第四百十一話
ドワーフの国で竜鉄がある洞窟を解放した大輝たちは、もらった馬車に乗って移動している。
「――すごい! すっごいよこの馬車っ!」
新しい馬車に大はしゃぎで喜ぶはるなは大満足という笑顔を浮かべている。
座る部分には高級なふかふかのクッションが置かれており、サスペンションが効いているため、身体に伝わる衝撃も少なかった。
「この世界でサスペンションとか、普通ありえないよね……」
手綱を握る大輝は、純粋にドワーフ族の技術の高さに驚いていた。
「物作りならドワーフって言われるわけよね。武器、防具、装飾品だけじゃなく、こんなものまで作っちゃうんだから」
ぽんぽんとクッションを撫でながら、秋はドワーフの仕事に感心していた。
「――これ、金貨二万枚だって聞いた」
ぽつりとつぶやくような冬子の発言に、全員が目を大きく見開いた。
御者台で操縦していた大輝などは、驚きの余り、間違えて手綱を大きく引いてしまい、馬が驚いて急停止していた。
「ちょ、ちょっと大輝!?」
秋が大きな声で大輝を注意するが、彼女も内心では冬子の発言に大きく動揺していた。ドッドッドと大きく心臓が暴れているのが自身でもよく分かったほどだ。
「わわっ、ご、ごめん! それより、冬子……今なんて?」
焦ったように馬をなだめる大輝の信じられないといった問いかけに、きょとんと首を傾げながら冬子が答える。
「ん? だから、この馬車が金貨二万枚だって……」
それを聞いた大輝、秋、はるなの三人は顔を見合わせて驚いていた。
報酬としてもらえる馬車とはいえ、それほど高額なものだとは思ってもいなかった。
「あ、あの、確かに購入するとその金額なのですが、これは試作品ということなので高いとか安いというものではないようなのです……」
王族として貨幣価値の分かるリズが、おずおずと小さく手をあげ、冬子の言葉を補足する。
「そ、そういうことかあ。よかった……はぁ……」
「もうすっごいビックリしたよねえ!」
「冬子! 紛らわしい言い方しないでよ」
どっと力が抜けたような大輝はため息交じりに気持ちを切り替えて操縦に戻り、はるなは安堵してふかふかのクッションに顔をうずめるようにして座り直し、頭を押さえた秋は冬子をぴしゃりと注意する。
「勘違いさせた? ごめん。確かにリズの言うようにこれは試作品ということだけど、テストは何度もやっていて、実際に販売するもののサンプルらしいから、二万枚の価値はあるものだと思う」
冷静な表情のまま謝りつつ冬子は、あらかじめこの馬車の詳細を聞いていたため、この馬車に十分な価値があると考えていた。
「そういうことだったのかあ……うん、感謝しないとだね」
「うんうんっ、こんないい物くれたんだから頑張らないとねー!」
大輝とはるなは、これほどのものをくれた王に感謝をする。試作品とはいえ、販売直前のものとなればレア度も高いだろうとその点でも嬉しさがこみ上げる。
「とりあえずは、途中の森の問題解決ね。それが終わったら、獣人の国に戻りましょう」
大輝たち一行の次に向かう場所は、ドワーフの国と獣人の国の中間あたりにある森である。
王のところに報告に行った際、魔道具に関する新しい情報をもらった勇者一行はそこへ向かっていた。
「でも、なんで人が立ち寄らなそうなあんな場所にアレを設置したんだろー……?」
こてんと首をかしげて口元に指を当てたはるなが疑問を口にする。
魔素を吐き出す魔道具――これまで設置されていた場所は、多かれ少なかれ人が訪れる場所であった。
しかし、今回向かう場所は途中にあるとはいっても街道から逸れて離れており、その場所にたまたま立ち入った冒険者の情報だった。
「そうだねえ、あの場所ははるなが言うように人が立ち寄らない。確か珍しい素材も魔物もいないということだからね。……ここからは僕の予想になるけど、そういう人がこない場所なら魔物をどんどん増やすことができるんじゃないかな?」
珍しく的を得た大輝の考えに、全員が感心している。大輝はみんなから見られているのに気づくとへにゃりと困ったように笑う。
