第四百九話
目の前で倒れたザーガンを呆然と見ていた大輝と秋は、武器を構えたままグギギとぎこちない動きで首をリズへと向けていた。
「すっごいすっごいよー! リズちゃんっ!」
勢いよくはるながリズに抱き着き、満面の笑みで褒めている。リズも活躍できたことに頬を上気させて嬉しそうにはにかんだ。
だが、いいとこを持っていかれた二人はどこかやりきれない気持ちになっていた。
「……ま、まあ、リズもなかなかやるじゃない」
「そ、そうだね。――うん、別にいいところをもっていかれたのは気にしてないから、うん。すごかったよ」
頬を引くつかせながらそう自分に言い聞かせるように言う秋と大輝は、ザーガンを自分の手で倒そうと思っていただけに、微妙な反応を返してしまう。
「あ……え、えっと、その……ダメ、でしたか……?」
二人の反応を見たリズは困った表情になっている。止めを刺してしまい、勇者でもない自分が出しゃばってしまったのではないかと胸元を押さえながら二人の反応をそっと窺っていた。
「――リズ、気にしないで。二人はもっと活躍したかっただけ。勝てばいいの」
そんなリズの肩にぽんと手を置いた冬子が静かなトーンで声をかける。
冬子も今回の戦いではほとんど活躍の場がなかったが、目的が達成できたことに満足していた。
「大輝、秋……二人は自分でやらないと気がすまないのは、ちょっとなんとかしたほうがいいと思う」
ぴしゃりと断じたそれは、冬子からの痛い指摘だった。
二人はドキッと身体を振るわせて、自分が、自分が、と思っていた自身の気持ちを恥ずかしく思った。
「うぅ、ごめん……」
「うっ、私まで大輝と同じに括られるなんて……」
素直な大輝はずばり指摘されたため、しょんぼりと肩を落とす。その隣の秋は、いつも自分が窘める側なのに大輝と同じ立場になっていたため、大きく肩を落としてショックを受けていた。
「で、でもよかったです……! やっと、やっとみなさんと共に戦える力を得ることができましたっ。もちろん、今は武器のおかげですけど――もっと使いこなせるように頑張りますね!」
ふわりと上品に微笑むリズはこの結果に慢心していない。今回の攻撃はあくまでアントガルが作ってくれた武器によるものだと理解していた。
それゆえに、まだまだ自分が強くなれば武器の力を引き出せると考えていた。
「リズ……――うん、僕も負けないよ!」
「そうね、負けてられないわね!」
リズの純粋な決意を見た二人は、新しい武器を使うことばかりに執着して、今回の洞窟での戦いはすっかり武器に頼っていたということに気づかされる。自分たちも負けられないと表情がしゃきっと引き締まる。
「――やっと二人がいい顔になった。これなら、まだまだ成長できる」
決意を新たにする仲間たちを見た冬子は、彼らに見えないところでうっすらと口元に笑みを浮かべ、ほっとしていた。
「ねえねえ! これが魔素を生み出している魔道具だよねー? 壊しちゃっていーい?」
待ちわびたように声をかけてきたはるなは仲間からの返事待ちで、もうすでにメイスを振り下ろせば魔道具を破壊できる状態で待機している。
その間も魔道具からはどんよりとした魔素が生み出されていた。
「うん、持ち歩いても魔素をまき散らすだけだし、壊しちゃおう」
「はーい! ――えいっ!」
大輝の許可を得たはるなは元気よく返事をすると同時に即座にメイスを思い切り振り下ろし、魔道具を粉々に破壊した。
欠片になり果てた魔道具はもう魔素を吐き出すことはない。少し空気が軽くなったような気がした。
「ふー、これでここは解決かな? 少し魔物を倒しておいたほうがいいのかなぁ?」
「そうね、戦う力がない人も採掘に来るだろうし、そうしましょう」
そんなに疲れていないが、腕で汗を拭うような仕草をしつつ振り返ったはるなの質問に答えたのは、秋だった。
今度は武器を試したいという気持ちは封印し、魔物を討伐するという目的を果たすために動こうと彼女は心に決めていた。
「だね、みんなで戦って行こう」
爽やかな笑顔を見せて頷いた大輝もその意見に賛同する。
彼も秋同様、自分だけで戦わず、みんなで戦うことを考えていた。
「それでは、私もどんどん攻撃していきますね!」
