重いプレゼント
着いたのはかなり大きな児童館。ちょっとした博物館並みだ。
休日、しかも冬休みも始めとあってか、幼児と小学生がいっぱい。中学生以上の姿はほとんど無いけど、たまにそれらしい女の子もちらほら。ベンチには抜け殻のような状態の保護者の姿も。
なるほど、こういうところなら私を連れてきていても問題ないと踏んだか。とは言っても、遊具でって歳でもないし、どうしよう。
体験・参加型の展示もあるけど、これらの多くは予約か参加者の名前――居住地も――の記載が必要だ。個人情報をこんなところで残すのもアレだし、かといって虚偽記載も気が引ける。
インフォーメーションを見ると、プラネタリウムもある。午前最後の上演時間が近い。
「プラネタリウム、行ってみない?」
入場料は当然のように高橋さんが払う。一般二名。
やや後ろの方に並んで座る。開始まであと数分だ。
入場券を見ると、子どもむけのプログラムだ。うーん、午後一の部にした方がよかったかな?
今ひとつ会話が弾まないながら、上映開始の時間。部屋が暗くなる。出だしはかなり派手な映像。そして、Eテレで放送されているアニメのキャラクターが出てくる。
最近のプラネタリウムのプログラムはストーリー仕立てになっているようだ。今度、周と円を連れてくるのもいいかな、と考えていると、右隣も真剣な顔で見入っている。少年のような表情だ。
私の前ではちょっと格好をつけているけど、これが地なんだろうな。肘掛けに乗せられた左手を見ると、やっぱり人差し指と中指を擦り合わせている。
私は少しの悪戯心で、肘掛けの左手にそっと右手を乗せてみた。驚いたような反応が伝わってきた後、何事も無かったように私の右手を握り返した。彼の乾いた手から微妙に体温が伝わってくる。
うわー。完全にデートなシチュエーションだ。
心臓が鼓動を速める。これが『胸が高鳴る』って状態なのかな? 手汗をかいたらどうしよう。別に、何てこと無いつなぎ方のはず。例の、指を絡めたアレじゃないのに。
隣はというと、涼しい顔で何事も無いように、プログラムに夢中になっている。私の独り相撲なのかな? 私も意識を空に向ける。うん。次に大学へ行くときは天文学あたりもいいかも。
プログラムは概ね終了し、この地元で今夜見られる空の様子の話になる。スクリーン外周にはこの都市の夜景らしき建物のシルエット。案外芸が細かい。
冬の星座と言えばオリオン座だ。リゲルとベテルギウスが明るい。そう言えば、赤色巨星のベテルギウスが、超新星になるかもと言う話もあったけど、ここでは触れられなかった。
プログラムも終わりに近づく。明るくなる前に私は手を離した。触れている暖かさが無くなると、手が冷えるような気がする。喪失感という程ではないけど、つないでいるときの安心感というか、居心地の良さが恋しい。
上演が終わるとちょうどお昼どき。児童館に併設されたレストランに入った。
高橋さんは無難に生姜焼き、私はというと、手作り風がんもどきの野菜あんかけだ。手作りじゃないことは分かっているのに『手作り』という言葉に弱い。
レストランはフードコートより親子連れが多い。そのせいか、中には私たちを訝しむような目で見る人も居る。いくら服装を工夫しているとはいえ、未成年の私と二十代も半ば過ぎの高橋さん。下世話な想像をしている人もいるに違いない。
料理を待っていると、周と同じぐらいだろうか、男の子が見事な転びっぷりを見せた。上手く手をついているから大事ないが、顔が泣きそうだ。
それを見てか、高橋さんが助け起こそうとするが、私はそれを制した。じっと見ていると、自分で起き上がった。偉い!
