32:最強種の頂点
レイル達とクロムバイトの戦いは膠着していた、全身に襲い掛かる氷の塊を溶かし蒸発させるほどの熱を体から発しながらクロムバイトは隻腕を振るってレイルと激しく打ち合っていた。
溶かされた氷から生まれる蒸気に紛れてレイルは潰れて死角となった方向から剣を振るう、しかしクロムバイトは角に魔力を集めて頭を振るうと剣と角が甲高い音を立てて衝突した。
「かかっ!!」
隻眼となった眼を炎の様に輝かせながらクロムバイトは腕を薙ぎ払う、それによって周囲に生まれた水蒸気ごとレイルは吹き飛ばされた。
『天脚』を発動して跳ね返る様にクロムバイトに迫ったレイルは突き出された腕を再び宙を蹴って掻い潜るとクロムバイトの眼に剣を振るおうとするが横から大気を唸らせて迫る気配を感じ取り、剣を盾にして『硬身』を全開で発動する。
レイルの側面に凄まじい衝撃が襲い掛かる、弾かれて地面を転がりながらも立ち上がると失くなった肘から先を放出した魔力で擬似的な腕を作り出したクロムバイトが目に入った。
「かかか、貴様を真似てやってみたが中々良いものだな!!!」
そう言いながら焼かれた眼を削ごうとしたクロムバイトを足下から発生した氷の竜巻が包み込む、クロムバイトの巨体を氷嵐の檻に閉じ込めたセラは真上から杖を構えて狙いを定めた。
「“第四円”!」
多量の魔力が込められ白い柱と見紛うほど太い光線が放たれる、それと同時にクロムバイトは真上を向いて漆黒のブレスを放った。
漆黒のブレスと光線が衝突する、しかし光線はブレスに押されていき押し負けると判断したセラが身を翻すと光線を弾き飛ばしてブレスが空に昇った。
直後に竜巻も消えていきクロムバイトが姿を現す、全身に貼りついた氷を溶かしながら再びレイル達を視界に捉えた。
(強い…)
千年の時すら生きる寿命、その膨大な生命力によって生み出される桁外れの魔力、数多の生物の中で最も優れているとされる肉体、そして悠久の時を経て知性を手にし、天変地異すら己の意志ひとつで引き起こす存在。
それこそが古竜、最強と謳われる竜種の頂点に立つものであり、魔王とすら成り得る存在。
かつて戦ったエルグランドが全盛であったならばあの時のレイルなど一瞬で消し炭と化していたであろうという事を今更ながら理解した。
「やるしか、ないか…」
レイルはそう呟きながら剣を構えクロムバイトが動き出そうとした瞬間…。
クロムバイトの顔に斬撃が当たった。
それはクロムバイトからすればダメージにはならない、良くて小石が頬に当たった程度の些末なものだった。
だがこの戦いを楽しんでいたクロムバイトにとっては水を差された様なものだ、それが自身の身を脅かせるのならまだしも脅威にすらならないというのは今の一撃で分かる。
クロムバイトの眼が斬撃を放った者へと向く、そこには緑風の体をした山羊に跨がり曲刀を手にしたイデアルが居た。
「イデアル!?」
「なんで此処に…!?」
レイルとセラが驚くと同時にクロムバイトの周囲に幾つもの黒球が現れる、それは全てイデアルに向けて放たれた。
「弱者風情が!戦いの邪魔をするなぁっ!!!」
放たれた黒球がイデアルに迫る、イデアルが居た場所に殺到した黒球によって土煙が上がるがそこから飛び出す様にイデアルが姿を現す。
「何?」
クロムバイトは不可思議なものを見たとでも言う様に呟く、殺す気で放った攻撃を弱者と判断した者が凌いだからだ。
「…私ではお前を倒す事は出来ない」
イデアルは顔を俯かせながら呟く、だがすぐに顔を上げてクロムバイトを見据える。
「だがそれでも出来る事はある、私がお前を倒す事は出来なくともお前を倒せる者がいる…」
イデアルの体から光が零れる、魔力でも魔術によるものでもない淡い光が溢れ出していた。
「私はお前を倒さなければ前に進めない、ならば…私はお前を倒す為にやれる事をやるだけだ!!!」
溢れ出した光が拡散する、光はイデアルの周囲で徐々に輪郭を形作っていった。
イデアルの周囲に多くの人が立っていた、鎧と外套を纏った巨漢が、槍を持った長身の男性が、杖を携えて法衣を纏った女性と姿形が様々な人々を光が形作っていた。
…汝の意志、確かに聞いたぞ
その人々の頭上にはアスタルツに代々伝わる王冠が戴かれていた…。




