第20話 結界の訓練じゃない。“見せる”ための訓練
訓練は後日、測定局で行われた。
結界を動かすためではない。“見せる”ための訓練だ。
床の刻印円の中心にリュミナを立たせ、測定器を正面に据える。
表示板は見えやすい高さに揃えられ、針の角度も、光の当たり方も整えられている。
ここで求められるのは原因の切り分けでも、安定の確認でもない。
目に見える数字だけだった。
部屋の奥に王子がいた。腕を組み、苛立ちを隠さない顔で見ている。
数字が出るまで、目が硬い。
その視線が、この場の基準だった。
私は短い合図だけを示す。
長い詠唱ではない。発音も短い。
「これを。一息で」
リュミナは軽く笑う。難しくないほど、顔が明るくなる。
息を吸い、短い言葉を切り出す。
光が出る。音が出る。針が跳ねる。
表示板が点滅し、拍手がすぐ続く。
針が落ち着く前に声が重なる。
「上がった!」
「また上がった!」
数値が上がる。リュミナが笑う。周囲が喝采する。
その流れが、早い。
私は褒めない。止めもしない。
必要な言葉だけを伝える。
「求められるのは数字だけです」
それ以上は言わない。
言葉を増やせば、別の話になる。
同じ距離。同じ姿勢。
ほんの少しだけ、光が大きく見える角度に寄せる。
ほんの少しだけ、息の入り方を揃えて、音が揃うようにする。
リュミナはすぐ真似る。
針が、また跳ねる。
笑い声が上がり、拍手が揃う。
侍女が囁き、補佐役が頷き、貴族が先に結論を言う。
「新しい聖女だ」
「王家の未来だ」
計測技士官のダンテは、机の端で記録を続けていた。
拍手に合わせない。笑わない。
針の戻りを待ってから、淡々と口にする。
「ピーク、更新。持続、短い。再現性、あり」
「持続が短い」と言い切っても、誰も気にしない。
拾われるのは「更新」と「あり」だけだ。
針が戻る前に拍手が揃う。見られているのは中身ではなく、上がった瞬間だけだった。
針が跳ねた瞬間、王子が息を吐く。短く、はっきり。
それだけで周囲の空気が一段軽くなる。
「……これでいい」
誰に言ったのか分からないほど小さい声だったが、近くの者は拾う。
拾った者が、また別の者へ渡す。
「勝てる」と言い換えられて広がっていく。
ダンテは紙を一枚めくり、確認だけを口にした。
「条件、同一。記録、残します」
私は頷かない。止めない。続ける。
針が跳ねるたび、王子が息を吐く。
その息が、次の拍手を許可するように場を動かす。
ここでは、それで通る。
――壇上でも、同じだ。
◆学ばせない
祝祭の日が近づくにつれて、王宮の廊下は人が増えた。
飾り布の搬入。楽隊の出入り。控室の割り当て。
どれも「当日」のための動きだ。
その動きに紛れて、私の手元から物が少しずつ減っていく。
小箱が一つ。衣の替えが一つ。封をした紙束が一つ。
目立つ量ではない。けれど戻らないように、確実に減らす。
シュバリエとのやり取りは短い。
渡すのは封筒ではなく、薄い紙切れ。
受け取るのは返書ではなく、次の手順だけだ。
「次は、ここへ」
「荷は、先に回ります」
「馬車は祝祭の前日、到着します」
声は低く、言葉は少ない。
目立つ相談はしない。合図だけ合わせる。
バルハイムへ動かせるだけの荷は、もう向こうに回っている。
その日の測定局は、いつもと同じ配置だった。
測定器の前。表示板の横。人が集まり、拍手が起きる位置。
違うのは、正面の台が少し片付けられていて、薄い板を置けるだけの空きが作られていたことだけだ。
見物は少ない。王子の取り巻きもいない。
数字に合わせて騒ぐ声がないぶん、紙の擦れる音や靴音が残る。
