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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第二章 呪われし運命に救いの手を
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第24話 「奇術師対勇者」

 夜の街に警鐘を鳴らすかのように、断続的に爆音が響き渡る。

 

「我が名は勇者ジン! 民衆よ、ここは危険だ。避難しろ!」


 迅は、周囲で悲鳴を上げて逃げ回る人々に注意を勧告しながら、士道に向けて大剣を振るってくる。

 士道と迅。二人の戦闘が始まってから僅か数十秒。それだけで、周囲の建造物は軒並み壊滅していた。

 まさに阿鼻叫喚の絵図。悲鳴を上げて逃げ惑う人々を見て、士道は少しばかり眉をひそめた。

 今さら綺麗事を言うつもりはない。ただ、眼前で大剣を構える勇者は民衆の被害を抑える気がまったくないのだ。 

 何の躊躇もなく大剣を振るい、破壊を撒き散らし、街の被害を拡大していく。

 だからといって被害を抑えるために攻撃を受けるつもりはない。ただ、勇者を名乗る存在が取った行動に、僅かな失望が宿っただけである。

 それに、迅の大剣による斬撃は速度は遅いが破壊力は抜群。まともに受ければ名刀『夜影』でも耐えきれないだろう。

 士道は苛立ち紛れに悪態をつく。


「……勇者を名乗るくせに、民衆の被害を食い止めようって気概はないんだな」

「それはワシの仕事ではない」

 

 迅は冷たい声音で告げると、ぐぐっと力を溜めるように膝を曲げた。


「――ワシの仕事は、勇者として、世界の敵を討ち滅ぼすことだ」


 直後。

 凄まじい勢いで迅が士道に接近した。

 大地を踏み鳴らして亀裂が入る。迅の獰猛な双眸が士道を捉えた。まるで肉食獣に襲われたかのような感覚。一瞬だけ怯えた体を叱咤して、士道は待ち構えるように構え直した。

 それに対して迅はニヤリと笑い、今まで以上の速度を叩き出す。これからが本番だとでもいうように。

 士道は思考を巡らせながら、愛刀『夜影』を牽制に振るった。"飛翔閃"が直線上に放たれる。迅は迫る斬撃を大剣を袈裟斬りに振るって強引に斬り捨てると、士道の懐にまで踏み込んだ。咆哮が炸裂する。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 裂帛の気合と共に振り下ろされたのは、まるで破壊という二文字を体現したかのような大剣による一撃。

 避けられない。命の危機を身近に感じ、士道の脳が警鐘を鳴らした。

 舌打ちと同時に『瞬間移動』を行使する。切り札の一つを開放。

 窮地からの脱出と背後からの奇襲を一度に行える万能な固有スキルである。

 士道が転移して視界が切り替わった刹那、莫大な破壊音が炸裂した。真下にある建築物だった物が更に粉々になって吹き飛んでいく。

 士道はそれを視界に収めながらも鋭く剣を振るった。真後ろから迅の首を刈り取るような軌道を描く。

 だが、迅は直前で反応した。咄嗟に振り上げた大剣の峰で防御する。士道の刀大剣に押し負けてたたらを踏んだ。


「――それがお前の固有スキルか」


 迅の口元が弧を描く。初見殺しの固有スキルを防ぎ、その内容を不完全とはいえ把握したからだ。このメリットは転移者同士の戦いにおいて非常に大きい。

 士道は咄嗟に後方に飛び退く。そうはさせまいと迅が追随した。


「"闇矢"」


 苦し紛れに闇魔法を展開。だが、士道の未熟な初級魔法は牽制にすらならなかった。迅は羽虫でも払うかのように、"闇矢"を素手で叩き落とす。


「"暗闇"」


 だが、直後にありったけの魔力を込めて再度魔法を行使。効果範囲を極限まで狭めたその術式は迅の身体を包むように真っ暗に染めた。

 迅が唐突な暗闇に動揺する。だが、所詮は初級魔法。その脆弱性から即座に斬り払われるが、迅は士道の予測通り、視界の回復に時間がかかっていた。

 やはり急激な光量の変化に目が追いついていない。これは最大の隙だ。士道の嗅覚はそれを明確に捉えた。

 それでも、迅は耳だけで気配を読み取って士道に向けて大剣を振るう。

 この躊躇の無さは流石の一言。だが士道には届かない。

 体を振って斬撃を回避すると、返す刀で銀光が迸った。ようやく視界が回復したのか、迅が驚愕に目を剥くが――残念ながら遅い。

 士道の刃が迅の首を容赦なく飛ばし、その命を刈り取った。

 

