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第19話 壇上なら、数値で決まる

 数日後、訓練場の扉が開いた瞬間に、音が押し寄せた。

 人の数。靴音。椅子の軋み。息を潜めた気配。待っている空気だけが、もうできている。


 床は白い。刻印の円がいくつも重なり、壁際に測定器が並ぶ。

 中央に立つのはリュミナ。周りには補佐役、侍女、見物の貴族。人数が多い。

 距離が近い。視線が一本に寄っている。


 測定器のそばに、小さな表示板が据えられていた。

 数値が出ると点灯するだけの板だ。針の動きに合わせて端の光が規則的に瞬く。


 リュミナは詠唱を短く切った。

 息を吸う動作だけを、わざと大きく見せる。視線は自分の手元ではなく、針の先へ向いていた。


 次の瞬間、空気が熱を帯びる。

 眩しさが膨らみ、測定器の針が跳ねた。

 表示板の灯りが、ぱっと点滅する。


 記録係が読み上げる。

「計測値 2390」


 針が落ち着く前に、声が出た。拍手が始まる。

 誰かの言葉に周りが乗り、同じ方向へ揃っていく。


「リュミナ様の数値が、また上がった!」

「……聖女様の……八倍」

「新しい象徴だ」

「王家の未来だ」


 拍手が早い。速く、短く、途切れない。

 表示板が瞬くたび、拍手が揃う。揃うたび、次の点滅を待つ空気になる。


 リュミナは振り返らない。

 測定器を見たまま、口元だけを上げて言った。


「ほら、八倍ですの」

「訓練しましたもの」


 言い方は報告ではなく、確定だった。数字が出た瞬間に勝ちが決まる、そういう声だ。


 私は壁際に立っていた。

 誰かに見せるための位置ではない。全体が見える位置だ。


 計測技士官のダンテが一歩前へ出る。

 年齢は若くない。制服の襟元がきっちりしている。手袋を外さないまま、器具の距離だけを整える。声は大きくないのに通る。


 彼は針が戻り切るのを待ってから、淡々と数値を読み上げた。

 読み上げ方が一定で、余計な色がない。歓声の中でも、その声だけが残った。


「測定値 2408。再現性、あり」


 記録票にペン先が走る音がする。迷いのない手つきだ。

 ダンテは周囲を見ない。見ているのは数値と記録だけだった。


 誰かが顔を寄せて言う。


「見た? 2400。やっぱり聖女様の八倍よ」

「これで反対派も口出しできん」


 ダンテは頷きもしない。否定もしない。

 ただ、測定器の角度をほんの少し直し、次の手順へ移った。


 リュミナの周りがさらに賑やかになる。

 侍女が微笑み、貴族が手を叩き、補佐役が「素晴らしい」と繰り返す。

 誰も「次にどう使うか」を言わない。数字が出た時点で話が終わっているからだ。


 私は口を開いた。

 声を張らない。拍手に勝とうとしない。口元だけをわずかに動かす。

 笑みと呼べるほどではない。ただ、形だけを薄く作る。


「……上がりましたね」


 褒めない。煽らない。否定もしない。

 ただ、事実だけを言う。それだけで、十分だった。


 リュミナがこちらを見た。

 一瞬だけ、目が細くなる。欲しい言葉が来ない、と言いたげな目だ。

 だが、周りの声がすぐにそれを埋めた。


「聖女様も認めた」

「この数値なら、殿下も安心だ」

「もう問題はない」


 賞賛の言葉は、同じ形で積まれていく。

 数値が高い。だから正しい。

 派手だ。だから強い。

 短い。だから才能だ。


 リュミナはその空気を吸って、ますます軽くなる。

 軽いまま、もっと上へ跳ねようとする。


 私はその様子を、淡々と見ていた。

 測定器の針の動き。光の散り方。消える速さ。残らない手触り。

 上がるのは瞬間だけだ。


 その事実だけが、毎回そこに残る。


 表示板がもう一度点滅し、歓声が上がる。


 そのとき、リュミナが一歩だけこちらへ寄った。

 周囲に聞こえるほど大きくは言わない。けれど、甘える調子で言葉を選ぶ。


「セラフィナさま」


 呼び方だけ丁寧で、目は針から離れない。


「私、もっと上げたいですの」

「教えてください。どうすれば、もっと跳ねますの?」


 私は頷く。


「……上げられます。条件が揃えば」


 ——“上げる”ことだけは。

 周囲が期待に沸く。

 その期待が、彼女をさらに“瞬間”へ偏らせる。

 形を作らないまま。流れを覚えないまま。

 ピークの作り方だけを手に入れていく。


 私は最後に、一度だけ言葉を落とす。

 説明ではなく、確認の形で。


「壇上なら、数値で決まります」


 リュミナはそれを「勝利の保証」として受け取る。

 周囲はそれを「聖女の太鼓判」として受け取る。


 こうして、教える内容は固まっていく。

 測定器が反応する出し方だけが、積み上がっていく。


 補佐役がすぐ乗る。


「殿下もお喜びになります」

「次は3000に届くかもしれません」


 リュミナは私を見て、微笑んだ。

 頼んでいるようで、決めに来ている笑みだった。


 ダンテが記録票を一枚めくった。

 淡々と次の欄を示し、短く言う。


「次回。同条件で二回。揺れを見ます」


 その言葉だけが、この場で唯一、先を指していた。

 けれど周囲は先を見ず、今出た数値の話で騒いでいる。


 リュミナは頷き、測定器の前へ戻った。

 喜びの呼吸ではない。次の数字を出すための呼吸だ。


 私は、その背中を見ていた。

 見るのは数値じゃない。揺れだ。

 ——揺れが出ても、数字は出る。

 だが、繋がりはしない。


 数字が出た瞬間に、拍手が先に決まる。

 その速さだけが、はっきり残った。

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『短編版』婚約破棄で聖女契約が切れました。――この国は“5分後に”崩壊が始まります。
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