私は薄い刻印板を示した。掌より少し大きい。表面に細い刻線。端に受け口。
隣に、結界片をひとつ並べる。小さな破片だ。
「今日は、これで」
説明はしない。この場で求められているのは理由ではなく結果だ。
彼女にとっては、また新しい“伸ばし方”に見えるように。
リュミナは前へ出る。椅子の背を掠めるように歩き、距離を詰める。
板を覗き込む目が速い。刻線を追い、受け口で止まる。
それから、測定器へ視線を滑らせ、針の位置を先に確かめる。
口元がわずかに上がる。
小さな道具が出ると、彼女は期待する。派手さを増やせる、と信じている。
指先が落ち着かない。触れて確かめたがる。
「簡単ですわね」
言い方は軽い。だが目は笑っていない。
“簡単”なら上がる。上がれば、正しい。
そう信じている。
指先で刻印板の縁を叩く。軽い音がした。
もう一度叩きそうになる。私は、その指先を止めない。
止めれば、彼女は“注意された”と感じる。
注意された瞬間に、顔つきが変わる。数字ではなく私を見る。
注意は、疑問を生む。
疑問は、質問を生む。
質問は、説明を呼ぶ。
だから、言葉は最小でいい。
リュミナは息を吸い、短い詠唱を唱える。
光が生まれ、空気が一度張る。
刻線の入口が光る。途中まで。
細い線が走ったように見えた——そこで止まった。
次の瞬間。
パチ……。
小さく弾け、光が霧のようにほどけて消えた。
結界片も、ふっと明るくなりかけて、すぐ黙る。
成功でも失敗でもないような、微妙な沈黙が落ちた。
リュミナの眉がわずかに動く。
「……今の、何?」
言い方は軽い。怖がっていない。
ただ、自分の派手さが途中で終わったことに納得していない。
私は刻印板を覗き込む。
手で触れない。指先で確かめもしない。目で足りる。
刻線の途中に、焦げの匂いが薄く残っている。
入口は開いた。だが流れが続かなかった。
受け側が弾いた。通っていない。
——けれど、それを口にしない。
リュミナは待っている。
私が「失敗」と言うのを。
原因を言うのを。次の課題を出すのを。
私は、違う答えを返す。彼女が喜ぶ答え。数字が正しさになる答え。
机の横に置いてある測定器へ、視線を移す。
針は確かに跳ねていた。さっきの瞬間、大きく跳ねて戻っている。
私は淡々と言う。
「測定器は、綺麗に跳ねましたね」
リュミナの表情が戻る。怒りも不安も引っ込む。
彼女は針を見る。高さを確認して、笑う。
「でしょう?」
勝ち誇りではなく、安心の笑いだ。自分が正しい側にいると確かめた笑い。
私は頷くだけ。褒めもしない。否定もしない。事実だけ言う。
もう一度、同じことをさせる。
二度目も途切れた。光は出る。だが、刻線の途中で止まる。
リュミナは唇を引き結び、すぐ次の息を吸う。
三度目。出力を上げる。派手に。強く。大きく。
結果は同じだった。散り方だけが派手になる。
火花が増える。焦げの匂いが濃くなる。
刻印板の縁が、わずかに黒く染まる。
本来なら、ここで止めるべきだ。通らない兆しを教えるべきだ。
しかし私は止めない。止めれば、彼女は学ぶ。学べば、形を覚える。
形を覚えれば、通る可能性が生まれる。
読んでくださり、本当にありがとうございます!
皆さまからいただく感想や応援が、この作品を前へ進めるエネルギーになっています。
「面白そう」「続きが気になる」と少しでも思っていただけましたら、ぜひ 「ブクマ」や「評価」 をポチッとしていただけると、とても嬉しいです!
感想は一言でも大歓迎です、それだけで物語の未来が大きく変わります。
これからも、さらに楽しんでいただけるよう力を尽くしますので、どうぞ応援よろしくお願いします!




