第18話 上がる。だが、繋がらない
馬車が減速した。車輪が石を噛む音が変わり、揺れが細かくなる。
窓の外には国境の灯が並び、祝祭の灯りとは違う乾いた光が列を区切っていた。
外で鎖が擦れる音がして、馬車止まった。
護衛が短く返事をした。馬の鼻息が近い。
槍の石突が石を打つ音が一度して、すぐ離れた。次の荷車へ回ったらしい。
向かいの席でゼクスが書類束を開いた。封蝋の欠けを指先で確かめ、端を揃える。
紙が擦れる音が、車内ではっきりする。
「……もう一つ、伺います」
ゼクスは顔を上げないまま言った。
「あの新しい聖女は、なぜ繋がらなかったのですか」
私は窓の外を見る。
灯りの下で札が受け渡され、照合のために持っていかれる。
手順が増えるほど、列は簡単に重くなる。今は余計な言葉を増やさない。
札が遠ざかったのを見て、私は口を開いた。
「出すことはできます」
言葉を切る。
「ですが、繋がりません」
ゼクスの指が封蝋の縁で止まる。ほんの一瞬だけ。
「……誰が、その育て方を選んだのですか」
私は急いで返さない。ここで名を出せば、その名が争点になる。
今必要なのは、責任者の断定ではなく、現象の確認だ。
外で足音が近づき、照合に回っていた札が戻る。
護衛が受け取り、短く謝意を示す。すぐに馬が一歩進み、また止まる。
私は視線を落とす。見ているのは書類ではない。
測定の針の動きだけが浮かぶ。跳ね上がる数値。
どよめき。拍手の速さ。あれが先に正しさを決めた。
ゼクスが、紙面を見たまま確かめる。
「殿下ではない、ということですね」
「殿下も、周りも」
私は言い切らない。
「数字を先に出しました」
馬車がわずかに動き、すぐ止まる。外で縄が張り直され、金具が鳴る。
ゼクスが声を落とす。
「その数字を、誰が必要としたのですか」
私は窓を見たまま答えた。
「必要とされた形に合わせただけです」
外で合図が飛び、護衛が手綱を引く。馬車が進む。灯りが窓の端を流れた。
ゼクスが書類束を閉じ、紐を締め直す。
「……分かりました」
間を取って、続ける。
「では、なぜ繋がらないが、どう作られたのか。そこだけ教えてください」
私は頷かない。返事もしない。視線を外さず、記憶の順だけを揃えた。
◆数字を信じる子
私が初めて、リュミナと顔合わせたのは、王宮の奥——測定局の訓練用の小広間だった。
大広間の祝祭みたいな飾りはない。代わりに、白い床、刻印の入った円陣、壁際に並ぶ測定器。
空気が乾いていて、静かで、数字がよく響く場所。
扉が開いた瞬間、先先に刺さったのは視線だ。“見られる”というより、“見せに来た”目。
リュミナは、胸の高さに透明な筒を抱えていた。測定器。
中で淡い光が揺れ、針が落ち着かない。
彼女は私を見る前に、まずそれを掲げた。
相手の顔ではなく、数値を先に差し出す。それが彼女の自己紹介だった。
「ご覧になって?」
声は明るい。そして、疑いの余地がないという調子で続ける。
記録係が、読み上げた。
「測定値 1763」
「ほら、六倍ですの」
針が跳ねる。周囲の侍女や補佐役が、小さく息を呑む。
誰かが「やはり……」と囁く。
その一言だけで、場の空気が決まってしまう。
“六倍”が、人格より先に、権威になる。
リュミナはその反応を待っていたように微笑む。褒められる前提の笑み。
勝った後の余裕。努力や手順は、そこには入っていない。
私は否定しない。笑いもしない。彼女の土俵に乗らないために、反応を最小にする。
視線を測定器へ移し、針の動きだけを見る。
光の勢いだけを見る。“量”として見る。
「ええ」
声は淡々としている。褒めるための声じゃない。点検の声だ。
「最大出力は、ありますね」
それだけ。“すごい”とも、“才能だ”とも言わない。
否定もしない。
リュミナの目が、ほんの少しだけ細くなる。
物足りなさと、苛立ちの入口。けれど彼女はすぐに立て直す。
数字がある。数字さえあれば、最後には勝つ。
そう信じている顔に戻る。
「でしたら、もう結界も——」
言いかけて、周囲が制した。まだ“正式”ではない、という空気。
けれど彼女は止まらない。止まれない。数字が背中を押すから。
私はその横顔を見て、ひとつだけ理解する。
この子は、数字で育てられた。
数字で褒められ、数字で守られ、数字で勝つように仕向けられている。
なら、こちらも“数字が喜ぶもの”だけを渡せばいい。回路が喜ぶものではなく。
その結論は、口には出さない。この時点で言葉にすると、感情が混ざる。必要なのは、次の動作へ繋がる入口だけ。
私は測定器から視線を外し、淡々と告げた。
「では、あなたに合う訓練をしましょう」
“合う”という言い方が甘い。だからこそ、罠の入口になる。
リュミナは嬉しそうに頷く。
自分が選ばれたと思って。
自分が勝ちに向かっていると思って。
——ここから先、彼女が追いかけるのは「形」じゃない。針が跳ねる瞬間だけになる。
訓練は、拍子抜けするほど簡単に始まった。
難しい陣も、長い詠唱もない。床の刻印円の中心に立たせ、測定器の前に立たせ、——終わり。
私はまず、言葉を削る。説明が多いほど、相手は“理解したつもり”になる。
リュミナに必要なのは理解ではない。再現だ。
「これを」
私は一度だけ息を吸って見せる。
言葉は削る。動作だけで示す。
「一息で」
リュミナは目を瞬かせる。「それだけ?」という顔。
けれど、簡単ほど彼女は好きだ。派手ならなおさら。
「はい」
私は頷く。
「短く」
——“短く”が、ここでは別の意味で効く。
流れを作らない。形を整えない。
ただ、瞬間だけ膨らませる。
リュミナは息を吸い、ひと息で口を動かす。
音は軽い。
次の瞬間、空気が弾ける。ぱん、と。白い光が咲く。
花火みたいに、丸く広がって、すぐ消える。
測定器の針が跳ね上がった。ひゅ、と上がって、震えながら天辺で止まる。
「測定値 2095」
周囲がざわめく。
「今のが……」
「この短さで……!」
「やはり七倍……!」
リュミナは勝ち誇ったように笑う。
私を見る目が変わる。“認められた”と思う目だ。
私は褒めない。でも否定もしない。数字だけを肯定する。
「ええ。上がりました」
それだけで、リュミナは十分だった。
言葉の中身ではなく、針の数値が答えだから。
そして、結論はもう決まっている。
数値は上がる。だが、繋がらない。
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