第四百七話
広場中央に集まって飲み物を飲む程度の休憩を終えると、更に奥に視線を向ける。
濃密な魔素でよどんだ通路の先はほとんど先が見えない。
「ふう、一息つけたから奥に行こうか。あいつはかなり強かったけど、この魔素の濃さはやっぱり別に原因がありそうだからさ」
一行の目的は先ほどの鎧を倒すことではなく、鉱石の回収でもなく、魔素が濃いことに対する問題の解決だった。
しばしの休憩を終えた大輝がすっきりした表情で、魔素の濃い道の先を見据えている。
「奥の方から魔素が流れてきてる」
風の魔法を小さく辿らせて魔力の流れを見ていた冬子が広場の奥に続いている通路をすっと指差していた。
「そうですね、重い空気を感じます。あちらからよくない気配を感じます」
ぐっと苦い表情でそう言うリズも冬子と同様の意見だった。冬子とはまた違った観点から異変を感じ取っているようだ。
彼女は本来魔力や魔素に関する感知能力に才能があり、ここ最近特にその能力が開花してきていた。
「それじゃあ、気を引き締めて行こう。もしかしたら、さっきの鎧は前座で本命は奥にいるかもしれないからね」
先頭を進むように一歩前に出て少し振り返った大輝の言葉に、全員が頷く。
奥へと続く道を進むにあたって、大輝たちはアリサに作ってもらったアクセサリーに手を当てる。
大輝たちが魔素の濃い場所で戦うことが多いことを話すと、彼女はその環境でも影響なく戦えるように特別な処置を施してくれていた。
「魔力を込めて――っと、うん! 大丈夫だね」
まずははるなが自らのアクセサリーに手を触れる。他のメンバーも同じように処理が施されたアクセサリーに触れた。
それは腕輪であったり、ネックレスであったり、イヤリングであったりとそれぞれの形だったが、問題なく効果を発揮する。
魔力を込めると身体全体に魔素に対する抵抗力を強めるバリアのようなものを張ってくれている。
戦いがないのであればはるなの障壁でなんとかなるが、この先何が待ち受けているか分からない以上、戦力を削らずに済むようにというアリサの気遣いの賜物だ。
「さあ、行こう!」
バリアを身に纏い、気合をいれた大輝から通路に入っていく。
足を一歩踏み入れた瞬間から、魔素の濃さを全員が認識することとなる。
ねっとりとまとわりつくような魔素が彼らに襲い掛かる。まるで泥の中を進んでいるような不快感があった。
「何度味わっても嫌な感じだよねえ。うち、この感覚苦手だなあ」
不機嫌そうな表情ではるながぼやくが、それは彼女だけでなく、全員が感じているものだった。
魔素とは通常空気中に含まれているものであり、呼吸で身体の中に取り入れられてもなんの問題もないものである。
しかし、これほどに濃く大量の魔素を身体の中に取り入れてしまうと、体内の魔力の流れが阻害され、魔力酔いを起こしてしまうこともある。
この洞窟に最初に入った時、リズの身体が痺れるような鈍い痛みに襲われたのも魔力酔いの軽度の症状のひとつだ。
これまでの魔素が濃い場所での戦いで大輝たちが魔力酔いに至らなかったのは、はるなの障壁や元々の勇者としての自力、そして彼らの運の良さもあった。
「あの時は意識してなかったけど、アクセサリーによるサポートがあると身体を動かすのが楽だね」
ただし今回の魔力の濃さは洞窟という閉鎖的な空間もあいまってこれまでとはけた違いだ。
魔力酔いを起こしてしまうと、身体の動きに制限がかかるが、現在のようにサポートがあるとその影響がないため戦闘効率も上がる。そのことを実感している大輝は嬉しそうに笑った。
「確かにこれはすごいけど、みんな油断はしないでね。視界が悪いのも、魔素が濃いのも変わりはないんだから」
きつく睨むように秋が注意をする。
その理由は、言葉のとおり視界が魔素によって遮られており、魔素が濃いことは魔物には有利に働くためである。
「うん、わかってるよ。注意していかないと」
真剣な表情で頷いた大輝は、その危険性をこれまでの経験から理解しており、剣を握る手に力がこもる。
それからしばらく進んでいくと、二手に通路が分かれており、魔力感知に長けた組が両方を確認すると右側の通路の魔素が濃いことを感じる。
「こっちかな」
「そうね」
その短いやりとりは大輝と秋。
無駄な会話は極力減らし、ここから先にあるはずの戦いに集中している。
魔力感知に長けている冬子やはるな、リズも、彼らの進む道が合っているために黙ってついていく。
選んだ通路をしばらく進んでいくと、そこには大きな岩にだるそうな雰囲気で座り込んでいる魔物の姿があった。
「おう、やっと来たか。いくつかの場所が潰されたって聞いたからいつかここにもと思ったが、こんなに早く来るとは思わなかったぜ」
ニヤリと笑って大輝たちを見てたのは、日本で言う鬼という言葉がぴったりである魔族だった。
正面と左右にそれぞれ一本ずつ立派な角の生えた三本角の魔族である。
「俺はそこらの魔物とは違う――まー、いわゆる魔族だ。お前さんらを倒すために送り込まれた……そう思ってくれていい。こんな田舎まで出てくるのは面倒だったんだが、上からの命令でな。まあ諦めてくれ」
バリバリと乱暴に頭を掻きながら魔族はだるそうに立ち上がる。
「……なるほど。その奥にあるのが魔素の発生源ってやつですか」
大輝は魔族の言葉に興味はなく、奥にある魔道具に視線を送っていた。
「あぁ、こいつを壊せばお前たちの目的達成ってことだ。ま、させんがな! はーっはっは!」
突き抜けるほど豪快に笑う魔族に、大輝たちは眉をひそめる。
「――なんか、変わった人? 変な魔族だね」
こてんと首を傾げたはるながそう言うと、魔族はふっと薄く笑った。
「変? そうかもな、俺は魔族の中でも理解されないタイプらしい。お前ら人族からみてもそうらしいな! まー、俺は戦えればそれで十分だからな。……さあ、いざ戦おうぞ! 俺の目的のためにも、お前らの目的のためにも、それが手っ取り早いってもんよ!」
魔族は腕を大きくぶんぶん回し、楽しそうな表情で戦いの準備を始めていた。早く戦いたくてうずうずしているように見える。
「みんな、構えて!」
秋が声をかける時には、既に全員が武器を構えていた。
「あ、その前に一つ聞きたいんですが……あなたの名前はなんですか?」
「――ああん? 名前?」
思い出したかのような突然の大輝の質問に、これまで笑っていた魔族の表情が初めて変わった。楽しいことに水を差されたように不機嫌そうな声音だ。
「そうです、俺の名前は大輝。それから、はるな、秋、冬子にリズ。それが俺たちの名前です。戦うからには互いに名乗り合ってからやりましょう!」
それは戦国時代にあったと言われるならわしだったが、それを大輝は行おうとしている。
「……ふっ、はははっ! なかなか面白いやつだな、いいだろう――俺の名前はザーガン! ダイキといったな、お前の力試させてもらうぞ!」
背中を逸らす程、大きく笑ったザーガンと名乗る鬼の魔族は、武器を構えて大輝たちを不敵な笑みとともに睨み付けると、襲い掛からんと言わんばかりに駆け出した。
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