第七十五話
前回のあらすじを三行で
宿のメシはうまい
ゴルドンの挨拶
図書館で調べ物
窓から入る光は本が日焼けしないように遮光カーテンによって遮られているため、魔道具によって照らされる室内。
室温、湿度も灯り同様、魔道具で管理されていた。そのやや肌寒さを感じさせる室温にディーナは身を震わせるが、それに気づいた蒼太が彼女の膝に取り出した毛布をかけた。
「ありがとうございます」
ふんわりとほほ笑んだディーナは潜めた声で蒼太に礼を言った。
「ん」
蒼太は返事ともつかない短い言葉を返す。
蒼太達が調べものを始めてからいくばくかの時間が経過したが、他に来館した者はいなかった。
室内に響くのは二人がページをめくる音だけ。そのおかげで集中が途切れることはなく、次々に読了していく。
それぞれが読み終えた本が五冊を越えたあたりで、蒼太が背伸びをした。
「うーーーん、疲れた。ディーナ、そろそろ昼時だから休憩にしないか?」
その言葉にディーナは顔をあげる。
「賛成です、色々なことが変わっていてそれがわかるのは面白いんですけど。さすがにぶっ通しで読むと肩が……」
血流を促しコリをほぐすために、肩を伸ばしたり回したりと動かしていく。
蒼太は座ったまま出来るストレッチを終えると、ディーナから毛布を受け取り亜空庫へとしまった。
立ち上がり、下半身のストレッチも軽く行うと、今度はテーブルの上に積み上げられた本を持って棚へと向かった。
目的の棚にたどり着くと、背番号を確認しながら本を棚へと戻していく。
「何かわかったことはあるか?」
蒼太は棚に本を戻しながらディーナへと訪ねた。
「うーん、色々とわかったことはありますが、それが真実への道標となるかはちょっと……」
ディーナはそう答え首をひねりながら、蒼太へ本を渡していく。
「俺のほうも微妙だな。この間と違って情報を集めるんじゃなく、俺達の記憶から起こり得る事実との差異を見つけないといけないからなあ」
二人揃ってうーん、と唸りながら本を戻していると、女性司書がやってきた。
「お二人ともどのような本をお探しですか?」
前回の来館の際、彼女がピックアップした本から蒼太は情報を得ていた。その選書は的を射たものばかりで作業はスムーズに進んだことを思い出す。
「あー、説明が難しいんだが……この千年前の魔王と勇者の戦いの物語があるだろ?」
蒼太は本の表紙を見せながら説明をすることにした。
「この物語から導き出されるその後と、今俺達が生きている今との違いを見つけたいというか……自分で言っててもよくわからんな」
蒼太は頭を掻きながら眉間に皺をよせるが、司書は蒼太の言葉を咀嚼しながら理解しようとしていた。
「……その言葉通りの資料が見つかるかわかりませんが、少し探してみようと思います」
蒼太は頭を掻く手を止めて、驚いた顔で彼女の顔を見た。
「いいのか?」
彼女は頷く。
「もしかしたら、私がいくつかの本を読んで持った違和感と近いのかもしれません。そもそも、その伝承にはいくつかおかしな部分があります」
「……もし、その物語の勇者が仲間を殺していなかったら。それを前提条件に加えて探してもらえますか?」
それまで黙って聞いていたディーナだったが、司書の感覚に何かシンパシーを感じ追加の情報を出した。
「なるほど、それは面白いですね。あの物語が広まってしまい、子供の頃から読み聞かされていたためそこには疑問を持ったことがありませんでした。でも、それなら……」
彼女は口元に手をあてながらぶつぶつと言いながら思考モードに入っていく。
「おい、あんた。おい、大丈夫か?」
蒼太は彼女の肩を軽く揺すりながら声をかけ、正気を取り戻させる。
「はっ、す、すいません。考え込むと周りが見えなくなってしまって……とりあえず私の方で本を探してみますので、お二人はお昼に行って来て下さい」
「頼む、少し手詰まり感があってな。何か突破口が欲しいんだ」
「お手数ですが、よろしくお願いします」
蒼太とディーナは司書に向かって頭を下げた。
「い、いいんですよ。私が好きでやることですから、気にしないで下さい」
彼女は少し下を向きながら髪の毛で赤くなった顔を隠していた。
「ありがとうございます。私たちがいるとお邪魔でしょうから、また後で伺いますね」
「もし見つからなくても気にしないでくれ、あったらラッキーだと思うくらいの気持ちで頼む」
そういい残し、二人は図書館の入り口へと向かうことにする。
今度は入り口で男性司書に呼び止められた。
「すいません、うちの職員が何かご迷惑をかけませんでしたか?」
蒼太とディーナは顔を見合わせる。
「いや、むしろ俺達の調べ物に協力してくれると申し出てくれた」
男性司書は片手で顔を覆った。
「あー、業務以上のことはあまりするなとレナには言ってるんですが……」
「私達としては、すごく助かる申し出だったのですが。ご迷惑でしたか?」
ディーナは少し不安そうな顔で男性司書に問いかけた。
「うーん、本の紹介程度なら本来の業務だからいいのですが。調べ物を手伝うとなると本来の業務をこなしつつになるので負担が大きいんじゃないかと少し心配なだけです」
彼がレナのことを憎からず思っているのは言葉の端々から伝わっていた。
「なら、手伝ってもらうのは失敗だったか?」
「いえ、あなた方は気になさらないで下さい。幸い、と言っていいのかわかりませんが、本日の来館者は今のところお二人だけです。午後になってもそう増えることはないでしょうから、私のほうでも彼女をフォローしながら動きましょう」
蒼太の問いに首を振りながら彼は答えた。
「悪いな、今度はあんたの負担が増えるだろ」
「ふふっ、レナに振り回されるのはいつものことですから。それに……大事な調べものなんでしょう? お二人が本を見ている顔はとても真剣でしたから」
「見ていたのか……隠すことでもないから言うが、今後の俺達の行方を左右していると言っても過言じゃない」
ディーナも蒼太の言葉に頷く。
「でしたら尚のこと、あなた方は気にせずに我々のことを上手に使って下さい。本が誰かの役に立つのは我々としても喜ばしいことですからね」
彼は誇らしい笑顔でそう答えた。司書の二人は仕事におけるアプローチの方法が異なるが、その根幹にある本が好きという点は共通しているようだった。
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