第三百九十六話
神経を研ぎ澄ませるように集中力を高めていく大輝は静かにあることを感じ取っていた。いや、大輝だけでなく秋も薄々気づいている。
――その武器を作りたいとアントガルに思わせた人物が、彼らと同じく地球から召喚された近衛蒼太なのではないかと。
しかし、彼らはそれを口にすることはない。
自分たちよりも先に城を出て行った蒼太――そして獣人の国でもそうだったが大輝たちが成長するための、先に進むための鍵を残していった彼。
なぜか力を隠していた蒼太に対して思うところがないわけではなかったが、それでもこうやって道を示してくれていることを大輝はありがたく思っていた。
普段物静かで飄々とした態度の彼は何を考えているか分かりにくいが、彼が表に出てこないのはきっと理由があるからだろうと考えた。
大輝たちは地球にいた頃、それぞれが別々の形で蒼太と関わりがあり、その中で彼なら何か考えがあるのだろうと、そう思っていたのだ。
「――だったら、俺もやらないとですね」
先ほどまでのへたれた態度を全く感じさせない、真剣な表情に切り替わった大輝は自分の剣を引き抜いて人形の前に立って構える。がむしゃらにやる気だけが空回りしていたのとも違う、真剣勝負の前の大輝の表情だ。
一足先に試しに放たれた冬子の魔法は初級魔法だといえども、魔法に長けた彼女が使ったことで強力なものに変わる。
それは普通の岩であるなら、真っ二つにするだけの威力があった。
仲間として一番傍で見てきた大輝はそれをわかっていた。
「集中……」
すっと息を整えた大輝はそう呟くと静かに目を瞑った。
暗くなった視界の中、先ほどの冬子の魔法の結果を思い出している。
(冬子の風の魔法ではダメージを与えることができなかった。あれは恐らく、耐魔力が強いのだと思う。僕の剣は魔剣ってわけじゃないから大丈夫だと思う……つまり、あとは剣を扱う技量……)
「――だいくん、いつもやっていたのを思い出して!」
剣を構えたまま大輝が色々と考え込んでいるのを見て、こらえきれないというように口を開いたはるなが背中を押すように声をかける。
「いつも……」
彼女が言う、大輝がいつもやっていたルーティン。
それはこちらの世界に来てからではなく、剣道部に所属していた時のことを指している。
大輝がいつも練習前に、試合前にやっているもの。はるなは大輝の幼馴染としてずっと彼の剣道の試合を見てきたからこそ、いま、それを思い出してほしいと思ったのだ。
「――うん、やってみる」
目を開けた大輝の表情と雰囲気が変わったのをその場にいた誰もが感じ取った。
おもむろに剣をすぐそばの地面に突き立てた大輝は思いっきり屈伸をする。そして立ち上がると今度は背伸びをする。
呼吸を意識して自分の中のリズムを呼び起こす。
「……おい、あの兄ちゃんは何をやってるんだ?」
「しっ!」
アントガルが疑問を口にしようとするが、それをはるなが指を口元にあてて止める。秋、冬子も同じく頷いていた。
リズは周囲の雰囲気を読んで緊張の面持ちで拳を胸元で握って見守っている。
静寂が周囲を包む中、大輝はストレッチを終えると剣を再び握り、目を瞑ったまま、数回軽く振る。
そして、剣を構えたままの姿勢で深呼吸をゆっくりと行っていく。大きくだが静かに鼻から吸って、口から細くゆっくりと吐き出す。
大輝の呼吸にあわせてピリピリとした独特の緊張感が張り詰めたその時、大輝は目をカッと開いた。
「――せえええええい!」
かけ声とともに気合のこもった一撃を人形に向かって放つ。
大輝の剣は人形へと向かって真っすぐ振り下ろされる。
決して力んだ一撃ではなく、自然で、むしろ力が抜けているかのようにも見えるこの一振りは残像を残して人形を綺麗に真っ二つにした。
そして、人形を中心にして裏庭に剣圧が風のようにぶわりと広がっていった。見守っていたはるなたちの髪や服が風に舞った。
真っ二つにされた人形は袈裟切りにされた藁のようにするりと滑り落ちる。その滑らかな動きとは裏腹に地面に落ちた人形は重く鈍い音を立てた。
