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ひめみこ  作者: 転々
第十四章 新学期
123/202

東京へ

 列車が富山に停まると、どっと乗客が増えた。乗車率は九割に届くだろうか?


 前から五十過ぎぐらいだろうか、少し派手な女性が来ると、隣の夫婦に話しかけた。


「席、間違ってません?」


 夫婦は指定券を取り出して、座席番号を見比べる。


「いえ、こちらですが」


 ダブルブッキング? 今でも、こんなこともあるんだ。と思っていると、その女性は小さく舌打ちをして、その夫婦の後ろに座り、何やらバッグの中を探った後、椅子を倒して目を閉じる。

 何だったんだろ?




 隣から、女の子と母親の会話が漏れ聞こえる。どうやら、生まれて初めての家族旅行で、行き先がTDL。楽しみに違いない。

 そして新幹線だって初めてだろう。幼児の気持ちは爆上がりだ。


 お母さんは「静かにね」となだめているが、幼児なんて騒ぐのが仕事。そういう姿も微笑ましい。


 私はヘッドフォンステレオを取り出した。初めは必要ないと思っていたけど、電車やバスでは案外これがいい。電車やバスの駆動音と逆位相の音を被せることで、低い音量でも聞けるのだ。




 四曲目に入ったころだろうか。斜め後ろから舌打ちが聞こえる。そして、小声で「うるっさい」

 さっきの「間違ってません?」の女性だ。

 私としては、子どもの声よりも、その舌打ちの方が気になるのだけど。

 私の場合、日常的に近い年代の、しかも男の子が家にいるからか、あまり子どもの声は気にならない。でも、人によっては気になるところなのだろう。最近は、小学校や保育所に苦情の電話を入れる人も居るくらいだし。

 うーん。でも、斜め後ろの舌打ちと剣呑な空気がちょっと……。


 私は隣の女の子に話しかけることにした。通路にしゃがんで、女の子を見る。


「こんにちは。ねぇねぇ、お嬢ちゃんおなまえは?」


「みくちゃん!」


「みくちゃんはいくつ?」


「四さい」


「みくちゃんは、今からどこに行くの?」


「ディズニーランド!」


「ディズニーランド、楽しみだね」


「うん。きょうは入れないけど、あしただよ」


「あそこには、大きなお城もあるし、ミッキーさんや、お姫さまもいるね」


「おねえちゃんも、おひめさまみたい」


「ありがとう。

 みくちゃんも、いい子にしていたら、きっと明日、本物のお姫さまに会えるよ」


「うん。いい子にする」


「でもね、電車の中は、おひるねしたい人もいるんだよ。

 みくちゃん、保育園でおひるねの時間、どうしてる?」


「おしゃべりしない。でも……、」


「でも?」


「ねれないときは、きこえないようにおしゃべりする」


「うん。じゃぁ、ここでもそうしよっか。おひめさまに聞こえなければ、きっと明日、会えるよ」


 女の子は、何かに気づいたように私に顔を近づけた。


「おねえちゃん、ほんとうは、おひめさまでしょ」


「それは、ひ・み・つ」


 私も小声で、ちょっと真面目な顔を作って返した。

 席への戻り際、女の子のご両親が、済まなそうに会釈するので、私も笑顔を返す。うん、こういうことは親が言うより、知らない人が言った方が効くもんだ。


 座ると、沙耶香さんが英語で「お節介ね」と小声で言う。私も小声で「後ろの人、結構キてたから」と英語で返す。でも、あえて英語を使うあたり、沙耶香さんもちょっと気にしてくれてるんだ。

 英語で二言、三言交わした後、私は音楽に戻った。




 大宮を前に、さっきの女性が荷物をまとめて立ち上がる。どうやらここで降りるようだ。みくちゃんのお母さんが、子どもがうるさくしたことを謝罪すると、「本当に」という言葉。せっかくの家族旅行なのに、もう少し大人の対応を出来ないものかな。

 そう考えていると、その女性、こちらまにで威圧するような視線を送る。よっぽど機嫌が悪いのか、子どもが嫌いなのか……。




「いろんな人がいるのよ」


 沙耶香さんがまたも英語で囁いた。


「にしても、アレはひどいです」


「確かに、初めの『間違ってません?』はイヤミね。自分にだって子ども時代はあったでしょうに」


 電車が動き出すと、沙耶香さんは再び目を閉じた。

 どうにも腹に据えかねる。自分が親を経験しているからだろうか。こういうのを見ると、家族旅行にも二の足を踏みそうだ。




 ホームで女の子に手を振って別れると、すぐにホテルへ。沙耶香さんと私はここで着替える。沙耶香さんは真新しいスーツ。私もクリーニングして糊の利いた制服だ。


 駅を出て、桜田門の方に向かって歩く。


「やれやれ、身が引き締まるわね」


「……緊張します」


「貴女、本当にビビりね」


「仕方ないですよ」




 案内された先ではボディチェックと手荷物検査。と言っても、荷物はほぼホテルに預けてあるので、手荷物も小さなバッグだけ。通り一遍の手続きを経て、先に進む。


 いざ挨拶してしまえば、なんと言うことも無い。それなりに緊張はしたけど、「緊張しました」という程度だ。

 大臣ぐらいなら違うのかも知れないけど、その代理の方だし。




 それでも議事堂から出ると、伸びをしたくなる。


「ふー。肩こった……」


「同感ね」


「こういうの、度々あるんですか?」


「私はせいぜいあと一回ね。次席に退くとき。

 貴女は、筆頭になるときと、次席が代替わりするときだから、何回もあるでしょうね」


「肩こりそう」


「このぐらい、どってこと無いわよ。

 戦前の話だけど、先々代の比売神子様は、陛下に拝謁したこともあったそうよ」


「戦前ってことは、昭和天皇ですか? それこそ、緊張どころじゃないですよ……」




 駅に着く頃には、議事堂でかいた悪い汗も普通の汗に変わる。ちょっとした散歩の距離だ。車必須の田舎暮らしより、便利な都会暮らしの方が良く歩くと言うのも頷ける。

 ホテルに戻ると、汗取りシートで軽く拭いて着替えた。私としてはシャワーも浴びたいぐらいだけど、帰りの時間もある。軽食の時間を考えたら、ちょっと厳しいところだ。私だけ浴びるわけにもいかないし。




 駅では軽くお蕎麦を食べる。メニュー的には一杯やりたくなる店だけど、電車の時間もある。それに、そもそも私は未成年。大っぴらに呑むわけにはいかない。


「ちょっと、お土産を買う時間は無いわね」


「仕方ないですよ。今日は強行軍だったし。新幹線が無かったらこんな動きは出来ませんでしたし」


 ホームへ行く前に少し店を覗くが、残り時間は二十分。無理して荷物を増やすことも無い。軽食と飲み物だけを買う。沙耶香さんはアルコールをチラチラと見るが、さすがに妙齢の女性が車内でというのは拙いと思ったようだ。




 それにしても、東京は毎日お祭りのように混んでいる。私のような田舎者にはちょっと辛い空間だった。

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