気合の入った表情で弓を構えるリズのやる気も、秋と大輝に触発されたのかとても強くなっていた。
実際、彼女の攻撃は的確に魔物に命中するのであれば、有用なものであった。
遠距離から強力な矢による攻撃を放てば、危険に身をさらすことなく戦って行ける。
「……あーあ、私も遠距離での攻撃方法があればよかったなあ」
つまらなさそうに唇を尖らせたはるなが武器とするメイスは強力な攻撃を放つことができるが、敵に近寄らなければならず、前衛の大輝と秋に比べて防御力の低い彼女の装備では、どうしても危険度が増してしまう。
「はるな、もう少し攻撃の魔法を覚えるといいと思う。光魔法の適正が高いけど、多分それ以外の属性も使えると思う」
じっとはるなを見つめる冬子は、彼女の魔法の才能を感じ取っていた。
「……本当?」
「うん」
短いやりとりだったが、冬子が断言してくれたことにはるなはぱあっと花開くような笑顔になる。
「まずは色々な属性の簡単な魔法を覚えていこ。これは相手の隙を作るのにいいと思う」
「わかった!」
先ほどは少し機嫌が悪くなりそうなはるなだったが、冬子の助言ですぐに笑顔になり、ぐいぐいと迫る勢いで魔法について教授してもらっていた。
「……ふう、ナイス冬子」
「よかった、冬子の言葉なら素直に聞いてくれるから」
秋と大輝は機嫌を悪くした時のはるなを想像して、ほっと安堵のため息をついていた。
冬子は言葉が少なく、無表情に近い顔立ちのために冷たい雰囲気を持つが、はっきりとした物言いが素直な性格のはるなと合うようだった。今も楽しそうにあれこれと聞いており、端的でわかりやすい冬子の解説に、はるなは上機嫌だ。
「あっちは冬子に任せて、魔物の討伐にいきましょうか」
「そうだね」
秋と大輝が先行して進もうとするが、そこにリズが焦ったように声をかける。
「――あ、あの!」
声をかけられた二人はなんだろう? と首をかしげて揃って振り返る。
「わ、私、魔物の場所を探れます!」
ビッと手をあげて勢いよく告げられたそれは思ってもみない申し出で、大輝も秋もキョトンとしてしまう。
「あ、えっと、説明しないとわからないですよね。……その、私が作ってもらった装備なんですけど、この腕輪から風の魔法の糸を伸ばすことができるんです。すごくすごく細くて目に見えないほどのものなのですが、それを通路の先に伸ばすことで魔物がいるかどうか調べることができるんですっ」
慌てたように付け足した解説の途中、二人から何の反応もないことに気づいたリズは、そこまで言ったあたりからうろうろと目が泳いでしまう。
「えっと、だから……その、魔物がいるのがわかれば、役に立たないかなあって……思いまして……」
自信を無くしてしまったことで、彼女の言葉尻はどんどん小さくなっていく。
なぜリズがこんな状態になっているかというと、なぜここまで言い出さなかったのかと問い詰められるのではないかと思ったためである。
「――ごい」
「……え?」
大輝の口から何やら聞こえてきたので、戸惑うように顔を上げたリズが聞きかえす。
「――すごいじゃないか、リズ!」
「へ?」
ぱあっと表情を明るくした大輝が突然リズの両肩に手を置いて、大きな声で褒めてきたため、彼女は目を真ん丸にして間抜けな声を出してしまう。
「え……あの、えっと、黙ってて、そのっ、ごめんなさい……っ」
混乱して何が何だかわからずひとまず謝るリズだったが、大輝は腕輪の機能のすごさに驚いており、なぜ謝るのか理解できていなかった。きょとんとした表情で彼女を見ている。
「リズ、いいのよ。どんどん先に進もうとしたのは私と大輝なんだから、それで言い出せなかったんでしょ? 今言ってくれてよかったわよ。これで、どんどん魔物を倒して鉱山を掃除しましょう!」
「……はいっ!」
横から秋がふっと微笑みながら肯定してくれたことで、リズは言えなかった自分の胸のつかえがとれるようだった。不安が消えた表情でほっと息を吐く。
「――あっ、でも、次からは遠慮しないでそういう便利なことは言ってね? 私たち仲間じゃない」
悪戯っぽくふふっと笑う秋の表情に、リズも自然と笑顔になっていた。
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