「なるほどねえ、それで魔物を増やして森から解放すれば魔物の大暴走ということね。確かに人が多く立ち寄るところだったら、そうなる前に私たちや冒険者に殲滅される可能性もあるのよね。人の立ち入らないあの森だったらその可能性は低くなる」
腕組みをした秋は大輝の話から、その先にあるものを追加で答える。
こうして誰かの考えにいろんな意見を出していくのが彼らのスタイルだ。
「ふむふむ、だったら早く解決させないとだねえ。そのために私たちはこの世界に来たんだから!」
勢いよく立ち上がったはるなは、ふんと息まき、力こぶを作って力強く宣言した。
しかし、リズはどこか浮かない顔をしている。
「……どうかした?」
それに気づいたのは隣りに座っていた冬子だった。相変わらずの無表情だが、その内面には気遣う様子が見て取れた。
「いえ、その……みなさんをこのような戦いにまきこんだのは私の召喚が原因です。コノエさんも、お一人でどこかへ行ってしまいましたし、みなさんにもこのような戦いに……」
これから先も多くの戦いが待ち受けていることを考えると、争いのない平和な世界にいる一介の高校生だった大輝たちをこんな長きにわたる戦いに巻き込んだことを彼女は深く後悔していた。
彼らが成長していくスピードはこの世界の平均的な冒険者たちに比べて圧倒的に早く、強い。
だがそれでも自身のなしたことに対する責任というものが、王女として生きてきた彼女に重くのしかかっていた。
「今更……とお思いかもしれませんが、それでもやはり……」
どんどん落ち込んでいくリズに、大輝たち四人はきょとんと顔を見合わせる。
「リズちゃん、いいんだよっ!」
そう言って肩に手を置いたのははるな。衝撃で我に返ったリズがハッとしたように顔を上げると、太陽のように眩しい笑顔ではるなは力強く声を上げる。
「そりゃ、強い相手もいるだろうし、大変だなあって思うこともあるけど、魔法が使えたり自分たちの力が誰かのためになるのは、なんていうか――すごく嬉しいことなんだよ!」
リズの両肩に手を乗せたはるなは、自分がどんな気持ちでいるかを思いつくまま素直にリズに伝えた。
「そうそう、勇者だなんて男の憧れなんだよ! 困っているお姫様やみんなを助けるなんて、格好いいじゃないか!」
どんと空いていた方の手で自身の胸を叩く大輝。彼はずっと幼いころから勇者に、ヒーローになりたい――そんな気持ちを持っていた。その現実が目の前にある今に、心躍り続けているのだ。
「この世界は色々と興味深い。文化も魔法も武器も防具も技術も、戦闘技術もそう。私の魔法はまだまだ強くなるし、とっておきを残してる。――それを試さずにはまだ帰れない」
淡々とした声音で冬子は自分の求めるもの、やりたいことがあると話す。
改めて彼らの気持ちを知り、リズは自分の気持ちの負担が軽くなっていくのを感じていた。
そして、はるな、大輝、冬子の視線が秋に集まる。秋はどうなんだと言いたげだ。
「え? えーっと私は……私はそうねえ、なんだろ? 剣で実際に倒せるのが楽しい……とか?」
みんなから集まる視線に驚きつつ、珍しく何も考えていなかった秋がそんな曖昧なことを言う。普段ハッキリとした物言いをする彼女なだけに、こういった素の姿は可愛らしく見える。
「は、ははっ」
「……ぶっ!」
「ふ、ふふ」
「うふふ」
それを聞いた大輝、はるな、冬子、リズが噴き出すように笑う。
「ちょ、ちょっと何よ! これでも、色々考えた結果なんだからね!?」
顔を真っ赤にした秋が怒るも、照れ隠しと分かっているみんなにより、馬車内は笑いに包まれ、ゆっくりと目的地へと向かって行く。
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再召喚された勇者は一般人として生きていく? 勇者の国の継承者 3/24(土)発売です!
ナンバリングされていませんが、4巻にあたります。




