第四百八話
ザーガンは身体をほぐすように腕をぐるぐる振り回して走って来る途中、手にしていたこん棒のようなものをぽいと投げ捨てる。
「――俺の武器は、この拳だあああああ!」
「“フレアボム”!」
拳に力を収束させながら飛び出してくるザーガンに対し、杖を構えた冬子は先んじて魔法を放つ。
「ふん!」
しかし、それはニヤリと笑ったザーガンの拳に触れると、本来の魔法の効果を発揮することなく、爆発せずにかき消される。
「……っ消えた!?」
表情にはわかりにくいが、冬子の戸惑う声が上がる。
本来、フレアボムは爆発系の魔法であり、拳はもちろん、身体のどの場所でも、壁でも、それこそどこでも触れたらその場所で爆発する。
しかし、彼女の発動した魔法は魔力の込めも発動も何一つ問題なかったのにもかかわらず、爆発を起こすことなく、なんの効果も表さずかき消えた。
「ふはははははっ! 良い魔法だな! しかし、俺には効かんぞ!」
ザーガンは豪快な笑い声をあげながら、足を止めることなく走り続ける。
「冬子、下がって! ここは僕たちが戦う!」
大輝は迫るザーガンに対して冬子を庇うように前に立ち、大剣を構えて迎え撃つ。
その隣には、キッと睨み付けるような表情の秋が同じく細剣を構えている。
「秋、こいつ多分強いから二人で行くよ」
「了解、まあ見ただけで強そうよね」
へらりと軽口を叩いた秋だったが、その表情は真剣そのものだった。
「ふははははっ! その表情いいなあ! 俺の力を見ても動揺しない、その意気やよし!」
愉快だというように大きく笑ったザーガンはそういいながら、拳を大輝に向けて勢いよく振り下ろす。
「ぐううううう!」
拳であるにも関わらず、剣とぶつかった際に金属音が鳴り響く。受け止めた大輝は予想以上の重い拳に、思わずうなり声を上げてしまう。
「ふははははああっ!」
それでもザーガンは笑いながら、気合をいれて大輝を押し込もうと次々と拳を叩きこむ。
「てやああああ!」
大輝に攻撃が集中している隙に、秋がザーガンへと剣を振り下ろした。
しかし、大きく振り下ろしたはずの細剣は彼の身体に弾かれてしまう。
「――かったっ!」
彼の身体も拳と同様に硬度が高く、秋の剣は弾かれてしまった。
距離をとった秋は悔しそうに唇をかむ。
「その程度では効かんぞ! ふははははっ!」
大輝を押し込みながら彼は大笑いしており、徐々に気分が高揚し戦いにのめりこんできているようだ。
「っ、こんのおおおおおおおお!」
大輝が押し込まれているのを見て我慢ならないといった様子のはるなが、手にしたメイスを全力の力で振り下ろした。
ガチーンとこれも大きな金属音が響き渡るが、メイスは弾かれず、ザーガンの身体にめり込んでいた。秋は、はるなの愛らしい見た目から放たれる強烈な一撃に頬を引くつかせた。
「ぐあああ、いってええええ!?」
自分の皮膚がメイスの形にへこんでいるのを目の当たりにしたザーガンは、思わず大きな声を上げてしまい、その後に襲い掛かった痛みに顔をゆがめる。
彼は自身の防御力に相当の自信があり、ここ何年間も痛みを経験していなかった。
「お前、なんだその武器は!」
自身に傷を負わせたはるなのことを睨み付けながら怒鳴りつけるが、そこに今度は大輝の剣がザーガンの腹を狙う。
心の中ではるなに感謝しながら、大輝は剣に魔力を込める。
魔族が苦手な光の魔力をまとった大剣は、ザーガンの皮膚にめり込み、そのまま横薙ぎにすると大きく彼の身体を吹き飛ばした。
「ぐおおおおおお!」
吹き飛ばされながら大きな声を上げるザーガン。このままでは壁にたたきつけられてしまう勢いだった為、受け身をとろうと空中で体勢を整えようとしていた。
実は、先ほどザーガンの攻撃を受け止めている戦闘中に、大輝は彼の能力を確認していた。
冬子の魔法は彼の拳によって消去された。
そして大輝が彼の攻撃を剣で受け止めた際も、ぼんやりと拳が魔力に纏われていた。