私は自分で立ち上がった男の子の褒めながら、服のホコリを落とし、手と顔を拭く。男の子の母さんらしい女性が、私たちの間柄を訝しむような視線を向けつつも、お礼を言いに来た。
「いえ、何もしてませんから」
お礼に応じた後、周囲にも微妙に聞こえるように言った。
「お兄ちゃん! むやみに助けるだけじゃダメだよ。子どもを大人としてどう見守るかとか、女性はそういうところも見てるんだよ」
今ひとつ状況が飲み込めてない高橋さんに畳みかける。
「クリスマス前に振られたお兄ちゃんに付き合った上に、女性のエスコートの指南までしてくれる従姉妹に感謝しなさい! こんな素敵な従姉妹なんてなかなかいないんだから。
ちゃんと、アッシー、メッシー、ヒマツブシーを出来るように、勉強しなくちゃ」
「そ、そうだね。勉強になった」
「ヒマツブシーさえちゃんと出来れば、お兄ちゃんはきっとモテるんだからねっ!」
どうやら高橋さんも事態を飲み込めたらしい。朴念仁のお兄ちゃんにデート指南をする、ちょっと歳の離れた従姉妹という体裁だが、ちょっと説明台詞過ぎたかも。
食べながらの会話は、主に私の進路のこと。私の「天文学もいいかな」には「天文学は食べられない割に、学べる大学のレベルが高い」とのこと。国立じゃ、京都か東北ぐらいしかないと説明してくれる。
『私』も国立出てるから、その辺の事情は大体知っている。でも、大学の学部学科は就職にはほとんど関係無いし、ほとんどの場合、実務にはもっと関係ない。
その後も、本当はデレたいのにツンしか出せない従姉妹を演じていると、周囲りの訝しむような視線は、生暖かいモノに変わっていく。なんかコレ、ちょっと楽しいかも。
こういう場面、女の子の方が押している風の方が、批判は少ない。需要と供給の非対称性がそうさせるだけなのだが……。
児童館の展示を一巡すると、昼下がりもいい時間。帰路と買い物の時間を考えると、もうそろそろか。
車に戻ると「さっきのは参ったよ」と少し不本意な表情。
「ごめんなさい。でも、周囲りの人から変な目で見られてるような気がして……。でも、自分以外の人間を演じるって、……疲れた」
そう言って、目を閉じると「済まない」という一言。私は心の中でペロリと舌を出した。
確かに楽しかったけど、それなりに疲れたのも事実だ。帰路の車内では少し微睡む。
夢うつつのまま高速道を帰る途中、パーキングで休憩。お手洗いを済ませて売店を二人でブラブラ歩く。でも、ツンデレ従姉妹の演技は終了だ。
結局何も買わずに車に戻るが、高橋さんはなかなか出発しない。まさか、こんな所で何かするのんか? と一瞬考えてそれを打ち消したときだった。意を決したように高橋さんがポケットから小さな箱を取り出した。
それを私の手に持たせると「メリークリスマス」と一言。じっと私を見る。
えーと、これは開けなさいということかな? 大きさから言ってアクセサリーの類いだろう。恐る恐る開けると、銀色のリングだ。
「安物だけどね」
いや、これは高いだろ。リングの台座はシンプルな銀色だけど、小粒な石が中央に、その両側に砂粒ぐらいの石が二個ずつ。カットと輝きからいってもガラスとかじゃない。……重いプレゼントだ。
高橋さんの視線は固定されたまま。もしかして着けろってことだろうか?
「あ、ありがとうございます」
私はそう言うと、左手の中指に着ける。やや緩めか。いや、これで薬指サイズだったらどうするのが正解だろうか? リングをじっと見る。やはり高そうだ。台座は銀銅合金だろうか、でもちょっと色味が落ち着いている。まさか白金なんてことはないよね。
「台座は昌さんの髪色に合わせたんだ。本当は君の眼の色に合わせた石を入れたかったけど、蒼い石には金の台座が一般的らしくてね。
銀色の髪と蒼い眼の組み合わせは、素敵だと思うけどな」
素敵という言葉にドキッとさせられるけど、そういう心遣いは結婚相手にするべきで、初デート(?)の相手にいきなりすることじゃぁない気がする。大抵の女の子は引くんじゃないかな?
高速から降りて、朝の待ち合わせ場所に。
さすがにここで話し込むのも不自然なので、早々に車を降りた。買い物もしなくちゃいけないしね。
買い物をしながら左手の中指を確かめる。この石、形や輝きから言っても炭素だよね。酸化ケイ素ならこんな小さくする必要は無いし、酸化アルミだったら四角く削ってあった気がする。
こんなの貰って良いのだろうか? お返ししようにも、中学生レベルのお返しでは不足だし。うーん。どうするのが正解だったのだろう?
結局、結論が出ることもなく、家に帰ることになった。勝手口の扉を開ける前にリングを外してポーチの中に。さすがにコレをお母さんには見せられない。
でも、ドキドキの原因、確かめられなかったな……。それはまた今度だ。




