表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひめみこ  作者: 転々
第十章 変化の兆し
90/202

父の日

 通園バッグから連絡帳を取り出すと、印刷物がヒラリ。『父と子のふれあい』イベントのお便りだ。

 ざっと目を通すと、父か祖父か、とにかく男の家族が行くことになっている。親子競技は子どもを持ち上げて走ったりがあるから、腰を痛めたお祖父ちゃんには無理だろう。うちには――不本意ながら――他に男手がない。保育園も罪作りなことをする……。




「周くん。今度の保育参観、お姉ちゃんがお兄ちゃんになって行こうか?」


「やだ」


「一緒に行かない?」


「行かない」


 年中さんともなると、頑固になる。いくら水を向けても「否」の一点張りで泣きじゃくる。


「お姉ちゃん、嫌い! お父さんがよかった! 周だけお父さんいない! どうして!」




 私もこみ上げてくる。知らず、周を抱きしめてしまう。


「ごめんね、ごめんね……」


 私には、それしか言えなかった。




 子ども達を寝かしつけた後、独り、書斎でコニャックの水割りを飲むが、酔えない。涙だけが、後から後から流れる。


 気がつくと夜中の二時過ぎ。いつの間にか眠っていたようだ。背中にタオルケットが掛けられている。

 不意にこみ上げてきた感覚に慌ててトイレに駆け込み、それを吐き出した。吐く物が無くなっても、胃袋は吐こうとする。常温のミネラルウォーターを飲んでは吐くことを繰り返してようやく治まる。




 翌朝も、周は口をきいてくれない。

 ため息を一つ、携帯をバッグから出して書斎に行った。

 コールすること三十秒、なかなか出ない。昨日は花金だったのだろうか? 諦めようというとき、コール音が止まった。


「あい、小畑です」


「あ、篤志、おじさん? 私。朝早くごめん」


「なんだ、あに……きらちゃんか。珍しいな。なんか用か?」


「一つ、頼みがあるんだけど。来週の土曜、空いてる?」


「空いてるけど、なんだ?」


「えっと、周の父親参観というか、父の日イベントに出て欲しいんだ。『私』の代わりに」


 私は事情を話した。


「出るのは構わんが……、俺が出てもいいのか?」


 篤志はそれで話が余計に(こじ)れないかが心配なようだ。


「せめて、参加だけでもさせてあげたいし……。

 でも、当日になって『やっぱりイヤ』もあり得るから、そういうつもりでいて欲しい」


「まぁ、いいよ。……でも、高いぞ」


「私でできる範囲でならお返しするよ」


「そうだな、後輩が紹介してくれって言ってたんだけど、一日どうだ?」


「十八禁なことさえ無いなら、構わないよ」


「冗談だよ。終わったら昼飯でもおごってくれればそれでいい」


「うん。わかった。

 ありがとう」


「気にするな」




 土曜日、なだめすかして何とか『父と子のふれあい』イベントに。運動公園に隣接した緑地だ。ここと河川敷の堤防を使ってオリエンテーリングをするのだ。


 今回、周には『姉』である私と叔父がつく変則チーム。

 初めはみんなで準備体操をし、カードを受け取る。このカードにチェックポイント毎にシールを貼っていくのだ。それとは別に、カードの裏には『鳥』『クモの巣』『カエル』『オタマジャクシ』といったイラストがある。途中で見つけられたらこれらにもチェックしてゆくのだ。




 園児の五分の一ずつが時間差をつけて出発する。周は最初の出発だ。早速、用水の中にオタマジャクシを発見したので、シールを貼る。他の園児達からも「みつけた!」とかの声が上がっている。


 偶然にも田んぼと畦の境に立った竿で、トンボが羽化するところを発見した。早速トンボのイラストにもシールを貼るのだが、周はしゃがみ込んで動かない。トンボがしっぽを引き抜くところをじっと見ている。

 これは座り込んで、気が済むまで動かないパターンだ。


「ごめん、おじさん。気が済むまで見せてやって」


「時間、大丈夫か?」


「まだ、出発していないグループがあるから大丈夫だと思う」


「そうか。滅多に見られるもんじゃないしな」


 羽自体は十分ほどである程度伸びたが、しっぽはまだ太いまま。多分羽がそこそこ乾いたらしっぽを伸ばし、残った体液を捨てるのだろうけど、それって半日ぐらい先なんじゃないだろうか?

 篤志も退屈してきたのだろうか、小声で私に羽が伸びる原理を説明する。


「それぐらい知ってるよ。あと、微妙にセクハラ」


「お、ちょっと女子になってきたな?」


 周も退屈してきたようだ。こちらを見て「飛ばないね」と言う。うん。この様子だとあと何時間かはこのままなんだろうな。


「いつ飛ぶの?」


「しっぽが伸びて身体が乾いたらだよ」


「そう。ちっぽがピンとなって、先っちょから汁が出たらだよ」


「変な表現しない! 周が真似するでしょ!」


「はっはっは、すまん」


「どれぐらいでピンとなるの?」


「よく知らないけど、昼前にはなるんじゃないかなぁ。きっと、ゴールする頃までかかると思うよ」


「じゃぁ、早くゴールしてもう一回見にこよ?」


「うん。そうしよっか」


 周囲りを見ると、最終スタート組もかなり進んでいる。トップスタートなのに最下位グループだ。私達は慌てて追いかけることにした。


 途中のチェックポイントでのゲームはすんなりとこなし、堤防でボール紙を尻に敷いての草滑りは二回余分にする。最後のポイントで記念撮影をしてゴール。所要時間は堂々の最下位だろう。

 でも、こうやって外で遊ぶのも久しぶりだな。




 園長先生の挨拶も終わり、お土産のパンを受け取ると、周は羽化の続きを見に走って行く。しかし、そこにはヤゴの抜け殻だけが残されていた。トンボは飛び去ったらしい。


「飛んでっちゃったねぇ」


「見たかった……」


「また、見られるといいね」




「何、食べる?」


 私が訊くと、篤志は周の前にしゃがんだ。


「周クンは、何を食べたいかな?」


「モスバーガー!」


「よし、じゃぁ、おっちゃんとそこに行こう!」


 どうやら、先日のオニオンリングが気に入ったようだ。




「篤志叔父さん。ごめんね」


「なに、いいって。

 でも、男の子ってのもいいな。うちは娘だし」


「でも、毎日だと、なかなか大変だよ」


「そうだろな。たまにだからいいんだよ」


 その後、カラスノエンドウのサヤで笛を作ったり、ススキの葉で笹舟を作ったりして時間を過ごす。確かに娘が相手じゃ、こういう遊びはなかなかできない。


 食事を終え家路につくと、周は車の中で眠ってしまった。

 家に着くと、篤志が抱き上げて、車からリビングのソファーへ。


「ありがとう。篤志叔父様」


「なに、案外楽しかったよ。

 でも、この埋め合わせは別の機会ということで」


 ニヤリと男臭い笑みを浮かべる。やっぱり此奴はちゃっかりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