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第46話 私の仕事は蟻退治です

 現場もけっこう進んできました。工場棟とはべつにある事務所棟で基礎、柱、梁などの躯体工事が終わり、土間コンクリートを打つ少し前に、作業員が背中にタンクを背負ってなにやら液体を土に散布していました。


 なにやってんだ、こいつ?


 すくなくとも日本での工事では必要のない作業です。

 私は近くにいた若いエンジニアに聞きました。

「あいつなにやってんの?」

「殺虫剤の散布です」

「へえ?」


 このときはこれで終わりました。……いや、終わったはずです。私の記憶では。


 現場が終わりになる頃、エンジニアたちと雑談をしているとき、なんかの拍子で、ここの土地では土にかなり凶暴な蟻がいて、土間コンを打っても、隙間から這い出てきて悪さをするという話が出てきました。


 マジかよ。日本じゃ考えられねえな。


 そう思いつつ、「じゃ、どうすんの?」と聞きました。


「土間コン打つ前に薬剤を散布して蟻を殺すんです」

 そう言われて、かつての記憶がよみがえりました。


 ああ、そういえばなんかやってたな。あれがそうだったのか。


「で、ちゃんとやってあるんだよね?」

 私はとうぜん、だいじょうぶですという返事を期待していました。そもそも見た記憶があるし、問題ないはず。


 しかし、ここでとんでもない返答が。


「いえ、やってません。途中でやめました」

 そう答えたのは、かつて私があの作業の内容を聞いた若いエンジニア。


「え、なんで?」

「やらなくていいと言われたからです」

「誰がそんなこと言ったんだ?」


「あなたです」


 え? 俺?

 なんで俺、名探偵に指さされた犯人みたいになってんの?


「俺言った、そんなこと?」

「言いました」(断言)


 お、おまえ、まさか俺を陥れようとしてねえだろうな?


 それとも、日本の常識じゃいらない作業だし、そんなのいいからって言っちまったんだろうか?(ありえる) まったく記憶にないが。


「だ、だいじょうぶだよな?」

 プロジェクト・インチャージ(ローカル責任者)に聞く私。

「だいじょうぶでしょう、……たぶん」


 お願い。嘘でもいいから、だいじょうぶと言い切って!

 ここでMaybeたぶんなどという言葉は聞きたくない。


 竣工後、そこの施主から事務所に蟻が出て困ったという話は伝わってこなかったので、だいじょうぶだったんでしょう。


 ……きっと。


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