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12.その聖女、絶叫する。

 家に連れて帰ったときには、アルに意識はなく、お姫様抱っこで部屋まで連れて行く。

 ベッドに転がしたアルは、よほど痛いのか眉間に皺が寄っており時折小さく呻き声をあげた。


「光属性の魔法、普通に効くし毒じゃないって言ってたのにな」


 私はアルの真っ黒な髪とそこに生えているツノを撫でる。


「どれだけ、ダメージ蓄積してたんだろ」


 この回復魔法は本人が意識していない疲れや不調まで掘り起こして効くものだけれど、本人にダメージがない場合は全く効果がない。

 この魔法で意識を手放すほどの痛みは普通ないのだけれど、ここまでアルの疲労やダメージが蓄積していたことに素直に驚く。

 アルはいつもキラキラした笑顔で、子犬みたいに楽しそうに駆け回って、さらっとなんでもこなしてしまっていたから、気づかなかった。


「ごめんね、アル。私、アルに頼り過ぎていたわね」


 よしよしとアルを撫でながら、働かせ過ぎていた事を素直に反省する。


「痛いの、痛いの、飛んでいけー」


 私はアルの耳元でそっと囁き、アルの額に軽くキスを落とす。これは気休め程度のお呪いだけど、聖女の私がやると痛みが軽減されるらしい。

 少しだけどアルの表情が和らぎ、眉間の皺が取れた。聖女の祝福なんて、久しぶりにやったけど、案外覚えているものだ。私は自分が聖女であることに、少しだけ感謝した。


「ごめんね、アル」


 私は規則正しく呼吸を繰り返すアルに布団をかけてやりながら詫びる。


「私はアルにとって、ううん、魔族にとってかな? とても、とても、怖い聖女なんだ」


 黙っていて、ごめんねと私は小さくつぶやく。


「あなたの住んでいた魔ノ国を荒らしたのも、魔王討伐に加担した聖女も私。きっと、あなたが魔ノ国で居場所を無くしてしまった原因も私」


 どこまでノエルとの会話をアルに聞かれてしまったのかは分からない。でも、察しのいいアルの事だ。きっと、私が聖女だとバレている。


「あなたを、騙してしまってごめんなさい」


 優しいアルとの時間が心地良過ぎて、大切な事を伝えられないまま今日まできてしまった。

 謝って済む事ではないだろう。でも、アルのためなら何でもしてあげたいと思うほど、私にとってアルの存在は大きなものになっていた。


「目が覚めたらちゃんとアルに伝えなきゃ、ね」


 私が聖女だと知ったアルにここを去られても文句は言えない。でもせめて、自分の口からアルにキチンと伝えたかった。


「目が覚めたら、きっとダメージ全部回復してるから、あなたはどこにでも行けるわ」


 ノエルに見つかった以上、ここにいて魔族を目の敵にしている勇者や他の冒険者や聖職者といった人間に狙われる生活をさせるわけにはいかない。

 あれほど強い力を持っているなら、完全回復したアルは魔ノ国にも帰れるだろう。


「だから、今はおやすみなさい、アル」


 私は小さくつぶやいて、静かに部屋を後にした。


 あのまま眠り続けたのか、翌朝になってもアルが部屋から出てこない。

 回復魔法で死ぬ事はないはずなんだけど、流石に心配になってアルの部屋のドアを叩く。ノックをしても返事がない。


「アル? 開けるよ」


「シア、来ちゃダメっ」


 私が声をかけながらドアを開けたのと中から覚えのない声が入室を制止したのはほぼ同時だった。


「…………誰!?」


 私は目を疑ってなんども瞬きを繰り返す。 

 アルのベッドのはずなのに、上半身裸でベッドから上体を起こした黒髪でツノの生えた紅茶色の瞳の青年がそこにいた。


「まさか、魔ノ国最高峰の呪いが一日で解けるとか、シアの聖女の力強過ぎでしょ」


 私の18年の人生でお目にかかった男性の中で圧倒的に一番イケメンなその人は、女の子なら一瞬で恋に堕ちそうなくらい素敵な声でそう言った。

 私はその青年をマジマジと見る。冒険者や怪我人の治療で男性の裸なんて見慣れているけど、うんいい身体してますね。

 って、そうじゃないとだいぶ動揺している私は自分で自分にツッコミを入れる。

 私の事をシアと呼ぶ魔族など、アル以外にはいない。それに私に向けられた眩しい笑顔とキラキラオーラは変わらず、アルの面影もある。


「…………アル、なの」


「そう、だよ」


 歳の頃は20代前半くらいだろうか? 可愛い少年が、たった一日で女子が悩殺されそうなイケメンに大変身。

 物語なら美味しい場面なのかもしれない。だけど、これは現実。嘘でしょとつぶやいた私は両膝をついて崩れ、床をぐーで叩く。


「アルがっ! 私の可愛いアルがっ!! 来月オープンさせるカフェで看板息子にして奥様方取り込む計画でアル用にカッコ可愛い制服せっかく発注したのに、実装前に大人にっーー!!」


 この美丈夫がアルだと認識しての第一声がコレってどうよと自分でも思わなくはないが、真っ先に浮かんだことが口をついて出てしまった。

 だって、アルにナイショでせっかくこっそりひっそり準備してたのに、とショックが大きくてしばらく立ち直れないかもしれない。


「…………シア、それ俺聞いてない。ていうか、働かせる気満々じゃん」


 私の願望と煩悩ダダ漏れの計画に苦笑したアルは、


「ごめんけど、とりあえず服欲しい。話はそれからで」


 とても冷静にそう言った。

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