「……」


 切断された首から血飛沫が噴水のように舞い上がる。士道はそれを躱しながら、顔を歪めて迅の死体を眺めていた。

 非常に気分が悪い。戦闘中は凍結させていた感情が溶けて、今頃になって恐怖が届いてくる。

 

「……くそ」


 心の奥底で「人殺し」という蔑みの声が数を伴って響いている気がした。

 だが、今は感傷に浸っている場合ではない。さっさとリリスを救い出す。

 エルフ族に襲われている以上、時間はあまりないはずだ。

 士道がそう思った瞬間。

 声が、届いた。


「――まだ終わってないぞ」

  

 声の発生源は複数だった。しかも、その声質には聞き覚えがある。つい先ほどまで耳にしていた声を聞き間違えるはずもなかった。

 勇者――榊原迅。

 

(どういうことだ……!?)


 動揺しながらも士道は迅速に周囲に目を走らせる。廃墟となった地面にて悠然と歩を進めるのは、まったく同じ肉体を持った五つの人影。

 すなわち、勇者が五人いた。


(これは、固有スキルか? 実体を伴った分身。だが……)


 ちらりと迅の死体を一瞥すると、それは段々と魔力の塊になって消えていく。

 やはり、殺した個体は分身だったということか。つまり、それが意味しているのは、たかが分身でさえも、士道は固有スキルを駆使しなければ倒せないという事実である。

 一体でもかなり苦戦した。それが、今度は五体。固有スキルはかなりの魔力を消費するのでそう何度も使える技ではなさそうだが、五人分の戦力を惜しみなく士道に向けている。

 これだけ居れば、今の士道を相手にするには十分な戦力だと迅は判断したのだろう。

 だが。

 士道もまだ、本気を出してはいなかった。手持ちの固有スキルは三つだ。『瞬間移動』を見た程度で、士道のすべてを知ったと驕ってもらっては困る。

 

(……とはいえ、厄介だ。こうなると、ほぼ確実に本体はこの場にいない。分身を削ることにも意味はあるだろうが、それであの強さの個体をいちいち相手にしていたら、こっちの魔力消費が持たない)


 よって、結論は明瞭だった。

 この場でこれ以上戦う意味はない。

 士道が思考を巡らせている隙に、五人の迅は大剣を構えて周囲を囲んでいる。

 数の暴力で圧倒する腹積もりなのだろう。

 だが、士道はその一切を無視した。


「……分身に任せて本体は高みの見物か? 随分と臆病なことだ」

「やすい挑発だな。……来ないのならワシらから行くぞ?」

「その必要はないさ」

「ほう?」

「まあ、見てれば分かる」


 直後の出来事だった。

 士道は『瞬間移動』で場を離脱した。


(……いけるか?)


 魔力消費を最大にしても、転移の射程は100メートルまでしか伸びない。

 周囲一帯の建築物が崩れている現状では、一発の『瞬間移動』で姿を晦ますのは困難を極める。

 しかし、士道が選択したのは物陰などではなかった。

 『瞬間移動』の射程はあくまで直線距離。その間にどのような遮蔽物があろうと関係がない。無論、視界の外にある場所に転移することは危険だが。

 要するに。

 士道は、都市の地下に広がっているローレン迷宮の内部へ転移した。












「……だ、大丈夫なの?」


 脳を殴りつけるかのような頭痛に顔を顰めているとき、草薙竜吾にかけられたのはそんな心配そうな声だった。

 古代魔法を無理やり行使して、草薙とリリスは迷宮都市ローレンの近隣にある草原に転移している。

 無理をして身体を起こすと、ひどい目眩で平衡感覚を失った。

 再び、草原に倒れ込む。


「……くそっ」


 悪態をつく。

 しかし、状況が変わるわけではない。


「……うわっ、ひどい熱!」

 

