第3話 数字が勝ち、国が負けた日
言葉の意味が、遅れて刺さる。
“自由”という祝辞が、今この場では最も残酷な確定だった。
そして、その確定から逃げるように。
「……リュミナ!」
アルベルトが、隣の少女に縋りつくように叫ぶ。
「お前が新しい聖女だろう! やれ! 今すぐ結界を維持しろ!」
貴族たちの視線も、王子の苛立ちも、ぜんぶリュミナへ集まる。
「数字で勝った」勝者に、実演の責任だけがのしかかる。
リュミナは胸に手を当て、得意げに頷く。
「もちろんです、王子様。数値が証明していますもの」
彼女は杖を掲げ、詠唱を始めた。
眩い光が生まれ――次の瞬間、まるで“支え”を失った糸屑みたいに、霧となって散った。
「……え?」
リュミナの瞳が、まん丸に開く。
さっきまで余裕で細められていたその目が、初めて“怯え”を映す。
彼女は笑おうとして、唇だけがひきつった。
杖を握る指先に力が入る。白い手袋が、きしむほどに。
アルベルトが叫ぶ。
「早くしろ、リュミナ……」
「……もう一度ですわ」
自分に言い聞かせるように呟き、リュミナは杖を高く掲げた。
祝祭の光に溶けていた彼女の魔力が、今度は露骨な圧となって大広間を押し潰す。
「聖なる光よ――!」
詠唱が、空気を裂く。
光が生まれた。眩い。熱い。眩惑するほどに――
だが。光は“飛ばない”。
結界炉へ向かうはずの流れが、途中でぷつりと断ち切られ、まるで行き場を失った水が霧散するように、散った。
ぱら、ぱら、ぱら。
落ちてくるのは光の粒だけ。
誰の役にも立たない、舞台装置みたいな輝きだけ。
二度目。
彼女は肩を震わせ、言葉を噛む勢いで詠唱を重ねた。
光が生まれ――また散る。
三度目。四度目。五度目。
回数を重ねるほど、光だけが派手になっていく。
けれど結果は、最初から決まっていた。
結界炉へ繋がる“流路”が、ひとつも開かない。
繋がらない。――違う。
最初から、“道そのものが存在しない”。
「なんで……! 私、魔力量は十倍なのに……!」
勝者のはずの声が、喉の奥で擦れて、泣き声に近い高さへ崩れる。
私は、小さく呟く。
「測れたのは魔力。守れたのは国じゃない」
貴族たちが椅子を蹴り、裾を踏み、後ずさった。
誰もが同じものを見て、同じ結論を飲み込めずにいる。
「供給できない……!?」
「なぜだ」
「適性が違うのか……!?」
「数字だけじゃ……!」
その瞬間、警鐘が“音”を変えた。
ひとつ下の階へ落ちるような、濁った、重い響き。
――二次警報。
結界管理装置が、次の段階へ移った合図。
ざわめきが、言葉にならない。
誰かが息を吸って、吐けなくなる。
音が“危険”を知らせるんじゃない。
二次警報が鳴った瞬間、近くの侍従が銀盆を落とした。
金属音が一度跳ねる。
誰も拾わない。拾う余裕がないんじゃない。
拾っても意味がないと、身体が先に理解してしまったように。
王都の外縁。
魔物避けの膜が薄くなる。
遠くで、獣の咆哮が響いた。
壁の外から届く、現実の音。
空気が震え、肋のあたりが微かに鳴る。
そして――“見える”形でも、追い打ちが来る。
大広間の床。
結界炉と繋がるはずの魔力回路の上に、薄い文字列が滲む。
【結界崩壊まで 04:18】
誰かの魔導石が投影したのか、結界管理装置が自動で出したのか、判別する暇もない。
【警戒段階:二次】
【外縁膜:低下】
数字が、祝祭の空気を刺す。
貴族の“測定値”が信仰なら、これは“終わりの測定値”だ。
そして理解する。“始まっている”と。
十倍を掲げた国に、四分台の数字が“答え”として突き刺さった。
アルベルトが私に向かって歩み寄ろうとして――足を止めた。
彼の足元の床に刻まれた魔力紋が、ひと筋。すっと、消えた。
まるで“王子”の足場だけが、世界から引き剥がされていくように。
「セラフィナ……戻れ」
声が変わる。
命令の音色が崩れ、焦りが混じり、そして――懇願になる。
「今すぐ契約を戻せ。これは国の危機だ」
私は、ほんの少しだけ考える素振りを見せた。
彼の目に一瞬だけ、希望が灯る。
【結界崩壊まで 04:17】
数字が一つ減る。
希望が一つ削れる。
戻す方法は一つだけ。
だが、私は戻らない。
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