第三百八十六話
いまだに観客たちがたくさん残っている会場は結果が気になる人たちで騒然としており、主催者たちは舞台上にあがり、相談を始めていく。
両者ノックアウトというこの結果をどう扱っていくかということで、悩んでいた。
当の大輝と秋は医務室に運ばれ、専門チームの魔法による治療が施されていた。
「だいくん、秋ちゃん……」
すぐにかけつけたはるなと冬子とリズは二人が眠っているベッドの近くで二人が目を覚ますのを待っていた。
回復魔法の淡く優しい光に包まれた二人の寝顔は穏やかそのものだった。
「大丈夫ですよ、お二人ともお強い方々ですし……鼓動もしっかりされています」
治療には回復魔法を得意とするリズも加わっており、二人の状態を把握していた。
「うん……」
不安そうに二人を見つめ続けるはるなが力なく頷くと、会場からひと際大きな歓声が聞こえてきた。
「どうしたのかな?」
決勝が終わり、戦いという点では盛り上がる理由が思いつかなかったため、不思議そうな顔ではるなが会場のほうへと視線を向けていた。
「ちょっと聞いてくる」
冬子がすっと立ち上がって医務室を出ようとすると、それよりも先に係員が飛び込んで来た。急なことにも彼女は淡々と冷静に避けていたため、被害はない。
「し、失礼します!」
乱暴に係員は入ってくると慌てた様子で声をかけてくる。
「ちょっと、ここは医務室ですよ! 静かにして下さい!」
その声にしかめっ面になった医務室の責任者である医務官が係員を厳しく注意する。
「す、すいません。でも早くお知らせしようと思いまして……」
係員はいつも温和な医務官にしかられたことで、びくっと怯えたのち、肩を落としていた。
「……ふぅ、それで一体なんなんですか?」
彼も彼なりに緊急性を感じていたのだろうと考え、一息ついた医務官が仕方なさそうに話を促す。
「はい! それがですね、今回の大会の結果が決まったんです!」
注意されたばかりだったが、彼は興奮冷めやらぬといった様子で、自然と声が大きくなる。
「どっちの優勝になったんですか?」
その質問は大輝のとなりについているはるなのものだった。いつものふざけた感じではなく、静かな声音だ。
「は、はい、それがですね、優勝はダイキ選手ということになりました。今回は二人そろってノックアウトという結果になりましたが、先に倒れたのはアキ選手。よって優勝はダイキ選手に決定です!」
一瞬可愛い顔立ちのはるなの冷静な表情に飲まれた係員だったが、また興奮交じりになって告げた。
結果を聞いた瞬間、はるなは目を見開いて、寝たままの大輝の顔を嬉しそうに見た。
「だいくん! 優勝だって!」
今にも飛びつきそうなくらい興奮したはるなが声をかけると、大輝はゆっくりと目を開いた。
「……うん、聞こえてたよ」
少し前から大輝の意識は覚醒し始めており、係員の報告もうっすらと聞こえていた。
「――秋も起きてるんだろ?」
大輝は自分が目覚めた時に、隣のベッドで寝ている秋の気配が変わったことにも気づいていた。
「うん……大輝もあのあとすぐに倒れたのね」
ゆっくりと目をあけた秋はベッドの上でぼんやりと呟く。彼女は大輝の光の砲撃を受けてすぐに気を失っていたため、そのあと大輝が倒れたことを聞いて内心驚いていた。
「とっておきの一撃だったからね。魔力全部もっていかれちゃったよ」
まだまだ甘いなと自戒するように苦笑交じりの大輝が秋に返事をする。
「でも……強かった。うん、いい目標が近くにいる私は幸せね」
負けた悔しさは確かに胸の中にある。しかし、ふにゃりと笑った秋はまだ成長できると感じており、そのためにはまず一番近くにいる彼を越えることを目標にしようと考えていた。
「僕も負けないよ」
今回は判定の結果、大輝の勝利ということになったが、仮にこれが戦場だったとしたら倒れたのちに命を奪われた可能性もある。それを考えると大輝は自分が勝ったとは思っていなかった。だからこそこれからも頑張らなければと思いを新たにする。
「……あ、あのー」
落ち着かない様子の係員はまだ話の続きがあるらしく、恐る恐る大輝たちへと話しかける。
「まだいたんですか? 用事がすんだら出て行って下さい!」
これは医務官の言葉だった。どうやら、慌てて入って来た彼のことを今もよく思っていないようだった。大輝たちには休養が必要だと誰よりもわかっているからだろう。
「す、すいません。最後に一つだけなんですが……その、お二人は表彰式には?」
二人の体調のことよりも、今後の大会の流れについて心配したような係員の言葉に怒りがこみ上げた医務官が再び大きな声を出そうとしたが、それは大輝と秋の言葉によって止まることとなる。
「大丈夫ですよ」
「いきます」
大輝と秋はベッドからゆっくりと立ち上がり、それぞれの身体の状態を確認していた。はるなたちがそれぞれに寄り添って心配そうに見守っている。
「そもそも僕は魔力の枯渇が原因なので、少し休んで回復したからそれくらいなら問題ないです」
「私も思わぬ大ダメージで気絶したけど、ギリギリの瞬間で魔力の壁を張れたのでそこまで大きな怪我じゃないですから、大丈夫です」
大輝と秋が自分たちの身体を確認してそう判断したのであれば仕方ないと医務官は肩を竦めた。
「じゃあ?」
念のため係員は医務官の顔を見る。医務官は大きなため息のあと黙って頷いた。
「それでは、上に報告してきますね! 失礼します!」
嬉しそうに顔を輝かせた係員は慌ただしく帰りも走ってでていき、扉をバタンと閉めたことに再び医務官の表情は難しいものになる。
「なんか、慌ただしい人だったねえ」
はるなが代表で呟くと、他の面々も扉を見ながらうんうんと頷いていた。
すると、再び足音が近づいてきて、これまた再び勢いよく扉が開かれた。
「すいません、言い忘れました! 表彰式は一時間後に行われますので、会場にいらして下さい。ちなみにダイキ選手の優勝は既に会場で発表されています! それでは、失礼します!!」
先ほどの係員が大声でそれだけまくし立てるように言うと、再び扉を勢いよく閉めて会場へと戻って行った。
「……な、なんかすごい人だったね」
「え、えぇ……」
大輝と秋も係員が嵐のように過ぎ去っていったことに驚きの声を出していた。
「今度主催に文句を言ってやらないとですね!」
怒り心頭といった様子の医務官は終始、彼のことで苦い表情になっていた。
その後、一時間ほど休憩したところで、はるなたちは観客席へと戻り、大輝と秋は表彰式に向かうこととなった。
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