25.その聖女、大賢者に叱られる。
軽くノックし会議室をかけた私は、中の人物と目が合った瞬間勢いよくドアを閉めた。
「お嬢!? どうしました」
「今、悪魔と目が合った気がした」
うん、気のせいであって欲しい。気のせいであれ! とドアを押さえて念じる私の背後から、
「久々の再会だっていうのに、シアは相変わらずつれないなぁ」
背後から声がして、私はぴっと背筋が伸びる。
「……ドア閉めたのにっ」
「窓開いてたら、意味ないよね」
にこやかに笑ったその人は廊下の窓を指でしめす。
「やぁ、シア。仕事の依頼に来たよ」
かつての同僚、大賢者ラウル・アズベルは当たり前にそう言った。
私は今人払いした部屋で頭に本を5冊乗せた状態で正座させられている。
「シア、僕が前々から言っていた事を君は忘れてしまったんだろうか?」
呆れた口調でそういったラウルは、
「"やり過ぎない"」
ハイ、復唱っと杖を向けてそう言った。
「…………や、やり過ぎないっ、ていうか特に何もやってないで……本これ以上無理っ、乗せないでぇ」
口ごたえした私の頭の上に笑顔で更に本を追加したラウルは、
「まだ行けそうだね、シア」
と静かにそう言った。あ、ヤバいコレ。マジで怒っていると本能で察して口をつぐむ。
そんな私の前に紙をぺろっと一枚差し出したラウルは、これなにか分かる? と私に尋ねる。
「わぁ、ラスティ去年よりずっと税収増えて人口も増加してる。おおー他領との取引実績も上位で活発だね! 流行り病の発生率も去年とは雲泥の差って、痛っ、ラウル様痛いです。頭グリグリやめてぇ」
あまりの痛さに身を捩り、本をバサバサ落としてしまった私は涙目になりながらラウルにそう訴える。
「だ、か、ら、それが問題だって言ってるんだけどなぁ〜? 誤魔化すにも限界があるんだって」
べしっと頭に手刀を落としたラウルが呆れたようにため息をつく。
「ここまであからさまに去年から上方修正されちゃったら、聖女はここにいますよーって自己主張してるもんだろ」
「……でも、私最果てに追放されてて場所割れてるんだし、良くない?」
正式な処分は婚約破棄と最果てへの追放だし、それについては執行済み。その後私が快適に暮らすことに一体なんの問題が? と首を傾げる。
「良くないっ! 王子はシアの事殺す気満々だったからな? なんならシアは大型魔獣に襲われて死んだと思ってるから」
シアが大型魔獣くらいで死ぬわけないんだけどとため息混じりにそういうが、私はやはり殺される予定だったらしい。
「ここに聖女がいるって分かれば連れ戻されるに決まってる。しかも今度はあの自称聖女の功績立てる影にでも使われかねない」
だからひっそりこっそり大人しくしていて欲しかったんだけど、とため息をつかれて今回の来訪目的がお説教であったことを知った。
「でも、私本当に何もしてないのよ。聖女辞めたから働かないをモットーに生きてるし」
私はここ数ヶ月のダラダラ生活を主張する。働かないどころか、なんなら勇者様にヒモとすら言われている状態だ。
「疫病治して、結界張って聖柱ガツガツ立てて瘴気払って、ガッツリ浄化魔法かけて、土地の状態回復させた上に、聖女の祈りでどんな植物でも通常の何倍も早く成長して収穫できるようにして食糧事情改善したのが、何もしていない、と」
うん、そのあたりは身に覚えしかないと私は明後日の方向を見る。
でも実際働いてくれているのはこの町の人達だし、なんなら全部調整したのアルだし。
「その上、チートに近い魔族は従えてるわ、勇者に好きに暴れさせてるわ、冒険者どもに崇拝されてるわ、何? シアは新しい宗教でも立ち上げる気なの?」
「ノエルについては私関係なくない? 勝手にきてうちのカフェに居着いてただけよ?」
ハイハイっと私は無罪を主張するが、
「おかげでこの辺の魔獣討伐数とダンジョンドロップアイテム出荷率めちゃくちゃ上がってるんだけど。んで、どうせそれで調子付いた冒険者たちをいつもみたいに一喝したんだろう?」
ラウルに呆れたように一蹴された。
ああ、そういえギルドがマージンで収益とっても上がってるってシェイナが言ってたなと思い出す。
「私、ただの一般人なのに。今日だって普通に冷蔵庫買いたかっただけなのに」
「冷蔵庫は僕が発注しておきました。すぐ届くよ。目撃情報減らしたいからあまり外部と接触しないで欲しい」
「あ、じゃあお代」
と私はラウルに懐から出した大きな魔石を差し出す。
「コレ、どうしたの?」
「ラスティに来る途中に襲ってきた魔獣返り討ちにしたとき取り出して生成した」
今までサイズが大き過ぎて売却できるところがなかったので使えなかったが、ラウルなら上手く売り捌いてくれるはずだ。
「こんな大きいサイズって、かなり大型魔獣じゃないか。それを一人で倒したのか」
差し出された魔石を掌で握りしめたラウルは、
「……本当に、無事で良かった」
私の事を抱きしめて、あーもうこれだからうちの子はと頭をやや乱暴に撫でた。
「とりあえずお説教はここまで」
「ラウル様、お説教しに来たんですか?」
「いや、仕事の依頼」
床に座っていた私の腕を引いて立たせた所で、ドアが勢いよくあいてアルが入ってきた。
「シアっ! 無事?」
アルの腕が血まみれになっていて、私は驚いて近づく。
「アル、その手どうしたの?」
ひどい裂傷と火傷状態の手と腕を治してあげなきゃと焦る私の後ろで、
「かなり強い魔法かけといたのに強引に破られたのは初めてだ」
そうつぶやいたラウルがアルの事を睨んでいた。
「シア、あんまり近づくと血がついちゃう」
「そんなのいいからっ! もう、何やってるの」
私は手近にあった布に浄化魔法をかけてアルの手を止血する。黒い爪が見えないようにしている手袋はボロボロで意味をなしておらず、他の人に見られたらまずいよねと焦る。
「シアが監禁されたって聞いたから」
無事で良かったとホッとした声で私に寄りかかるアルを見て、心配かけていたらしいと知る。
「私は大丈夫よアル。とりあえず、うちに帰ろう」
私はなるべく平静を装った声でそういった。アルが傷つくのは嫌なはずなのに、心配して駆けつけてくれたことも、私のためについた傷すら嬉しいと感じるなんて、私はどうかしている。
「……それが、例の」
私の後ろで何かを言いかけたラウルが言葉を飲んだ。
アルの血を止めるのに必死だった私には、その時ラウルやアルがお互いにどんな表情を浮かべていたのかなんて、さっぱりわからなかったのだけど、なぜだかこれ以上2人を会わせてはいけない気がした。
「シア、続きはまたあとで話そう。週末は釣り大会だろ?」
楽しみにしてるとそう言ったラウルの声が、いつも聞いていたものより、ずっと冷たくて低く聞こえたが、アルの怪我の方が気になって、適当な返事をした私はラウルを振り返ることもなく家路を辿った。
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