18. その聖女、女の子を学ぶ。
釣り大会の打ち合わせできていた冒険者ギルド一階の広間で、私はボールペンをくるくる回しながら、頬杖をついてため息を漏らす。
「ねぇ、ギルドマスター。適材適所って言葉知ってる?」
私の言わんとしている事は理解しているのだろう。シェイナは勿論、と大きく頷き、
「ですから、聖女様のご威光をお借りしたいんじゃないですかぁ〜。それとも、できた嫁の助けがないとセリシア様はなぁーんにもできないのでしょうか?」
ニヤニヤと面白そうに笑みを浮かべて揶揄うような口調でそう言った。
「釣り大会の運営手伝いの確保なんて私よりもギルドマスターが声かけた方がどう考えても集まるでしょ? 私は回復要員なんだから、救護とかに回せばいいじゃないって話。あとアルは嫁じゃないわよ」
「照れなくても良いではないですか? みんなが振り返るイケメンに傅かれて、過保護なまでの寵愛だなんてロマンス小説にでも出てきそうな設定。なかなか現実ではお目にかかれませんよ!!」
私の否定を食い気味に否定してくるシェイナに若干引きつつ、苦笑し遠い目をする。
うん、そうね。現実には起こりそうにないわよね。そして事実とは異なるそれにため息しか出てこない。
「しかも、アル様は数多の告白を受けながら、"俺はセリシアのモノだから"って必ず憂い顔で断られる様はさながら歌劇のワンシーンの様で、むしろその顔を間近で見たいがために告白する人間が増加するなんて現象を引き起こしている嫁を手中に収めておきながら、聖女様は何がご不満なのでしょうか?」
うん、ご不満しかないですね。なんでかって、そんなの決まっている。私が反論を口にしようとしたタイミングで、ギルド内がざわめき始め人の視線がドア付近に注がれる。段々と人の注目がこちらに向けられ、渦中の人物が私たちのすぐそばでキラキラした笑顔を浮かべながら立ちどまった。
「おや、噂の嫁の登場ではないですかぁ。今日の愛妻弁当はなんですか!?」
ご相伴に預かる気満々のシェイナがそうアルに話しかけた。
「まだその嫁設定続いてるんだ。まぁ俺は嫁でもいいんだけど、シア頑張ってる? 差し入れ持ってきたよ」
嫁と言われてもまるで気にする様子がないアルは笑って流しながら、今日はホットサンドとコーヒーだよっとバスケットを差し出した。
「……来なくていいって言ったでしょ」
そっけなくそう返事をする私を気にする事なく、
「ごめんね、俺がシアに会いたくて」
そう微笑んだアルは私の許可なく髪を撫でる。
「あぁ、ようやく髪もシア本来の毛艶に戻ったね。頑張った甲斐があった」
「……私はマロと同じ扱いかっ」
満足気なアルと対照的に不機嫌を顔に貼り付けた私は、苦々しくそう漏らす。
「やだなぁ、シアの方がずっと手がかかるに決まってるじゃないか」
ニコニコニコニコと笑い続けるアルに何を言っても無駄なので私はため息をつく。
「……差し入れはありがたく頂くわ。わざわざありがとう。もう帰っていいわよ。お店長く空けるわけにはいかないでしょ」
「ん〜でも、シアが不在って聞きつけた女の子達が押しかけてきてお店の前で言い争ってるんだけど、店開けといた方がいい?」
紅茶色の瞳はとても楽しそうに私にそう尋ねる。アルをめぐる図がありありと想像出来て私は本日何度目か分からないため息をつく。
「…………またなの? 備品壊れてないでしょうね」
今月何度目よと頭痛がしてきた頭を抑えながら私は自分の隣の椅子を引いた。
「アル、ステイ」
そんな私と椅子を交互に見たアルはとても嬉しそうに笑って大人しくそこに座った。
「ふふふっ、モテる嫁を持つと聖女様は気が気じゃなくて大変ですね」
「だねぇ、シアが店にいてくれるだけで平和だったっていなくなってから気づいたよ」
いそいそとお昼ごはんの準備を始めた2人を見ながら私は不満げにアルを見る。
「……確かに、守ってあげるとは言ったわ。でも、私のこと風よけに使わなくてもいいでしょ!?」
人の気も知らないでっとその言葉は口にせず私は不満を口で転がす。
「まぁでもそれがみんな一番納得してくれる平和的解決策だから」
それに、嘘じゃないしねとアルは紅茶色の瞳を細めて笑いながら、拗ねた子どもをあやすみたいに私の頭を撫でた。
「……子どもじゃないんだけど」
アルの手を退けながらいちいち突っかかる私は、なんて子どもっぽいんだろう。自分で自分が嫌になる。
「俺の聖女様は、今日はご機嫌斜めみたいだね」
アルは苦笑気味に笑って手袋をはめた手で私の前に静かにコーヒーを置いた。
大人になったアルはそれはそれは人目を引くほど容姿端麗だった。それこそシェイナが言うように老若男女問わず声がかかるほどに。
ノエルがいなくなり冒険者たちがたむろしなくなったカフェは当初の予定通り女性客メインのカフェになった。だけど、アルの客寄せ効果が強過ぎた。
その上私が釣り大会の運営準備に出かける日が増えたら、アル目当ての子が露骨に増え、アルを巡って喧嘩が勃発している事もあった。
怪我は治してあげたけど、これからどうしたらいいんだろうとオロオロしていた私をよそに、アルが取った手段は私を口実に断ると言うものだった。
しかも動揺する私を無視して人前で甲斐甲斐しく世話を焼いてくれ、時には平然と髪を撫で、肩を抱く。
あまりに頻度が高いので流石に動揺はしなくなったけど、その度に思い知らされる。
私は想いを寄せることすら許されないくらい、アルにとっては圏外なんだって。
きっと、アルを側におこうと決めた時にはもう、私が気づかないうちにそれは私の中に根付いていたのだろう。
私にとってこれが初めて誰かを想う『特別な感情』なのだと自覚させたのが、アルに告白する女の子達の顔と私はそれが許されないのだと分かるアルの態度だなんて、皮肉な話なんだけど。
アルが私に向ける視線は崇拝や信仰の類ではなく、ましてや恋慕の情でもないと、分かっている。だけど、アルからとても大切に扱われ、"俺の聖女"と言われるたびに心がざわつくのを止めることができなかった。
もうこれに関しては私だけの責任じゃないと思う。だって人生上女の子扱いなんてほぼされた事のない社畜っていうか公僕状態だった聖女の免疫の無さ舐めすぎでしょ!!
