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――ぺち。
……その時だった。愛梨さんはケガをした手で、ボクの頬に〝触れ〟…………
いや、〝違う〟……これは、ボクのことを…………〝叩いた〟のだ。
〝裏切られた〟――みんなに〝変態〟と言われ、嫌われているボクのことを、しかしそれでもずっと〝信じて〟くれていた愛梨さんは、そんなボクに〝裏切られ〟てしまった。その思いから、怒りと悲しみ……それらを乗せて、精いっぱい、ボクのことを〝叩いた〟のだ。
それから愛梨さんは、歯を噛みしめながら……声にならない声を必死に振り絞って、ボクに言った。
「……き…らい…………たいすけ、さん、なんか……だいっ…〝キライ〟……ッッ!!」
――頬にあった湿った手の感触が離れ、涙ながらに走り去って行く愛梨さんの後ろ姿を、しっかりと目で追えていてなお……しかしボクの身体は、ピクリ、とも動かすことはできなかった。
だけど、そんな中……ボクの中では、叩かれた頬から身体全体へ向けて、〝痛み〟がどんどん広がり続けていた。
……無論、あんな触られただけと勘違いするようなビンタ……それ自体は全く、痛くはない。
だけど……〝痛かった〟。
全く痛くないはずのそれが、ズキズキ、と……実際に〝痛み〟を伴って、ボクの全身を駆け巡ったのだ。
だから、だ。
数秒後、ボクは何度も転びそうになりながらも、必死に目の前にいた甲呀の足下へと這い寄り、叫んだのだ。
「〝助けて〟!!」――と。
……だけど、甲呀から返ってきた答えは、ボクにとって、あまりにも無情なものだった。
「……すまん、泰介。俺にも、どうしていいのか分からないんだ……すまん……」
「そん……な……じゃ、じゃあ、ゆりちゃん先生……ゆりちゃん先生なら……!」
振り返り、ボクは聞いた。
……しかし、
「……ごめんね。先生にも、どうしていいか分からないの……こんな時に的確なアドバイスをするのが、先生の役目であるはずなのに……ごめんね……」
……答えは、変わらなかった。
「……ッッ!! そ、それなら、鏡さ――」
「――ふざけんなよ、〝変態〟!」
続けて鏡さんの方を向いた……瞬間だった。
鏡さんはそうボクのことを怒鳴りつけ、睨みつけながら、言い放った。
「……今のあたしはな、お前の味方でも、部活の部員でもねぇ。〝愛梨の味方〟だ。……だから、この際はっきり言っておくぞ? ――あたしは、お前のことが〝憎い〟……あたしの一番の友だち……〝親友〟の愛梨を泣かせたお前のことが、あたしは〝憎い〟……今ここでぶっ殺してやりたいほどにな!! ……だから、もうあたしには〝話しかけるな〟。愛梨にも、今後一切〝近づく〟な。……あたしが言いたいのは……言えるのは、それだけだ」
じゃあな。そう言うと、鏡さんはそれ以上何も言わず、ボクのすぐ脇を通って屋上から去って行った。
ボクは……何も言えなかった。どころか、去って行く鏡さんの後姿をただ見つめるだけで、何も考えることすらできなかった。
放心状態……だけど、その時だ。
ボクは去って行く鏡さんの足元に、何か……ぐしゃぐしゃ、に握り潰された〝ノート〟のような物を見つけ、考える前に思わず駆け寄り、拾い上げた。
そこには、【部活動 計画ノート】……間違いない。これは〝愛梨さんの文字〟だ。――いっしょに勉強をしたおかげで、ボクにはそれがすぐに分かった。
ボクは慌ててそれを開き、中を見てみると……そこには昨日の失敗を受けて、ボクが行うであろう行動を予想した例と、本当はどういった行動をするのが正しいのか? それが、びっしり、と細かく……書き、こまれ…………。
「…………ごめん……ごめんね、愛梨…さん…………」




