19:猶予
「とはいったけど全てを粛正しようという訳ではないんだよ」
バニスはそう言って圧を解くと穏やかな声を発した、一転して好青年といった雰囲気を出しながらバニスは言葉を紡ぐ。
「国と言っても民と呼べるほどの者も数もいなくてね、だから命を惜しむ者には温情を与えようと思うんだ」
「温情、だと…?」
「そうとも、五日…いや一週間あれば良いかな?その間我等に帰依する者がいるならば受け入れようじゃないか、答えは分かりきってはいるけどね」
「分かりきってるなら最初から聞くんじゃないわよ」
沈黙を貫いていたフラウがそう言い放つと同時に右手から黒い弾丸の様なものが放たれる、それは狙い違わずバニスに当たるとガラスの様な音を周囲に響かせた。
バニスがぶつかって若干仰け反った体勢になると姿が風に吹かれた火の様に揺らぐ、だが揺らぎが治まるとバニスは笑みを浮かべてフラウを見た。
「なるほど、最初に攻撃が無意味だと言ったのは彼等を止める為ではなく私に攻撃されるという意識を抱かせない様にする為のものだったのか、一杯食わされてしまったね」
「…全力の“精神破壊”を受けて平然としてる奴に言われても嫌味にしか聞こえないわ」
フラウの舌打ちと共に響いた言葉にバニスは笑みを浮かべるとその姿が再び揺らぐ、そのまま姿が崩れていきながら声だけが響いた。
「猶予は一週間、その間私から君達に攻撃する事はしない事を約束しようじゃないか、どんな選択をしようと私は君達を尊重するよ」
その言葉を最後にバニスの姿は消え去り、部屋には静寂が戻っていた…。
―――――
バニスの介入により合議は一時中断となった、ウェルク王やバルセド達が部屋を出ていきレイルとセラもそれに続こうとしたところで部屋の椅子に座ったままのマイラと傍で心配そうに覗きこむイデアルを見かける。
「どうされました?」
「わからぬ、先程気がついた時から眼を閉じたまま俯いてしまって…」
レイルは一言断ってからマイラの肩に触れて大丈夫かと聞こうとするが触れた瞬間マイラの魔力の流れを察知する。
「イデアル王子、すぐにライブス教皇に診ててもらいましょう」
「何?」
「魔力のほとんどが眼に集まっています、もしかしたら魔眼に何か異常が出たのかも知れません」
―――――
その後マイラを背負ってライブスと一緒にいたフラウの下へと行くとすぐにマイラの診察がされる。
「おそらくは魔眼を持つ者特有の防衛本能みたいなものではないでしょうか」
ベッドで静かに眠るマイラを見ながらライブスはそう語る。
「防衛本能?」
「魔眼はものにもよるけど見えすぎるのよ、それこそ保持者の限界を超えたものを見てしまう事もあるわ」
「彼女は自身の能力を超えたものを魔眼が捉えてしまったのでしょう、その自己防衛の為に魔眼の制御が乱れてしまったのかと」
「…あの場でそうなるものがあったとしたら」
ライブスとフラウの見解にその場にいた者達の目線が眠るマイラに集まる、あの場でそうなるとしたらひとつしかなかった。
「…ライブス教皇、マイラはいつ頃目を覚ましますか?」
「今は落ち着いてる様ですし明日には目を覚ますでしょう」
「…なにからなにまでありがとうございます」
イデアルはそう言うとマイラの傍に座る、それを見ていたレイルはぽつりと呟いた。
「彼女はバニスの何を見たんだ?」
その呟きに答えれる者はいなかった…。




