16.その聖女、動揺する。
夕ご飯が終わり、片付けが済んだ食卓で本を読んでいたアルにホットミルクを差し出す。
アルはとてもうれしそうな顔をして、それを受け取り口にした。
「ねぇアル、今更なんだけどね。私が賞品用意するんだったら、実行委員やる必要も釣り大会に出る必要なくてさぁ、もう最初から自分で買ったらよかったんじゃないかなって」
あの時は働いていない後ろめたさとスローライフの単語に惹かれてハイになっていたけれど、冷静に考えればおかしい話だ。
冷蔵庫が欲しいだけなら、実行委員をする必要もなければ、大会に参加する必要もない。そんなごくごく当たり前のことに後になって気がついた。
「アル、絶対気づいてたよね」
「まぁ、そうなんだけど。シアがすごく楽しそうだったから、実行委員やってみたらいいかなって」
キラキラした笑顔で、当たり前のようにアルはそう言うけど、気づいてたなら言って欲しかった。今更言ってもしょうがないことに、頭を抱える。
「そもそもさぁ、私が賞品のお金出す必要ある? 大会会費制にして賞品代は参加費用から出すとかさぁ、他にも方法あったよね!?」
後々考えると、おかしいことだらけ。時間が巻き戻せるのなら、ぜひともやり直したい。
頬を膨らませて、自分の分のホットミルクを飲む私をニコニコと見つめながら、
「いい機会だからさ、シアがもっと町の人と関わってみたらいいんじゃないかなってそう思ったんだ」
そう言ったアルはまるで子どもをあやすみたいに、私の頭を撫でる。
「シア、この町の人は嫌いじゃないでしょう?」
アルにそう言われて考える。好きか嫌いかの2択なら、確かに嫌いではない。
頼んでもいないお節介が多いし、いくら聖女じゃないって言っても私のことを聖女様とかセリシア様とか敬ったように扱うけれど、それでもこの町の人たちは安易に私の回復魔法頼るようなことも、聖女なのだから施すことが当たり前と私の能力を搾取するようなこともなかった。
それどころか、こちらが恐縮してしまうほどにいつも感謝される。
そのたびに思うのだ。私はこの人たちに何が返せるのだろうと。
「シア、町の人に何かしてあげたいなって思ってるのかなって」
まるで、私のことを見透かしたようにアルは静かにそう言葉を紡ぐ。
「アルは、一体どこポジションで語っているの?」
「さぁ、なんだろう?」
私の疑問は、アルの疑問符で返される。答えてくれる気はないらしい。
アルはとても優しい。どうして私にここまでよくしてくれるのか、全くわからないけれど。
「……アルが嫁、ね」
「ああ、昼間の?」
シェイナの揶揄いを思い出し、口から漏れる。
「アルができた嫁だとしたら、私はろくでもない旦那さんだね。養われてるし、家事能力も敵わないし、ご近所付き合いも全部アル任せだし」
私は私の頭を撫でていたアルの手を取って両手で握る。
「町の人にも確かに何か返したいなと思っていたけど、でも私が今1番何かをしてあげたいと思うのはアルだよ」
アルは驚いたように紅茶色の瞳を見開き息を飲む。
「とても感謝してる。とりあえず冷蔵庫は確保してあげるとして、私にできること何かないかしら?」
アルを拾ってからずっと、私は毎日アルに助けられている。でもアルから求められたことは1度もないのだ。
「俺は、俺の聖女が笑っていてくれたらそれだけで充分だよ」
アルはそう言って静かに微笑む。その笑顔に見惚れながら、また誤魔化されたと私は内心でため息をついた。
アルの紅茶色の瞳を見ながら、私は真剣に伝える。
「ねぇ、アル。私があなたの聖女なのだとしたら、聖女として何かして欲しいことがあるんじゃないの? アルのためなら、まあ、聖女の力を使っても構わないけれど」
あの夜からアルは時々私の事を"俺の聖女"と呼ぶから、アルもきっと聖女の力を必要としているのだと思っていた。
それなのに今も私ばかりが一方的にもらってばかりで、彼は一度だって聖女に自分の望みを願わないし祈らない。
「んーじゃあ、催しの実行委員楽しんで。沢山色んな人と交流して、シアがシアらしくやりたいと思うとおりに行動してよ」
「……それは、全然聖女関係ない」
「シアが楽しいと俺も嬉しい」
そう言って笑う紅茶色の瞳は柔らかく暖かい熱を帯びていて、そんなアルのセリフに照れた私は顔が赤くなりそうになって、慌てて手を離して目を逸らした。
「守ってあげるって言ったのに私、全然役に立たないわね」
聖女として働かないと公言しているのに、アルに聖女として求められたいなんて矛盾していると思う。
だけどアルに優しくされるたび、何かしなければと落ち着かないのだ。
事情をこれ以上聞かないと言った手前アルがいう"俺の聖女"が指す意味もわからないままで、私とアルの関係を示す明確な言葉が存在しないから。
「んーそんな事もないんだけど」
アルはそっぽを向いた私を見ながら、ホットミルクを口にする。
「例えば、コレとか」
と、ホットミルクを指でさす。
「知ってる? 聖女様が祈りながら手ずから用意したものには神気が宿るんだ」
「神気?」
聞いた事のない話に私は首を傾げる。
「ヒトには影響がないからね。まぁでも魔族にとってはそれは甘いお菓子のようなもので、なくても困らないけれどあるとすごく嬉しいもの、かな?」
「……味が変わるとか?」
「まぁ、味というより能力付与かな? いつも以上に少ない魔力で最大値以上の力が出せたり、疲労が蓄積しにくくなる」
「そうなの?」
私はびっくりして自分の指に視線を落とす。
「神気は魔族にとってご馳走だからね。俺の傷の治りが早いのもそう言う事。ちゃんと貰ってるから、大丈夫だよ」
「でも私、特に何か考えたり魔法唱えたりもしてないけど?」
「シアは歴代の聖女の中でも特に力が強いから勝手に宿るんだよ。むしろ、何も考えてないくらいが丁度いいよ」
だから教えなかったんだけど、とアルはだいぶ温くなったホットミルクを飲み干してそう言った。
「ん? じゃあなんで教えたの?」
「シアが難しい顔してたから」
アルがトンっと人差し指で私の額に触れる。
「何よ? 眉間にシワが寄ってるって?」
やや喧嘩ごしに私がそう言うとアルはクスッと笑って、身を乗り出しあっと思う間もなく私の額に口付けた。
「なっ!?」
私は目を見開いてアルの唇が触れた箇所に手をやる。
「可愛い顔が台無しだよ。明日も早いんでしょ? そろそろ寝なよ」
動揺する私を他所に何も無かったかのように、アルはにこにこと笑ってそう言った。
アルの意図が全く分からないが、私だけが掻き乱されて、まるで小さな子どものようにあしらわれるのが悔しくて。
「もう! 寝るわ」
私は自分の分のコップを片づけて、リビングを後にする。
うるさくなった心臓に、落ち着けと言い聞かせながら自室のドアを乱暴に閉めた。
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