そんなわけで自分の感情の取り扱い方が分からない私は反抗期の娘みたいにそっけない上に可愛くない態度を取り続けているのだった。
「……様、セリシア様!! 聞いてます?」
「ああ、ごめん。聞いてなかった。サンドイッチなら好きなの食べていいよ。アルが作ってくれたやつならどれも美味しいから」
上の空だった私の適当な返事を聞いたシェイナはため息をついて、
「休憩がてら、息抜きしましょう。アル様、食事前ですけどちょっとセリシア様お借りしますね」
あっと思う間も無く私の手を引いてシェイナは2階の階段に向かって歩き出した。
連れていかれたのは、シェイナの個人室だった。
「じゃあまず、服を脱ぎましょうか」
「はっ? 嫌だけど?」
ドアの鍵を閉めたシェイナはメジャーを片手ににっこり笑うシェイナは、間髪入れずに断った私の服を掴んで、
「先ほどは揶揄ってすみませんでした。なので、お詫びにセリシア様を女の子にしてあげます。だから、早く脱げ?」
無理やり脱がせ始めた。
「嫌だってばっ!」
「アル様のこと好きなんでしょ? 絶対私に感謝しますから、黙って言うこと聞きなさいっ」
「ハイっ?」
好きという単語に反応して抵抗する手が止まった私の上着を剥ぎ取ったシェイナは、
「あ〜やっぱり下着のサイズ合ってない。まずはここからね」
呆れたようにそういった。
前から思っていたんですよね、と前置きをしてシェイナは『女の子』に必要ないろいろなことを教えてくれた。私はその間に聞かれるがまま自分の生い立ちをシェイナに話した。
「セリシア様は普通の人が知らないような知識を沢山お持ちで、無自覚に人の悩み事を解決していくくせに、どうして普通の女の子が知っているような知識も武器もお持ちでないんだろうってずっと疑問でした」
そして今は化粧の仕方を実践で教えてくれながら、シェイナは優しく笑う。
「誰も、セリシア様を女の子として扱ってくれなかったんですねぇ」
こっちの色味の方がいいですねと淡いピンクのルージュをひく。
「私には、全部必要のないものだったから」
貧民街にいたときは食べ物にありつくだけで一杯で、孤児院では身を粉にして生きることに必死で、聖女になってからは求められるまま能力を酷使し続ける毎日で。
そんな生き方を考える余裕なんてなかった。
「スローライフを送りにきたんでしょう? せっかく、国から聖女じゃないとお墨付きをもらって追放されたんですから、楽しまなければ損ではないですか」
できました、と言われて私は姿見に写った自分をみて息を呑む。
今まで着た事がないようなふわりと揺れる淡い黄色の可愛いワンピースに踵の高い靴。
緩く巻かれた明るいピンク色の髪に留まる花の髪飾り。
薄く化粧を施された碧眼の女の子が驚いたように瞬きを繰り返す。
「元がいいんですから拗ねる前に、まずは女の子として努力してみてはいかがです? 聖女でないなら、恋をするのも自由でしょう? 本来の髪はこんなにキレイな色だったんですねぇ。嫁の本気度がヤバいです。羨ましい。ここ半年で随分顔色も良くなって女の子らしい体つきになったことだし、着飾らないなんて勿体無い。分からないことは、お姉さんが教えてあげるから」
「……じ、ゆう?」
「そう、自由です。セリシア様は自由ですよ」
この服と化粧品は釣り大会実行委員の報酬として差し上げますとシェイナは私の髪を撫でる。
「ゆっくりこれからのことを悩んだり、恋をしてみたり、可愛くなるためにおしゃれをしてみたり、そういうことをしてみてもいいんじゃないでしょうか。その中で、セリシア様の理想のスローライフを見つけてみてください。本当は何をしていいかよくわかっていなかったのでしょう?」
シェイナの言葉に私はゆっくり頷いた。
聖女を辞めた私は本当に知らないことだらけで、そんな自分とゆっくり向き合って行く時間がこれからはあるのかと思うとそのことが単純に嬉しかった。
「なので、まぁその一環としてまずはボランティアの人員確保をお願いします。アル様に頼っちゃダメですよ?」
やったことのなかったことに、そして聖女として生きていたら得られなかったことに自分で手を伸ばす。その一歩に私の気持ちはどうしようもないほどワクワクする。
「うん、やってみる」
そして、今ならできそうな気がした。
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!
ぜひよろしくお願いします!




