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8-8




「……で、愛梨ちゃん? あの、泰介君…って言ったよね? 彼はその……もしかして、愛梨ちゃんの〝彼氏〟なのかい?」

「彼氏……?」

 彼氏って………………


 !? ――〝彼氏〟!?!


「ななな!! 何言ってるんですか! おじさん!!」

 あまりにも突然なその問いに言っている意味がわからず、反応が遅れてしまったけれど……意味がわかったらわかったで、思わず私は大声を上げてしまった。

「しー! しー! 声が大きいよ、愛梨ちゃん!」

 それを見ていたおじさんが慌てて私をなだめ、再び小声で話し始める。

「まぁ、落ち着いてよ愛梨ちゃん。べつに君らの年代なら彼氏の一人や二人いても何にもおかしくないし、普通のことでしょ?」

「そ! ……それはそうですけど……でも、何で急にそんな話を?」

 いや、ね? とおじさんは、ポリポリ、と頬をかきながらその理由を説明した。

「愛梨ちゃんって、オジサンがちょうど二十歳の時に産まれた子でしょ? ――そりゃあ親は当然兄貴……愛梨ちゃんのお父さんたちかもしれないけど、小さい頃からずっと面倒を見てきたオジサンにとっては、自分の娘も同然の存在なんだよ。……だから、ほら? 愛梨ちゃんがどんな子と付き合ってるのか、オジサンものすごく気になっちゃって……」

 ……な、なるほど。そういう理由で…………。

 とはいえ、どうしよう? 私は真剣に悩んだ。

 おじさんが私のことを自分の娘も同然だと言ってくれるのは当然うれしいことだし、比喩でも何でもなく、それは事実だ。……しかしながら、いや、だからこそ、かな? ……ともかく、まさか、〝変態〟から脱却するまでは答えはもらわない約束をしている、なんて馬鹿正直に答えたりなんかしたらおじさんに余計な心配をかけちゃうだろうし……かと言って、彼氏でも何でもない、というわけでもない。――私にとって泰介さんは所謂、友だち以上彼氏未満、という存在なのだ。

 う……本当にどうしよう? 何て答えよう?

 私が答えに迷っていると、おじさんはその様子を何か自分で解釈してしまったのか、急に、ニコニコ、と満面の笑顔になって話し始めた。

「そうかいそうかい、〝図星〟なのかい♪ それは良かった!」

「い、いえ! あの……!」

「ムフフ、いいじゃないか、そんな隠さなくても。彼のこと、〝好き〟なんだろ?」

「!!?」

 ビクンッ! と身体が跳ね上がってしまった。当然、あ! と思った時にはもう遅い。おじさんは私のその反応を〝大正解〟だと見抜いてしまったらしい。――おじさんは笑顔のまま話した。

「やっぱりか……いいな~、若いって。オジサンも香苗……嫁さんと付き合い始めた時はいつもそんな感じだったなぁ……今じゃ尻に敷かれすぎて座布団もいいトコだけど」

「うぅ……あのぅ……」

 顔が熱い……たぶん、今の私の顔からは、大量の蒸気が立ち上っていることだろう。鏡を見なくても十二分にそれが理解できてしまった。

 ここまで明らさまになってしまったら、もはや言いわけのしようもない。だけど、それを色んな人に、ホイホイ、言いフラされても困る。

 私は色々諦めて、とにかく言いフラさないでくれるようにだけおじさんに頼むことにした。

「……あの、おじさん? このことは、まだ桜花にくらいにしか言っていないんです。だから、できるだけご内密に……」

「ん? ――ああ! ごめんごめん! 大丈夫! オジサン、お腹のお肉は柔らかいけど、口だけは堅いんだ。絶対に誰にも言いフラさないと約束するよ!」

 ……よ、よかった…………。

 ほっ。私は、心から安堵のため息をついた。

 ――しかし、

「……あ、でもさ? 最後に一つだけ聞いていい?」

 また、おじさんが……。

「な、何です……か?」

 悪い予感しかしない。でも、今度はどんなことを聞かれても絶対に驚かないようにしなくちゃ! そう考えた私は……あ。

「いやね? その彼氏君とはもう、ちゅ――ゲフッ!?」

 何かを聞こうとしたおじさんの口……それを後ろから思いっきり服を引っ張り、首を絞めることによって止めたのは、おじさんよりもほんのすこしだけ背の高い、若い女の人……長い黒髪を後ろで大きなクチバシクリップを使って一つに留めているその人は、間違いない。

 おじさんの奥さんで、私の義理の叔母さんにあたる人。小出 香苗さんその人だった。

 ちなみに、決して〝おばさん〟などとは呼んではいけない。呼ぶなら、お姉さんまたはチーフ……もう一度言うけど、決して〝おばさん〟と呼んではいけない。決して。

「……義二さん? この忙しい時に、仕事もしないで何姪っ子にセクハラして働いてるの? まだまだやることいっぱいあるでしょ?」

「か……かな……くる、し……!!」

「……あ、あはは…………」

 ……もう、笑って誤魔化すことしかできない。それほどまでに、チーフの目は冷たく、無機質に細められていた。

「――ああ、愛梨ちゃん。ごめんなさいね? ウチの〝変態〟オジサンがセクハラなんかして。後できっちり〝オシオキ〟しておくから、許してね?」

「え……あ、あの……ほ、ほどほどにしてあげてください……ね?」

 呟くようにお願いすると、チーフは優しく笑って答えた。

「ええ。仕事に影響しないくらいに、〝ほどほど〟にしておくわ」

「………………」


 …………がんばってください。おじさん……。






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