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第17話 残っている、濁っていない

 馬車は、列の途中で止まっていた。国境の門前ではない。

 だが詰所の声が届く距離だ。向こうが手順を変えれば、この列は簡単に重くなる。


 外で革が擦れ、金具が鳴った。縄が張る音が続く。

 短い命令が飛ぶ。


「通行札」

「聖女……確認」

「そこの馬車、寄せろ」


 護衛が馬を落ち着かせ、位置だけを少しずつ直している気配が伝わった。


 その間に、斥候が戻る。馬車の横まで来ると、息を整える間もなく要点だけを落とした。

 飾りも前置きもない。


 ゼクスが窓を少し開ける。


「報告を」


 斥候は短く言う。


「平民街の灯りは、まだ残っています」

「井戸の水は、濁っていません」

「滑車の音も、途切れていません」


 私はうなずかない。ここで欲しいのは喜びではなく、確認だ。


 斥候が、声の調子だけを落とす。


「感謝が、聞こえました」

「大声じゃありません。列の中で、桶を抱えたまま頭を下げた女がいました」

「声は小さくて、周りに溶ける程度です。それでも――口から出た」


 一拍置いて、斥候は続けた。


「『聖女さまが、水が……助けてくれた』と」


 私は顔を動かさない。名前が出た時点で、守ったものが別の形で刺さる。


 斥候が、嫌なほうの確認だけを足す。


「その言葉、詰所の耳に入っています」

「検問灯の下で、兵が同じ呼び方をしました。“平民街の聖女”って」


 ゼクスが、窓の隙間のまま言う。


「……効いた。だが、広がった」


 窓が閉じる。外でまた声が飛ぶ。列がわずかに動き、車輪が石を噛む音が戻った。



 ◆受領の跡から逃げられない


 ゼクスは書面に目を落としたまま、争いになる箇所だけを先に潰す。


「確認しておきます」

「この件を、あなたの指示として扱わせません」


「決裁はベンデル卿です。殿下の署名は入口で止まる」


 外から声が割り込む。


「通行札を」

「人数を言え」


 護衛の返事が短く続く。

 馬車の中と外で、手順が同時に進む。


 ゼクスは続けた。


「あなたがしたのは、巻き込まれる側を守る手を入れたことです」

「王都が崩れた責任まで、あなたへ回すことはできません」


 私は言い返さない。弁解もしない。

 言葉が、動かせない事実として入ってくる。


 ゼクスが、さっきの報告を置き直す。


「平民街の灯りが残っている」

「井戸の水が濁っていない」


 一拍おいて、最後を落とす。


「そして、詰所の受領箱に回覧の木札が残っている。井戸番の木印つきで」

「受け取った側の形が、消えていません」


 私は短く頷いた。ここで言葉を増やせば、感情の話になる。必要なのはそれではない。


 ゼクスが言う。


「これで、あなたを責める言い方はできません」

「相手は、受領の跡から逃げられない」


 外でまた縄が鳴り、列が少しだけほどけた。

 灯りが一つ、こちらの窓で止まる。影が動かない。



 ◆見せ方か、繋ぐ形か


 馬車が止まった。国境の灯りが間近に迫る。

 外で足音が揃い、槍の石突が一度、石を打つ。

 こちらの順番が回ってきた。


 ゼクスは書面を閉じない。次の項目へ視線を移すだけだ。


「最後に――リュミナの件です」


 名を聞いた瞬間、測定の光景だけがよぎる。

 針、跳ねた数値、どよめき。――数値は勝っていた。繋がらなかった


 私はまだ答えない。人物の話に落とさない。

 必要なのは理由だ。どこで切れたのか。何が足りなかったのか。


 外で兵の声が窓の近くで響く。


「通行札を」


 護衛が差し出す。照合が終わるまで、馬車の中も沈黙で揃える。

 返す言葉が増えるほど、足留めの理由が増える。


 書類が戻る音がして、ゼクスが言った。


「あなたが教えたのは、見せ方ですか」

「それとも、繋ぐための形ですか」


 私は答えを作りかけて、やめた。


 残したのは一つだけ。短く、逃げのない一言。


「――見せ方だけなら、針は上げられます」


 今は、そこで切る。続きを言わない。


 外で、兵の声がこちらへ向いた。


「次、前へ」

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『短編版』婚約破棄で聖女契約が切れました。――この国は“5分後に”崩壊が始まります。
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