうし、大会中なら邪魔も入らないだろうしと笑う。

 立ち上がったラウルは私にそっと耳打ちをする。


「あの魔族について、話したいことがある。聞いておかないと、きっとシアは後悔するよ?」


 ささやき終わったラウルはにこにこととても人の良さそうな顔をして、当たり前のように行こうかと私を促す。


「……何をしに行く気なの?」


「どこって釣りだよ。決まってるだろ?」


 先日アルが負った怪我を思い出し、私は強く拳を握る。


(あの魔法には魔族対策がなされていた。当然、アルのことも把握済み、ってことね)


 経験上、こういうときのラウルには逆らってはいけないと知っている私はとりあえず話だけでも聞こうと彼に従うことにした。

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