21:稽古
「稽古をつけてほしい?」
合議があった次の日、練兵場でキリムと話していたレイルはそう問い返すとイデアルは首肯する。
「しかし王子はもう剣術を修めていますよね?」
そう言いながらレイルは今一度イデアルを見る、十五という歳を考えればイデアルの立ち姿は同年代なら勝てる相手はそうはいないだろうと予想できるくらいに立ち姿が安定している。
腰に差した曲刀で重心が傾く事もなく利き腕の手には握りタコの後がある、常日頃から鍛練を積んでいる事は一目瞭然だった。
「確かに鍛練は行ってきたが駄目なのだ、私はレイル殿の剣術、ひいてはその魔力操作を教えてほしい」
「魔力操作を…」
「遠目からではあったがあの竜との戦いを見ていた、あれほど精密な魔力操作と戦い方が出来る者は祖国でも見た事がない」
イデアルの言葉にキリムも同意する、そして深々と頭を下げた。
「王子!?」
止めようとするキリムを手で制するとイデアルは頭を下げたまま続けた。
「ろくな報酬も渡せず身を賭して助けてもらった上にこの様な面倒を頼むのは恥知らずだと自分でも分かっている…だがそれでも頼みたい。
どうか稽古をつけてほしい」
「…顔を上げてください」
頭を上げたイデアルに対し僅かな間を置いてレイルは静かに答えた。
「どれだけ教えられるかは分かりませんが、それでも良ければお教えします」
―――――
練兵場でレイルとイデアルが向かい合う、キリムはイデアルに頼まれマイラの看護へと向かった為その場には二人だけとなっていた。
「ふっ!」
イデアルが曲刀を手にしてレイルに向かう、真横に振るわれた刃が迫るがレイルが剣で弾く。
「はぁっ!」
全身から魔力を放出しながらイデアルは曲刀を振るう、首、肘、膝、鳩尾と的確に狙われる刃は並の兵士でさえ容易に倒せるだろう…が。
「まだ甘い」
レイルは振るわれる刃を避け、受け止め、そして弾く、そして弾かれた事で空いた脇を押して重心を崩して転ばせる。
「まず魔力による強化に無駄があります」
「どこが無駄なのだ?」
「魔力を操作する時に体内にある魔力を外に出すからです、魔力を放出してそれを纏う形で出している」
そう言うとレイルは手に魔力を集める、レイルが常に使っている身体強化を発動するが体外に魔力が溢れていないのでイデアルは気付くのが遅れた。
「これは…」
「体の外に魔力を纏うのではなく体内に魔力を集めるんです、自分の骨肉に魔力を流し込む事で芯から身体を強化できる」
「しかし私にはこれほどの魔力操作はまだ…」
「やれます、その為にも構えてください」
そう言ってイデアルを立たせると腕を掴んで魔力を譲渡する、突然来た魔力にイデアルは「ぐふっ!?」と声をあげてふらついた。
「こ、これは…」
「私の魔力を譲渡しました、僅かではありますが今なら自身の魔力を知覚出来るのでは?」
「…あ」
イデアルはハッとして自身の手を見る、イデアルの目には僅かながら自身から流れ出る魔力が映っていた。
「では」
イデアルの様子を見てレイルは剣を構える、イデアルは一瞬きょとんとした顔をしてレイルを見上げた。
「その状態でもう一度戦ってみましょうか」
―――――
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ…」
荒い呼吸を繰り返しながらイデアルは練兵場に横になる、レイルは井戸から汲んできた水を渡す。
「飲めますか?」
「感謝する…」
受け取った水を飲んだイデアルの隣にレイルは腰を下ろす、それを見たイデアルはぽつりと呟いた。
「ひとつも息が乱れてないのだな…」
「これでも冒険者なので」
「体力からして違うという訳か、自惚れていた私が恥ずかしくて笑えてくるな…」
どことなく自嘲する様に笑うイデアルにレイルはふと思い浮かんだ疑問を口にした。
「何故それほど自分を責めるのですか?」
「…」
「私が言う事ではないでしょうがアスタルツが攻められたのも竜に襲われたのも王子が悪い訳ではなくバニス教団に非があるでしょう、なのに何故…?」
レイルの問いにイデアルは少しだけ沈黙する、そしてぽつりぽつりと話し始めた。
「私には責務があるのだ、祖先から受け継いだ知覚と責務が」
「受け継いだ?」
「私の中には歴代のアスタルツ王の記憶があるのだ、書物で得たものではなく体感したものとしてな…」




