24.その聖女、翻弄する。
◆◆◆◆◆
シアから待機命令を出されたアルはため息混じりに椅子に腰掛け、シェイナに話しかける。
「シェイナ、あんまりシアに色々吹き込むのやめてくれる?」
アルは俺の気苦労が増えると困ったようにつぶやく。
「おや、アル様が私に頼んだんじゃないですかぁ。現に修道服脱ぎ捨てただけで、今まで以上に老若男女問わず声をかけられて、セリシア様楽しそうですよ?」
「確かに、頼んだけどねぇ」
そして楽しそうなんだけどねぇ、とアルは不満気に漏らす。
シアがもう少し町の人と関われるようにできないかと、確かに相談したがシアの服装については完全にアルの想像を超えていた。
「余計な虫が引っ付きそうなんだけど、どうしてくれるの?」
「ふふ、セリシア様の変化にもう嫁というより年頃の娘を持つ父状態じゃないですか〜。度が過ぎると鬱陶しがられますよ」
ウチの父もそうですけどねーとシェイナは苦笑気味にアルに応じる。
「まぁ、心情的にはあってるけども」
どうするかなぁとアルはシアが歩いていった方に視線をやってため息をついた。
「私、アル様とセリシア様は両片思いなんだと思ってましたけど」
「そんなんじゃないんだけど、ねぇ。俺はシアのことそういう対象では見てないし」
アルにとってシアは自分の中でいつまでも小さい子どもで、見守る対象だった。
「シアが俺に持ってる感情も、刷り込みみたいなもんだし」
再会したのは偶然で、彼女の疲弊具合に正直驚いた。だから当初はシアが、ちゃんと根付いて幸せに人の中で生きていけると確信できたら手を離して離れる気だった。
(ヒトはヒトと生きていくのがいいはず、なんだけどなぁ)
シアはよく笑うようになったし、本来の力を取り戻しつつあって、きっともう自分の助けがなくても生きていける。
なのに、手を離すタイミングが見つけられずにズルズルと一緒にいる自分にアル自身驚いている。
「……そうかしら?」
シェイナは呆れたようにアルに告げる。
「気づいてないなら教えてあげる。セリシア様とアル様。お互いずっと目で追いかけてますよ」
目は口ほどに物を言う、とは良く言ったもので、傍から見ればその存在をお互いが意識しているのがはっきりとわかるほど、常に視線が交差していた。
「あれくらいの年の子なんて、磨き始めたら成長するのは一瞬よ」
現にどんどんキレイに可愛くなっているでしょっとシェイナは、シアの成長ぶりを自慢気に語る。
「セリシア様にはラスティを救ってもらった恩がありますからね。領主の娘としても、彼女には幸せになって欲しいんですよ」
まぁ、もどかしい感じを見ていてニヤニヤするのもやぶさかではないですとシェイナは楽しそうに笑った。
「保護者ポジション気取るのもいいけど、アル様は一体どなたならセリシア様を任せてもいいとお考えで? むしろそれだけ甘やかしておいて、今更渡せます?」
シェイナに問われてアルは固まる。シアが婚約していたと聞いたときの動揺ぶりは正直自分でもどうかしていると思うレベルで、勇者にでも渡してしまおうかと思っていたはずなのに、いざとなるとその姿を見たくないとも思ってしまう。
あの晩、シアから触れられた唇の熱を思い出す。シアにとっては他意はなく、本当に人助けぐらいの気持ちなのだろうけれど、今更アレくらいのことで動じるとは正直自分でも思わなかった。
相手がシアでなかったなら、多分何の感情も湧かなかったし、アレさえなければあのままシアの前から消えるつもりだったのに。
(キスできるか、なんて煽るんじゃなかった)
シアと口付けを交わしてしまったせいで、想像してしまった。小さかったシアはもう子どもなんかではなく、自分が手を離してしまったその先で、誰かと笑い合い、相手を思う感情を伴ってキスもそれ以上もするだろうシアの姿を。
人の中で幸せを見つけて欲しいと思っていたはずなのに、それを良かったと言ってやれる自信がない。
「これは経験論ですけどね、大事なものは捕まえておいた方がいいですよ。じゃないと掻っ攫われるのなんて一瞬です」
「掻っ攫われたんだ?」
「いいえ〜こっちから捨ててやったんです。人が仕事に邁進してる間に他に目移りする男なんて願い下げですねぇ」
「ははっ、ギルドマスターかっこいい」
「それほどでもありますねー」
お代は日替わりランチでいいですよなんて言われ、アルはデザートもつけちゃおうと笑う。
(とはいえまぁ、現状は様子見だなぁ)
シアがどの程度昔のことを思い出してしまったのかもわからないし、自分の事情に巻き込みたくない気持ちも強い。
全部を飲み込んで、側に置く覚悟も今はまだ持てない。
こんな体たらく先代聖女が見たら腹を抱えて指差しながら笑うに違いない。
『ほらね、私の言ったとおりじゃない』と。
シアに振り回される日が来るなんて、アルとしては想定外でしかないのだが、そんな彼女の側にもう少しいたいと思う自分もいる。
こんな感情を持つようになるなんて考えもしなかったなと、先代聖女の顔を思い浮かべてアルは苦笑した。
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