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第15話 責任が移った瞬間

 澄んだ音が消えたあと、執務室には一際大きな拍手が起きた。

 祝福の儀式は「成功」した。そう誰もが信じたからだ。


 アルベルトは立ち上がり、満足げに顎を上げた。


「これでいい。これで結界は――」


 言いかけて、彼は貴族たちの称賛に飲み込まれた。

 言葉を最後まで繋がずとも、「勝った」ことにできる空気が出来上がっていく。


 私は半歩、後ろへ下がる。 下がっても誰も気にしない。

 主役は王子であり、私はただの手順の整理役に過ぎない。その距離が、彼らの油断を完成させる。


 係員が記録簿を閉じる。綴じ具が重く鳴り、封蝋の赤が確定の印を刻んだ。

 もう、誰も確かめようとはしない。確かめる必要がないと思っているからだ。


 私は視線だけを登録盤へ落とした。 指輪は置かれたまま、宝石が静かに光を返している。

 逃げ場のない「鍵」として、そこにある。


 拍手は続く。貴族は笑う。 アルベルトは全能感に酔いしれ、満足げに頷き続けている。


 私は説明を増やさない。言葉を足せば、それが疑う理由になる。 だから、内側にだけ短く落とした。


(――これで、“止める”必要がなくなった)


 結界を外すのは、私ではない。


 それだけで十分だった。


 私は顔を上げ、いつも通りの、抑揚のない声で告げた。


「殿下。これで、より強固になります」


 嘘ではない。返事も待たず、私はもう一度だけ目を伏せた。

 アルベルトが顎を上げ、周囲へ言い放つ。


「よし。今後の責任は俺が引き受ける。異論は認めない」


 拍手が鳴り響く。


 ◆消えない記録


 儀式が終わっても、私は動きを変えなかった。

 一度でも目立てば、手続きの外へ引きずり出される。


 拍手が散っていく日々の中で、私はいつも通りに仕事を続けた。

 書類の束を揃え、記録簿の綴じ方を把握する。

 手を出しすぎず、持ち出さず、触れても不自然に見えない範囲で――「順番」だけを頭に残す。


 シュバリエとの接触も、徹底して気配を消した。

 廊下ですれ違いざま、彼は歩調を合わせて横に並ぶ。

 視線は前を向いたまま、周囲に届かない高さで言葉を落としてきた。


「聖女様。返答は不要です。ひとつだけ確認を。――記録は残せますか」


 私は言葉を返さず、手元の記録簿へ視線を落とした。

 末尾にあるアルベルトの署名を、ほんの一瞬だけ見せる。

 それで十分だった。シュバリエの声が、わずかに硬くなる。


「残すなら、“宣言”を残してください。叫びは消えますが、宣言は残ります」

「紙に落ちれば、争点は“言った言わない”から外れます」


 名乗り直しも約束もない。

 すれ違いざま、小さな封が私の手へ渡った。


「必要になった時だけで構いません。書面が整っていれば、我らも動けます」


 私は封を受け取り、礼だけで返した。

 それ以上は続けない。続ければ、互いの関係が「形」になってしまう。


 夜、封を開いた。

 中に入っていたのは紙だ。薄い。けれど、指先に引っかかる硬さがある。

 書くためではない。吐き捨てられた言葉を、逃がさないための紙。


 ――宣言記録。


 婚約破棄の場で、アルベルトが放つ言葉を拾う。

 熱と一緒に消える前に留める。

 紙に落ちた瞬間、それはもう「事実」になる。


 私が書くことはない。

 刻まれるのは、アルベルト自身の言葉だ。


 私は封を閉じ、執務室の光景を反芻した。

 ペン先の重さ。公印の音。乾ききった赤。


 アルベルトは、今も満足げに笑っているはずだ。

 自分の署名が、すべてを支配したと思い込んだまま。


(……ええ。その満足を、最後まで汚さぬよう整えておきます)


 アルベルトが自分の足元に火を放つ、その瞬間まで。


 ◆次に塞がる逃げ道


 馬車の揺れが、過去の景色を遠ざけていく。


 窓の外は暗い。

 国境へ続く灯りが、一定の間隔で車内をかすめる。

 荷車が列を作り、止まっては数歩分だけ進む。

 そのたび鎖が鳴り、車輪が石を噛んだ。


 向かいの席で、ゼクスは書類束の端を整えた。

 読むのではない。偽造や破損を疑われやすい箇所を、指先の感触だけで検品している。


「詰めろ」

「列を揃えろ」


 外で短く飛ぶ号令。

 手順を強制する声に、護衛たちの気配が一段と硬くなる。

 ゼクスが、周囲に漏れない低さで言った。


「儀式記録は、これで十分です。殿下の自滅は、論理として決まりました」


 私は小さく頷く。言葉は足さない。


 馬車の外で足音が増え、革の擦れる音が近づく。

 列の横を動く兵たちが、止める車と通す車を仕分けている。

 荷札が鳴り、車輪止めが地面を叩く乾いた音が続いた。


 ゼクスは書類を鞄へ収めようとして、不意に視線を窓の外へ向けた。

 そこには、私たちの馬車と同じように検問を待つ、別の豪華な馬車が並んでいる。

 王都から逃げ出してきた、あるいは「逃がされた」者たちの影。


「……でしたら次は、“巻き込まれた方々”の話です」


 私は視線を上げない。

 今ここで顔を上げれば、この国を使い潰した連中への感情が、声に乗ってしまう。

 膝の上で指先を揃え、呼吸だけを落ち着かせる。


「止まれ」


 短い声。

 隣の馬車が止められる音がして、列がまた詰まる。

 次は、こちらの番だ。


 私は動かない。

 関所の前へ出るのは、ゼクスだ。


 ゼクスが書類を一枚だけ抜いた。

 押さえたのは、公印ではない。

 署名欄の下――「運用意思:王家(署名)」の行。

 その上に指先を置いたまま、鞄の口を閉じる。


 検問のためではない。

 こちらの次の一手を、もう決めている動きだった。


「……殿下の自滅は、これで足ります」


 ゼクスは周囲に漏れない低さで言い、鞄の内側から、もう一枚だけ紙を引き出した。

 薄い。けれど硬い紙質だ。封緘の痕が残っている。


 署名でも、公印でもない。


「……これは?」


 問いは短い。

 私の声も、同じだけ削げた。


「結界の停止権限を持つ実務責任者です」


 肩書きだけが記されている。

 決裁の順番。承認の印。止められる権限の所在。

 そして――その欄に、空白はない。


 私は初めて、視線を上げた。

 胸の内側で熱が一度だけ跳ねる。けれど表へは出さない。


「殿下が署名した日、“停止できる権限を持つ者”が、黙認しています」


 ゼクスは淡々と頷く。

 紙の端を揃える指先が、迷わない。


「……誰が、そこまで」


 私が名を問う前に、ゼクスが先を置いた。


「調べたのは、シュバリエです。王都の“運用”に触れられる線だけを辿って、こちらへ回してきた」


 あの封の重みが、遅れて指先に戻る。

 廊下ですれ違った時の、視線を合わせない歩調。

 返答不要と言い切った声。

 あれは噂ではなく、報告だった。


 ゼクスが言う。


「では次は――」


 彼は、名前には目を落とさなかった。

 代わりに、肩書きの行へ、指先を一度だけ置いた。


「逃げ道は――ここで塞がります」


 足音が、私たちの馬車の真横で止まった。

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『短編版』婚約破棄で聖女契約が切れました。――この国は“5分後に”崩壊が始まります。
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