 リリスが草薙の額に手を当てて、驚いたように声を上げる。

 天使長イリアスとの戦いであれだけの重傷を負ったのだ。いつ発熱してもおかしくないとは思っていたが、些かタイミングが悪すぎる。

 勇者との一戦ではまだ平気だったが、ピレーヌ山脈から迷宮都市までの旅路で完璧に体調を崩した。

 本来なら早急に治癒院に向かわなければならない傷だ。だが、事態はそれを草薙には許さない。

 もう少し到着が遅れていたら、龍魔王ウォルフの復活の鍵であるリリス・カートレットを失うところだった。

 まさに間一髪。

 魔王リーファに与している草薙としては、これを逃すわけにはいかない。


「……」


 少し体調が落ち着いたので、開けた草原から目立たない木陰まで移動した。

 古代魔法は消費魔力が大きい。いずれスイメル達も魔力の残滓を追ってこの場所に辿り着くだろう。だから、ほんの気休めだった。

 すぐに逃げなければならないが、少し休憩を取らなければ動くことができない。

 リリスは当惑しながらも、草薙についてきた。その目には不信感や疑念が渦を巻いているが、今すぐ逃げ出さない程度には信用されているようだった。

 まあ窮地から救い出したのだから、当然のことかもしれない。だが、草薙はリリスを利用しようとしている魔王側の人間だ。

 エルフ族とは立ち位置が異なるだけで、彼女が信用していい人種ではない。


「ね、ねぇ……。何でアンタ、あたしを助けたのよ?」


 とはいえ、騙されてくれた方が好都合ではある。困惑の面持ちで尋ねるリリスに、適当に嘘で騙そうと口を開いた。

 その瞬間。


「……ッ!」

  

 接近する気配。

 足音は一つ。だが、その足取りに迷いはなかった。明らかにこちらに向かっている。

 すでに発見されているという事実に草薙は驚愕と戦慄を同時に覚えた。


「……エルフ族か!? いくら何でも早すぎる……!」


 古代魔法行使による魔力の残滓には、それなりの偽装が施してある。あの集団のリーダー格と思われるスイメルは優秀な魔術師――あるいは結界師だが、あの手の正統派な訓練を受けた者は草薙の使う雑な術式に弱い。そう簡単に居場所が掴めるとは思えない。

 とはいえ、己の魔法が誰かが接近している事実を告げている以上、そこに嘘はない。ただ、信じたくなかった。

 一瞬でそこまで思考を回し、草薙は重い体を引き摺りながら木陰から姿を見せる。遠方より迫る人間を見て草薙は瞠目した。

 それは、透き通る湖面のような碧い瞳に白磁と見紛うほどの白い肌を持ち、水色の髪の毛を短く切り揃えている十二歳程度に見える少女だった。

 見たことはない。だが、その特徴は知らされていた。

 

「ミレーユ・マーシャル……っ!」


 考えてみれば、当然のことだった。

 世界にたった三人の超級冒険者にして、"支配者"の異名を持つ魔術師の頂点とも言える存在。

 そんな化物が住む街中で古代魔法を行使すれば、真っ先に反応するのはこの女に決まっていたのだ。

 ミレーユは草薙の姿を見て、僅かに目を細めた。そうして、告げる。


「……どういう状況かはいまいち理解できてませんが――ひとまず、うちの塾生を返すのですよ」

「…………お前、どうせエルフ族の存在も掴んでんだろ? だったら俺がコイツを助けた側だってことも分かってるはずだ。なら――」

「――だとしても、あなたは信用できないのです」

「どうして?」

「あなた、魔王側の人間ですよね?」

「……」


 その言葉に草薙は黙した。

 リリスが傍から一歩離れたのを感覚で捉える。

 誤魔化すつもりはなかった。ミレーユは確信を持った口調で問いかけている。

 この分だと、ミレーユはリリスの事情を知っているのだろう。

 もしかすると、知っているからこそリリスを塾という形で保護していたのかもしれない。

 そう考えれば、魔王の『因子』を持つリリスの存在が今頃になって特定されたことにも辻褄が合う。この超級冒険者が己の人脈を駆使して情報を隠していたのだろう。


「……食えねぇ女だな」

「さて、何のことです?」


 飄々と、ミレーユは言う。彼女の目は冷静に草薙を見定めていた。

 下手に仕掛けてはこない。こちらの力量を感覚で理解しているのだろう。

 確かに万全の体調なら、超級冒険者といえど遅れを取るつもりはない。

 百年前の冗談みたいな戦争で生き残った草薙にはそれだけの自負がある。

 だが、今はまともに戦えば負ける可能性があった。

 どうにかして突破口を見つけ、リリスを連れて逃げなければならない。

 

「……」


 互いの視線が交錯する。

 ――どうする。渦巻く焦燥を押さえつけ、草薙は冷静に思考する。スイメルのときは古代魔法で逃げられたが、ミレーユはその手札を把握している。

 その上、魔法に関しては流石に一枚上手だろう。その証拠に、こんな簡単に場所を読まれたのだ。

 

「ま、待ってください、先生!」

 

 そんなとき。

 リリスが意を決したように、声を上げた。

 

 

 

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