そして、身体はというと――魔力で覆われていなかったのだ。
大輝はそれがわかっていたため、魔力を込めた一撃でザーガンの身体を狙い、大きく吹き飛ばすことに成功していた。
「せいやああああ!」
吹き飛ばされた先に秋が飛びかかって細剣を振り下ろす。
「ぐうう、お前の剣は……――なにっ!?」
お前の剣は俺には効かないぞ――そう言おうとしたザーガンだったが、秋が手にした剣を見て驚いていた。
ふっと薄く笑った秋は自らが持つ剣を触媒にして、魔法で作った魔法剣で覆っていた。
彼女は魔法剣士。最も得意なのは魔法剣――それが今回アントガルに作ってもらった剣ならばその能力を存分に生かすことができる。
「魔法なら俺の拳で!」
一瞬で彼女の魔法剣を見破ったザーガンは拳に力を込める。
彼の拳に秘められた力は、魔力や魔法をかき消すことができる。
そして秋の魔法剣をもかき消し、ただの剣であるならば、彼の皮膚を通さないだろうとザーガンは考えていた。
「ぬおおおおおお!」
しかし、気合を込めた拳は秋の魔法剣に触れるとそのまま、まるでバターを熱したナイフで斬るかのように、滑らかに二つに分かれていく。
「ぐあああああああああああ! な、なぜだああああ!」
なぜ自分の拳で魔法剣を消すことができずにいるのか、訳の分かっていないザーガンが痛みに声を上げて戸惑う間にも、右の手が二つに斬りさかれ、それは自身の身体へと向かっていく。
「――くそっ!」
しかし、そのままやられわけにはいかないと、ザーガンは左の拳で秋の身体を殴りつけようとする。
「それはさせないよ!」
大輝はザーガンを吹き飛ばしたのち、すぐに動き始めており、秋の間に滑り込むとザーガンの拳を大剣で防いでいた。
それを見たザーガンは瞬時に思い切り身体をひねって、振りかぶった秋の剣が心核に達するのをなんとか防ごうと暴れた。
その目論見は成功して、不意をつかれた秋は横に弾き飛ばされ、大輝も追撃の拳で押し返される。
「ふ、ふはは、ぐはっ、なかなか強いが、まだやられんぞ……!」
ごぽりと口元から血を吐きながらも、それをグイっと乱雑に拭ったザーガンは笑い、そして大輝と秋を睨み付けていた。
「俺の回復能力は、他の魔族よりも――がはっ!」
ギラギラと闘気を目に宿らせたザーガンはそこまで言うとひと際多量の血液を口から吐いた。
なぜだ、とハッとしたような表情で自身の身体を見たザーガンはそこで意識が途切れ、回復する余裕なく、そのまま自身の身体から出た血の海に沈んで絶命した。
「――やった!」
それは、はるなの嬉しそうな声。
「ふう……この弓すごいです!」
ザーガンを絶命させることを成し遂げたのは、リズの弓矢による攻撃だった。
彼女は大輝たちが攻撃をしている間、息を殺して気配を消し、常に狙いをすまして隙を伺っていた。
これまでは、みんなが戦っているのを見て、指示を出すばかりで、攻撃となると後手にまわりがちだったリズ。
だが、アントガルが作った武器を心から信頼し、姫である自分が大輝たちについてきた理由。それをこの戦いの中で改めて見出そうと考えていた。
大きな攻撃を行う大輝、秋、冬子、そしてサポートと時折メイスで強力な攻撃をするはるな。
その中にあって、精密な攻撃をして相手を撃つ――それが自身の役目だと判断した。
これがこれまで彼らと旅をする中で、リズが見出した結論だった。
その考えは、新たな武器とともに見事な結果をだし、リズの放った矢は秋の攻撃によって見え始めていた心核の中心をしっかりと貫いていた。
お読み頂きありがとうございます。
誤字脱字等の報告頂ける場合は、活動報告にお願いします。
ブクマ・評価ポイントありがとうございます。
活動報告にもありますように、第四巻となる『再召喚された勇者は一般人として生きていく? 勇者の国の継承者』が3月24日(土)に発売となりました。




