通過儀礼のあと
「これで貴女も比売神子ね。これからは気軽に昌ちゃんなんて呼べないわ」
廊下を歩きながら沙耶香さんが言う。
「いえ、これからもまだまだ教わることが多いですから、今まで通りにして下さい」
そうだ。私はまだまだ学ぶべきことが多い。神子として以前に女性として。
「ありがとうございます。沙耶香さん」
「何よ、改まって。これは貴女の資質と努力よ。血の発現から一年! これは最短記録よ。流石、格が違うわね」
部屋に戻ると五人が待っていた。
春に光紀さんが抜けた。今は代わりに留美子さんがいる。
「おめでとう! 昌クン」
「聡子さん、まだボク、何も言ってませんけど」
「言われなくても結果は分かるわ。こんなフライングで通過儀礼に臨むのは、確実だからでしょ」
直子さんが言うと沙耶香さんは首肯した。
「これで昌ちゃんは比売神子よ。でも、まだまだ学ばなきゃいけないことはたくさんあるわ。今後も合宿には参加するから、よろしくね」
「あのっ、私から一言みんなに言っておきたいことがあります。
もしかしたら、今まで通りではいられなくなるかも知れないですけど、知っておいて欲しいんです」
「昌ちゃん」
沙耶香さんの、咎めるとも制するともつかない声。でも、言っておかないと。これ以上黙っているのは……。
「沙耶香さん。これは私のケジメなんです。通過儀礼を終えてからってのは少し狡い気もしますが、でも……。
これで比売神子となれなくなっても、血を遺すという務めは果たします。ですから、言わせて下さい」
沙耶香さんと目を合わせたが、返事は無かった。もっとも、どう言われても決心を変えるつもりはない。
「皆さん、本当にありがとうございます」
私は頭を下げた。『昌』としてお礼できるうちに、この気持ちだけは言葉にしておかないといけない。
「言っておきたいこと、というのは血が出る前の私のことです」
一呼吸して言葉を紡ぐ
「『血の発現』を迎える前は……、私は……、私は、男性でした。
今まで黙っていて、申し訳ありません」
下げた頭は、怖くて上げられない。
と、誰かが近づいてきた。誰かじゃない、三、四人が近づいてくる。誰かが私の肩に手を置いた。
「やっと、言えたわね」
直子さんだ。「えっ?」となって顔を起こす。留美子さんだけは驚愕の表情だけど、残りの四人は笑顔を浮かべている。
「薄々は、感じてたのよ。
大卒の社会人女性としては、行動が変だったもん。でも、知識は明らかに大人。そのチグハグさが不自然だった」
優奈さんも笑顔を浮かべている。
「でね、昌クン、本当に男の子だったんじゃない? って考えたら、ものすごく分かりやすかったの。最初に言いだしたのは光紀ちゃんだけどさ」
「そうそう。沐浴のときの恥ずかしそうな、居づらそうな仕草とか、成人女性の反応じゃないし。かといって、シモネタとかは全然平気だし」
「でも、短い間にだんだんと不自然な部分が減っていって、今じゃ普通の女の子だもんね。
きっと、すごく複雑で大変な思いを抱えながら、一生懸命、女の子として生活してたんだろうなって」
「私らに言わせれば、なにを今更って感じかな」
「そうそう。
でね、光紀ちゃんが言ってたの。もし昌クンが本当に男の子だったとして、でも身体に合わせて、女の子として生きようとしてるんだったら、まず私たちが受け入れなきゃってね。去年の暮れぐらいだっけ?」
みんな私を受け入れてくれる。全身から力が抜けてその場に座り込んでしまう。
「ありがとう……、ござい……、ます。」
「ほらほら、泣かないで。せっかくの美人が台無しよ。って、美人って言われるの、やっぱり抵抗ある?」
「大丈夫、です。ちゃんと、誉め言葉、として、受けとめて、ます、から」
私は、拳で涙を拭って、盛大に鼻をかんだ。
「ところで、私たちとしては昌クンの前の姿より、昌クンがDTだったかどうかの方が気になるんだけど……。
あの恥じらい方はDTだからって意見と、経験が有るからこそって意見とに別れてるんだよねっ。
どっちか、教えてくれる?」
「そそそ、それは、ちょっと……」
「言えないってコトは、DTかしら?」
「はい、そこまで。それ以上はプライバシーの侵害よ」
沙耶香さんがそれ以上の追求を止めてくれた。
「はぁ、でも、これも無駄になっちゃったわね……」
沙耶香さんがトランプほどのサイズのカードを直子さんに渡した。
「なんですか?」
私が訊くと、沙耶香さんは意味ありげに笑って言う。
「血が出る前の貴方の写真よ。貴女の性別について疑いが出たときに見せようかと思って」
「えええーっ! これ、昌ちゃん本人? いや、確かにそっくりだけど」
直子さんが叫ぶ。
「もちろん。しかも無修正! 正真正銘の生」
「沙耶香さん。ソレってまさか……」
「馬淵さんからもらった、学祭の写真。貴方が女装させられたときの」
他の子達が一斉に写真を、私の黒歴史を覗き込み、直子さんと同じ反応をする。
「きれい……」
「美人だよ。血が出る前から美人だったんだ」
「お化粧すると、高校生でも大人っぽい」
「今は、カワイイ系よりの美人だけど、前は本物の美人だったんだ」
「昌クン、本物の美少年っていうか男の娘だったんだよ」
「これ、何年のときかな? やっぱ、一年?」
「高三でコレってことは無いでしょ」
大学四年のときなんて言えない……。皆、私の性別なんてどうでも良くなったみたいだ。
今の姿を誉められるのは慣れてきたけど、前世の姿を誉められるのは、改めて精神的に大ダメージ。立ち上がる気力も萎えてしまう。
「沙耶香さん……」
「何かしら?」
「どうしてあんな写真、持ってるんですか?」
「あなたの前世を疑われたときに、これを見せればみんな納得するかな、って」
「それは判りますけど、どうやって手に入れたんですかっ?」
「それは、ナ・イ・ショ」
「確かに、これ見て男だって言う人いないわ。顔の大きさ、周囲りの子とあんまり変わらないもん」
「そうそう、構図が上手いよね。振り向いた瞬間を撮るなんて。手前の女の子が上手く身体を隠してるし、遠近感で小柄に見えるし」
「でも、これで昌クンDTのセンは薄くなったね。女の子にモテてなかったら、女装させられるはずないもん。どんな人と付き合ってたのかしら?」
言えない。妻子持ちだったなんて、絶対言えない……。




