第27話 美しい薔薇には棘があるもの
(は、早く、お答えなくては……)
婚約破棄された直後に別の男性に求婚される……それも、クレイブよりもはるかに極上の男に……。
信じられない幸運にクラクラとめまいがしたが、ここで倒れる訳にはいかない。
辺境伯の娘として生まれ、物心がついた時には戦いの中に身を置いていたルイーザにとっても、憧れの存在である剣聖アデルヴァルト・リューディガー。
その人から求められて、嬉しくないわけがない。
当初は物語の英雄に抱くような、憧憬の念を持っていただけだった。
彼に近づいたのも、婚約者であるクレイブを立ち直らせる為、何とか剣術指南を依頼できないかという思いがあったから。
そこに、二心はなかった。
しかし辺境の地で共闘して魔物討伐をするうちに、死と隣り合わせの現場という環境もあったのだろう。
自然と信頼関係が生まれ、思った以上に親密な関係になっていく。
そして女性の身ながら体を張って信を得ようとするルイーザの強さと心意気に、すっかり心を掴まれてしまった剣聖の方が先に恋に落ちたのだ。
やがてルイーザも、彼の瞳の奥にある熱く燃える情熱に気がついてしまう。
何故なら彼女もその頃には同じ思いを抱いていたのだから。
互いに惹かれ合っていた。
でも、ルイーザはその時、彼の思いも自分の気持ちにも蓋をして気が付かない振りをすることを選択してしまう。
当時はまだ、クレイブのことを婚約者として認めていた。
剣聖と交流を持ったのも彼の為で、恋情はなくとも幼馴染みで出来の悪い弟のような婚約者にはまだ、思いが残っていたのだ。
二人の男の間で揺れ動く心がある内は、彼の真摯な愛情を受け入れることも答えることも無理だと諦めた。
不誠実な対応はしたくなかったから、と逃げてしまったのだ……。
剣聖も、彼女から感じる無言の拒絶に、今はその時ではないと何も言わずに別れた。
――しかし、ここにきて事態は動いた。
彼女が出席すると聞いて向かったパーティーで、クレイブが婚約破棄を言い出す場面に偶然、出くわす。
恋する男の直感で、彼女の気持ちが完全に離れたのも感じ取れた。
出来る男がこんなチャンスを逃がす筈がない。
真っすぐにルイーザを見据える金の瞳には引力でもあるのか、優しく捕まれたままの手をほどくことも出来ない。
まるで捕らえた獲物を逃さないと語っているようで怖いくらいだった。
視線に絡めとられて心臓が痛いくらいにキュっとするが、彼の気持ちに自分も真摯に答えたい。
クレイブから婚約破棄された今なら、それが出来るのだから。
「剣聖様、わたくしは婚約者に可愛げのない、冷たい奴と言われて婚約破棄を突きつけられた女ですのよ」
「ああ、聞いていたよ」
「よろしいんですの、そんな傷物の女に求婚なさって?」
「私は、貴女の強く美しいところに惹かれたんです。甘ったれた坊やには君の魅力がわからないのさ」
「剣聖様……」
「自分の器の小ささを棚にあげ、生涯の伴侶となるべき人の美徳を否定する男など、初めからあなたにふさわしくなかったのですよ」
「とても嬉しいですわ、剣聖様。でも……」
「まだ、何か不安があるのかい?」
ルイーザの心の揺らぎを敏感に感じ取った剣聖が、優しく先を促す。
「先程、ご覧になっていたのでしょう? わたくし、ご存じかと思いますが貴族令嬢としては少し……憚りがありますの」
感情のまま、クレイブに向かって扇を投げつけた。
後悔はしていないが、貞淑な淑女でいることを求められる貴族令嬢としては考えられない無作法を、憧れの人に見られてしまったのだ。
彼女自身は自分の生き方に誇りを持っているし、女性だからと言って泣き寝入りする気など更々ない。
何しろ辺境の地で、女の細腕で男と戦えば腕力が劣るからと魔法による身体強化を極め、男と同等以上の力をつけてずっと戦ってきたのだ。
一部の貴族達からはまるで蛮族だ、貴族令嬢らしくないと蔑んだ目で見られているのも知っている。
だが軟弱な中央の貴族の言葉など、彼女には響かない。
――しかし、彼はどう思っただろう?
女として、幻滅されてしまってはいないだろうか。
才能も美貌も何もかもが一流の男相手に、急に心配になってきたのだ。
「君の強さに惹かれたと言ったでしょう? 私は普通の貴族令嬢を求めた訳じゃない」
だがそれは杞憂だった。
即座に否定の言葉を返される。
「美しい薔薇には棘があるもの。私には、それがとても好ましい」
蕩けるように甘いバリトンでそう告げられた。
気障なセリフが嫌みなく似合っているが、こんな歯の浮くようなことを言う人だっただろうか?
少なくとも彼女は今まで聞いたことがない。
思いがけない一面を知って思わず、一瞬で真っ赤になってしまうルイーザ。
まさか、彼から花の女王である薔薇に例えて口説かれるなんて……それに、これでは……。
彼女の全てを認め、受け止めると言われたのと同じではないか。
(男として、器の大きさが違う……)
同年代のクレイブなどでは相手にもならない。
勝手にまた、ドキドキと高鳴り出した心臓が苦しい。
異性からこんなに情熱的に口説かれた経験のないルイーザは彼の熱量に呑まれ、ポーっと見惚れることしか出来なかった。
まるで、時が止まってしまったかのように……。




