13.その聖女、困惑する。
着替えが終わり、ようやく部屋から出てこられたアルは、いつもと変わらない眩しい笑顔でありがとうと礼を言った。
「……って、シア何してるの?」
「神々しくて、目がっーーって図?」
「魔族に神々しいなんて表現、初めて聞いたよ」
アルはそう言って笑うけど、白シャツと黒のスラックスってだけなのに、カッコよく見えるのだからイケメンは得だ。
「後でちゃんと採寸しましょ。簡単な服ならすぐ作ってあげる」
とりあえずで用意した男性用の服は、今のアルには小さかったようで、袖も裾も寸足らず。
急いで買える中で一番大きなサイズを用意したのだけど、アルは魔族の中でも背が高い方なんじゃないかしら?
昨日まで私の事を見上げていた視線が、私の事を見下ろしている。同じ紅茶色の瞳だというのに、なんだかとても不思議な気分。
そして、一周まわって冷静になってきた私はじっと彼を見る。
アルがいつか大人になったらこうなるだろうなと思っていた通りの姿で、でも笑った顔は可愛いアルの面影を残したままで、聞き慣れない低い声で私の事をシアと呼ぶ。
目の前にいるのは、間違いなく私が半年共に暮らしたアルだ。
「ねぇ、アル、色々聞きたいことも言いたい事もあるけれど、とても大事なので1つ確認させてくれる? あなた元々本来はその姿だったのかしら? それとも魔族とは一晩で大人になるものなのかしら?」
答えを聞くのがとても怖いのだけど、これが一番大事! だって、私この半年アルに色々見られているし、色々してるし。
子どもだと思っていたからこそ手を繋いだり、抱きしめたり、昨日は額にキスまでしてるんだけど、このイケメンにやってたら私、普通にセクハラで訴えられる案件っ!!
っていうよりも、本当に居た堪れない。
「…………シア、とりあえずごはんにしよ? 俺作るから」
「いやいやいや、先答えてよ!」
「ん〜でも、シアなんか殺気だってるし。多分どう答えても、俺の事すぐに家から叩き出しそうだし」
殺気だってるっていうか、もうこの半年が走馬灯のように駆け巡って涙目だよ。落ち着けって言う方が無理じゃない!? と口を開こうとした私に、
「お腹空いてると、余計にイラついちゃうし、俺もお腹ぺこぺこなんだ。だから、ね?」
とキラキラオーラ全開で笑ってそう言う。ね? じゃないっ! 騙されるかぁ!! と叫びたかったのだが、
「カフェメニュー俺も考えてみたんだ。シアに食べて欲しいんだけどダメかな?」
少ししょげた様子で伏し目がちにそう畳み掛けられて折れた。
大人になってまで、小さなアルと同じ動作をしないで欲しい。うっかり垂れた犬耳の幻が見えそうで、破壊力がヤバい。
了承を告げた私は、メンタル立て直しのため一旦離脱する事にした。
小さなダイニングテーブルに向かい合って座る。
アルに出されたちょっと遅めの朝食はガレットだった。
「地産地消したいっていってたし、ターゲット層は女性向けってことなら、こういうのどうかなって。うちで採れた卵と野菜を使って、ヤギのミルクとパンつけて、ヤギの乳で作ったチーズとバター添えて。似た内容でパスタメニューもいけると思うから、品数絞って回した方がロスも少なくていいかなって」
「……めっちゃオシャレ。そしてすごく美味しい。アル天才っ」
カフェ営業は思いつきだったのに、しっかり計画立ててくれるアルを褒めつつ、ガレットに舌鼓を打つ。
「あとは簡単なスイーツ日替わりで用意して、ジュースかコーヒーか紅茶選択してもらってもいいかな。食糧事情がかなり改善されて、貿易で色んな品物入ってくるようになったし」
「うわぁ、何それ! トキメキしかないっ」
アルの作るごはんとスイーツ。絶対美味しいに決まっている。むしろ私が通いたいととてもリアルに想像できたところで我に返り、抗議の声をあげようと口を開く。
が、声を発するより早く口の中に何かが放り込まれ、私は目を白黒させながら夢中で咀嚼する。
「……美味しい」
「よかった。とりあえずパンケーキも試作したんだぁ。ヨーグルト入りでふわふわのもちもちを目指してみました。もちろん、生クリームも自家産だよ」
フォークを持ったまま、にこにこにこと微笑むアルに勝てる気がしない。
なぜなら私はこの半年で、アルにガッツリ胃袋を掴まれているからだ。
「男の人は飲み屋があって息抜きできるけど、女の子も気軽に息抜きできる場所があればいいなぁーって、思ってカフェ作りたかったんでしょ?」
「……勝手にヒトの思考読まないでくれる? 魔族はヒトの心でも読めるの?」
「まさか。でも、シアが考えていることは分かるよ。シアはいつも誰かのために一緒懸命頑張るから」
「……買い被りすぎだわ」
誰かのために、ずっと一生懸命尽くすなんて母みたいな生き方、私にはできない。現に、追放されたのをいい事にずっと現実から目を逸らしている。
アルは目を伏せて、フォークを置いた私の頭を優しく撫でる。触れた手が温かくて、そしてとても大きい事に驚く。
「カフェでも何でも、シアが好きな事をしたらいい。俺なら絶対どんな事でも黒字にできるよ。ほら、俺は有能な上に顔がいいから」
アルは少し茶化すような口調で笑ってそう言った。
「そんなわけで、経営者さん、俺のことを継続雇用しませんか?」
楽しそうな口調とは裏腹に、アルの紅茶色の瞳は懇願するような色を帯びていて、私はすぐさま突っぱねることができなかった。
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