「……やった、やった!」
集中を解いた大輝は自分が成した結果を見て無邪気に喜んでいた。
「すげーな……」
それを見たアントガルは腕組みをしながら呆然としていた。
以前、蒼太が人形を壊した際は、力任せの一撃だった。彼が持ちうる圧倒的な力技によるもの。蒼太の実力の全てではないだろうがそれでもかなりの力量を持つことを如実に表していた。
しかし、今回の大輝の一撃は力ではなく技を使っての一太刀であった。
蒼太とはまた違うが、アントガルはその技に魅了されている自分に気が付いた。
「だいくんっ、すごいすごいよーっ!!」
嬉しさを爆発させるように走り出したはるなは大輝のもとへいき、思いっきり抱き着いていた。
急な襲撃に驚きながらも彼女を受け止めた大輝はへにゃりと笑って見せた。
「うん、すごいね。ちょっと悔しいな。あんな攻撃、今の私にはできないと思うから」
「強かった」
秋と冬子も素直に大輝の力を褒めていた。リズは感動のあまり言葉が出ないようで、涙で目を潤ませながら何度も嬉しそうに頷いている。
「アントガルさん! 約束ですよ!」
はるなに抱き着かれたままの大輝は構えを解いて振り返ると、アントガルへと声をかける。
「おう、俺も男だ! 約束は守る。……まさか、あんな方法で人形を斬るとは思わなかったぞ。あいつのは単純な力だったからな」
蒼太と大輝、二人の力の違いを認識できるだけの目をアントガルは持っていた。最初は大輝のことをへたれた女連れの情けない奴かと思っていたが、あの実力を目の当たりにした今は彼に会う武器を作りたいと思っている。
「よかった……です」
力強く頷いたアントガルの答えを確認すると、力が抜けたように大輝はその場に座り込んだ。
「だいくん!?」
しがみついていた大輝が急に腰をおろしたため、はるなは驚いてしまう。自分が体当たりした時に変に衝撃を与えてしまったのかとオロオロして心配そうに大輝を見る。
「ははっ、ごめんごめん、集中し過ぎたせいで力が抜けちゃったよ。今の力をずっと使いこなせるといいんだけどね……」
彼女を安心させるように苦笑する大輝。はるなと同じように心配していた秋たちもほっとしたように息をつく。
一度きりの技としてしか使えないこのあたり、大輝にはまだ成長の必要があった。
「さあさ、とりあえず戻ろう。こいつの力はわかったし、恐らくあんたたちも同程度の実力を持っているんだろう。キレのある技を見るのはやはり心を熱くしてくれる。今回もいい武器が打てそうだ」
早く鍛冶作業がしたいと急かすアントガルが思っていた以上に乗り気になっていることに、はるなたちは安心した笑顔になっている。
「――そういや、作るのは武器だけなのか? 防具とかはいいのか?」
思い出したようなアントガルのその言葉に大輝たちは冴えない表情になる。
「……ん? どうした? ――ははあん、さてはあいつらに断られたのか」
アントガルは自分以外に誰が紹介されたのか心当たりがあったため、ニヤニヤと笑っている。幼馴染としてやってきた彼らのことならばアントガルもよくわかっていた。
自分は見抜けたのに、蒼太以来の面白い逸材をみすみす逃したボグディとアリサの見る目のなさを笑っているようだった。
「いえ、その、お店が混んでて、会うこともできなくて……」
もごもごと情けない告白をしているかのように言う秋。大輝たちもどこか言いにくそうな表情で口ごもる。
アントガルは彼らの店の繁盛ぶりを知っているため、そういうことかと納得した。
「あー、まああいつらのとこはいつも混雑しているからなあ……わかった、そっちも俺が話をつけてきてやるから安心しろ!」
機嫌のよいアントガルは彼らを巻き込む自信があったため、ニヤリとあくどく笑っていた。
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「記憶を取り戻した中年賢者は三つ目の人生を謳歌する」




