第五話
「――何か問題でもあるのか?」
男の言葉と表情が合っていないため、去ろうとした足を止め、蒼太が質問する。
「……あぁ、確かに礼は言う。お前たちのおかげで我々の損害はこれだけで済んだ。死者が出なかったのも幸いだ。だが……なぜ? なぜ、お前たちはここにいる? 誰も通すなと命令をしていたはずだが?」
言葉上は感謝の気持ちを表すも、男は納得のいっていない表情で質問を返す。
入り口にいた男は彼らの仲間である。それはお揃いの鎧を着ているため、蒼太にもわかっていた。
そして、その彼が入り口にいたにも関わらず、ここに蒼太たちがいる。
その意味をリーダーの男は考えていた。
「あぁ、確かにいたな。だが、ダンジョンというのは自然発生するものなのだろ? だったら、俺たちが探索を止められてそれに従う理由はないはずだ。だから、気絶させてきた」
ひょいと肩を竦めた蒼太はあの男は殺していないことを告げる。
だがそれでもリーダーの男は蒼太たちを睨むことを辞めない。
「なるほど、確かに自然のものであるダンジョンで通さないようにするというのはこちら側に非があると言えるか。まあ、あいつを殺さずにいてくれたことも感謝をしよう――だが、我々の目的を邪魔させるわけにもいかん」
そう言うと男は腰の剣に手をかける。部下たちは先ほどの圧倒的な戦いを見せた蒼太たちに向かって行く上司のことを不安げにちらちらとみている。
「……やるのか?」
戦いを申し込もうとしているリーダーの男に対し、蒼太は動くそぶりは見せず、ただじっと男を見ている。
余裕を持ったその態度を見て、男の頬を一筋の汗がつたう。
「た、隊長……」
そして、助けられた騎士の一人がおそるおそるといった様子で隊長に声をかける。
「わかっている……入り口のあいつを殺さずに、そして我々を助けてくれた。――その恩人に剣を向けるのはさすがに俺もできない」
声をかけられた隊長の男は悔しそうではあったが、手を引っ込めてなにかの思いを断ち切るようにゆるく首を振る。
剣に手をかけたのは、蒼太の反応を探るためであり、本気で戦うつもりはないようだった。
「そう言ってくれてよかった。俺も助けた相手と戦うのは本意じゃないからな。……それで、あんたたちはなんの目的でここに来たんだ? 明確な目的があるようだが……」
蒼太の問いかけに対し、これまた隊長は厳しい表情になるが、長くは続かず、諦めたようにため息をつく。
「はぁ……我々はとある人物に依頼されてここのダンジョンコアの回収に来たんだ。ここは長いこと存在するダンジョンだから、ダンジョンコアもかなりの大きさだろうからな」
その言葉に嘘はない――蒼太はそう感じたが、しかしその上で何かを隠しているとも感じていた。
「なるほどな、俺たちは単純にダンジョンの探索に来たんだ。ある筋の情報でここにダンジョンがあるとわかったからな。あー、ちなみに入り口の偽装のようなものは俺たちには近づけば丸わかりだった」
彼らが入り口に何かしたことはわかっていたため、そう付け足す。
「ははっ、まああれだけの戦いをできるんだから、入り口のアレくらいは見抜くだろうな……怪我人が増えた中でこれ以上先に進むことはできない。俺たちは帰るが、お前たちはどうするつもりだ?」
隊長としては、蒼太たちにもダンジョンから帰って欲しいというのが本音だった。
「悪いが、俺たちはまだ先に進むつもりだ。あんたにしてみれば、いなくなって欲しいだろうが、さすがにそこまでお人好しじゃない」
蒼太のバッサリとした物言いに、隊長は苦笑する。最初から期待していなかっただけに、予想通りの回答が出て気が抜けたようだった。
「まあ、それは仕方ない。あのままだったら全滅していたところだからな、命があるだけ儲けものと思って帰るさ。――お前たち、戻るぞ!」
勇ましい表情に戻った隊長は騎士たちに命令する。
蒼太と話している間に怪我人の応急処置は終えており、全員が意識を取り戻しているため、一人が一人を支えてという形で立ち上がり移動していく。
彼らは蒼太たちの横をとおると、各人が頭を下げていく。ディーナはそれとなく優しく微笑み返すが、アトラと蒼太はただ見ているだけだった。
「途中の魔物はできるだけ倒してきたが、また復活してるかもしれないから気を付けていけよ」
「あぁ、気遣いありがとう。それではな」
隊長は再度蒼太に礼を言うと、入口へと向かって行った。
「さて、俺たちは散策を続けていこう。あいつらには悪いが、俺たちは俺たちでやっていくぞ」
騎士たちの目的であるダンジョンコアを自分たちが回収することになっても仕方ないーー蒼太はそう割り切っている。
「はい!」
『了解した』
水龍のエリアを抜けて、蒼太たちは先に進む。
道中では、これまでと同様に水属性の魔物が出現する。
これまた蒼太たちの相手にはならず、あっさりと倒され、その素材は次々と亜空庫へと格納されていく。
彼らの障害となりえるものはそうありはしなかった。
そんな蒼太たちの進行速度はすさまじく、奥へ奥へと進んでいき、ダンジョンコアがある部屋の手前までやってきていた。
荘厳な気配を放つ扉がもうすぐそこにあった。
「この先にダンジョンコアがあるのか……」
「恐らくは……」
二人ともダンジョン攻略は初めてだったが、雰囲気からこの先にダンジョンコアがあるであろうことは理解していた。
その理由はこの部屋の扉を守っている魔物にあった。
「あれは、だいぶ強そうだな」
蒼太はじっと見つめ、その魔物の実力を分析する。
水龍と同じく水でできた身体――あっさりと蒼太に倒された水龍よりもサイズは小さい。
しかし、そこにいるだけで強い存在感を感じさせる――そんな魔物だった。
『ウォーターカイザーウルフ』
魔物の名を言い当てたのはアトラ。
水属性の魔物の中でもカイザー――つまり皇帝の名を冠している強者である。
水そのものといった狼のその姿は、じっとしていると一つの芸術品のような気品のある姿。
対してアトラもエンペラーウルフ――こちらも皇帝の名を冠しており、両者とも狼である。
『ここは、私に任せてもらおう』
普段は控えめなアトラが、蒼太とディーナの前に一歩出てそう宣言する。
同種の魔物であり、自らと同じ皇帝の名を冠している魔物。
であるならば、どちらが格上であるかを証明する必要がある。
それがアトラの考えだった。
「……わかった。だが、ピンチになったら手をだすかもしれない。それが嫌だったら、ピンチにならないような戦い方をするんだ」
「なかなかハードルの高い注文ですが……うん、私もそう思います。アトラさんには傷ついてほしくないので、ピンチにならないで下さいね」
条件付きで了承した蒼太の言葉に、気遣うような声音のディーナが続く。
『……承知した。二人と旅を続けるにはそれくらいのことはできないとだろうからな』
これから先の自分に自信を持って、堂々と二人の隣に立つためにも、この魔物を自らの力のみで倒す。
アトラは強い決意を持って、前へ踏み出すと、ウォーターカイザーウルフとの距離を徐々に詰めていく。
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配信は電子コミックサービス「LINEマンガ」、漫画担当は濱﨑真代さんとなります。




