8-3
――翌日。五月一日、水曜日。
「――ごめんね、愛梨~? アタシもう他のバイトビッチリ入ってて、行けそうにない~」
「え……あ、そ、そうなんだ。じゃあ、みっさは?」
「ごめん~! ウチもムリ~! ……つーかさぁ? もうほとんどの人が、バイトなり、彼氏とデートするなりで予定埋まってると思うよ~? 今んとこヒマなの愛梨だけなんじゃ……」
「え……あ……う、ウソ?」
「ホントホント。ウチらが知る限りじゃ一人もいないって! ――あ、それじゃあウチら、これからちょっと予定あるから、またね! とりあえずがんばって~!」
「ああ! 待ってよみっさ~! も~……ごめんね、愛梨? 力になれなくて……」
「う、ううん! だいじょうぶ! ありがと、くーちゃん。またね~」
「うん、またね~」
「あはは………………はぁ…………」
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――十五戦全敗。
まさかこんなことになるとは……そう私は、授業中の自分の席で、昨日おじさんに簡単に返事をしてしまった自分自身を、ただただ呪っていた。
……よくよく考えれば、確かにそうだよね。こんな滅多にない大型連休……誰だって、予定の一つや二つくらい、あるよね……。
ふ~、と私は、誰にも気づかれないように小さくため息をつき、頬杖をついた。それから、何をするわけでもなく、ボ~、と書き途中のノートを見つめる。
……さて、改めてこれからどうしようか?
今朝、みっさ、こと美里が言っていたとおり、ほとんどの人は何かしらの予定で休みは埋まっている状態だ。それなのに、わざわざ予定をキャンセルまでしてバイトにきてもらうのには正直かなりの無理と抵抗があるし、仮に予定がない人が見つかったとしても、まさか休み中全部が空いているわけがない。せいぜいがせいぜい、一日……多くても二日、といったところだろう。
……失敗した。
ぼそ、と思わず呟きそうになってしまった。
私は慌てて口を塞ぎ、何とか実際にしゃべってしまうことだけは防いだけれど……でも、失敗した、という気持ちだけは、どうやっても拭うことはできなかった。
何が、任せておいてください! だよ私~……こんなの、連休の直前じゃ誰もやってくれないって。
……まぁ、もっとも? 元はと言えば、私が連休前に急にバイトができなくなったのが悪いんだけどね? その後は一週間ぐらい引きこもっちゃってたわけだし……もっと早くにわかっていれば、おじさんだってこんな直前に私に頼まなかったはず……だよね?
う……う~ん……困った…………。
悪いのは私で、何も考えず安易に引き受けてしまったのも私。何もかもが私のせいということだから……つまり、今さら断れるわけもないし、私はどんなことをしてもこの達成困難なミッションを成功させなければならないというわけだ。
だけど、どうやって…………。
チラリ、と私は、何となく隣の席……泰介さんの方を見た。
するとそこには、当然、と言うべきか、いっしょうけんめい真面目にノートを取る、泰介さんの姿があった。
……泰介さんって、ほんのちょっとだけ〝ドジ〟で〝おバカ〟なところはあるんだけど、こういう授業とか、掃除当番とか、ちゃんとやらなければならないようなことはいっしょうけんめい真面目にやるんだよね~? ……ああ、いや、一応部活とかも、真剣には取り組んでいるみたいなんだけどね? 結果がついてこないというだけで……。
――ん? あれ? ということは……ひょっとしてバイトとかなら普通に…………
ぐぐぐ、パシッ! ……勝手に泰介さんの方を向こうとする首を、私はとっさに手で止めた。……その時の音で、こっちを向いた泰介さんが不思議そうに首を傾げていたけれど、私はあえてそれに気づかないフリをして、心の作戦会議場に戻った。
――ダメダメ! 私だって実際に行って知ってるでしょ? おじさんのカフェは学校のすぐ近く! 泰介さんのウチはその学校からすごく離れてるの! それなのにバイトなんかしたら、帰るのがいったい何時になるのかわかったものじゃないじゃない! 休日中のお姉さんのお世話だってあるだろうし……。
…………でも、
チラリ、とどうしても泰介さんの方を見てしまう。だって……そう。今のところ私の知り合いで予定がない……というか、なさそうなのは、泰介さんくらいなものなのだ。お姉さんは外にいさえすればお世話は必要ないわけだし……誰一人としてバイトをしてくれる人が見つかっていないこの状況。見ちゃダメ、と言う方が無理である。
……どうしよう? ここはもう、無理を承知で頼んでしまおうか? いや、でも、確かに泰介さんなら笑顔で引き受けてくれるかもしれないけれど……すっごい迷惑がかかっちゃうし、それで、もし……その、き、嫌われ……ちゃったりなんかしたら…………あ~でもでも! 私っておじさんに小さい頃からすっごくお世話になってるわけだし、そのおじさんの期待を裏切るわけにも……!!




