第三百八十五話
斬りつけた、そう思った大輝の剣は秋の鎧に触れる手前でなぜか硬い何かに阻まれ、止められてしまう。
「――な、なんだ!?」
大輝の剣の放つ勢いで秋を吹き飛ばして、試合終了――それが大輝が思い描いていた結末だったが、剣は秋に触れることなく防がれたことに驚愕していた。
「ふ、ふふっ、この攻撃はちょっと危なかったわ」
少し前かがみになりつつも秋は笑いながらそう言う。隙を見せてピンチに陥ってしまった自分の情けなさ、そして思っていたとおり大輝の攻撃を防げたこと、その二つの意味で笑っていた。
攻撃を防がれた大輝は警戒するようにすぐ秋から距離をとっていた。
改めてよく見てみると秋の鎧は淡い光の膜に覆われて輝きを放っている。
「大輝、私の得意技は魔法剣。それは知っているわよね?」
「もちろん」
前の戦いでも、短剣を媒介にした魔法剣を生み出すのを大輝は自身の目ではっきりと見ていた。だが今彼女が目の前で起こしている現象は見たことがないものだった。
「――これも、その一種よ」
淡く光る鎧を自慢げにポンポンと叩く秋に、大輝は目を凝らして見る。
「……ま、まさか!」
ただ光っているわけではないことに気づき、秋の言葉を理解した大輝は、彼女がやったことに驚いていた。
「魔法鎧」
これまでに一度として見せたことのない秋のとっておきの戦法――それが魔法鎧だった。秋は剣のみならず、他の装備、例えば鎧にも魔力を流すことでマジックアーマーと同レベルの力を発揮することができるようにしていた。
「ず、ずるいね」
どんな装備でも自分で高ランクの装備に変化させることができると聞いて苦笑交じりにポロッと出た大輝の感想がこれだった。
「ふふ、隠し玉だもの。とっておきを大輝用に用意していたのよ。――それじゃ、いくわよ!」
思っていた以上の大輝の反応に満足げな笑みを浮かべていた秋は真剣な表情に変わったかと思うと、大輝への攻撃に転じる。奥の手を見せた秋は、躊躇なく自分の持てる力を使って行く。
「せえええええええい!」
いつも持っていた細剣と新たに持った短剣、そのどちらもが魔力剣の媒体となっており二刀流で秋が大輝に攻撃を繰り出していく。
元が短剣であるため通常の剣よりも早く振るうことができ、通常の剣よりも攻撃力の高い魔力剣。それは秋の素早い剣技を活かすのに最も適した武器といえた。大小二つの剣により放たれる攻撃は緩急がついて読むのが難しくなった。
「ぐっ、だったら僕も手加減はしないよ!」
これは大輝の強がりだと秋は思っていた。事実、大輝が新しく覚えた戦い方は魔法を駆使したものであり、威力は冬子に比べて格段に劣るものである。
効果的に使うとなれば、いいとこ先ほどのように目くらましに使うのが精いっぱいだろうと秋は思った。
「“ファイアボール”!」
真剣な表情で大輝は炎の玉を二つ生み出すと、秋に向かって放つ。
「今更!」
そんな魔法は効かないわといわんばかりに秋は両手の剣でそれぞれ一つずつ撃ち落としていく。その際に、爆発による煙を吹き飛ばすように一つの剣は風の魔法が込められていた。
視界を塞いでからの別方向からの攻撃は先ほど経験しているため、同じ手はくわないと秋は対策をたてていた。
「――だと思ったよ」
だが魔法を放った大輝はその場から動いておらず、足を止めて秋のことを迎え撃つ構えだった。
目くらましでないなら、なぜ初級魔法をわざわざ放ったのか? そう秋は疑問に思ったが、それでも彼女は自分の攻撃に自信を持っており、足を止めるつもりなどなく、掴んだチャンスを逃さないと大輝へと向かって行く。
「喰らええええ!」
秋は本気の攻撃を大輝に向ける。訓練や剣道の練習試合とは違う、相手を殺すかもしれない本気の一撃。ためらっていては秋のほうが負けてしまうと考えたのだ。
「秋がそれなら、僕も本気でいくよ!」
大輝はファイアボールを使うことで、一瞬でもいいので秋の動きを止めておきたかった。なぜならば、新しい攻撃方法の準備をしていたためだった。
大輝の武器は太めの長い剣で、片手で扱うことも可能だが両手で持つことが多い。特別な効果はないが、それでもなかなかの業物で戦うにあたって十分な力を持った剣だった。
「うおおおおおおお!」
気合を入れて叫ぶ大輝はその剣に魔力を集中させていく。
秋が使う魔法剣は五種類の属性魔法によって構成されている。
だから、大輝は秋が使うことができない魔法を使用して強力な一撃を繰り出そうとしていた。
「――剣が光ってる!?」
しかも眩い白い光は神聖な強い輝きを持ち、大輝の込めた魔力に応えるように光を放つ。
大輝が使おうとしている魔法は光魔法。聖騎士であり、勇者でもある大輝が最も使いこなせる魔法であり、この世界に来た時点で魔法レベルは5だった。
しかし、大輝が使おうとしているのは魔法剣でも、剣に魔法を乗せた一撃を繰り出すものでもなかった。
「秋、がんばってくれよ! “光の砲撃”!」
剣を銃身に見立て、凝縮した光の力を先端から撃ちだす大輝が使える最大最強の光魔法。
刀身を光り輝かせていた光が剣先に集まって一つの玉を生み出す。大輝の声に従って高い金属音のような音を立てて凝縮された光の玉は力を解放した。
「なっ!?」
それはまるでビームのようであり、大輝へ飛びかかろうとしていた秋にできるのはとっさに魔法剣をクロスさせてその砲撃を受け止めることだけだった。
彼女も勇者の一人。数秒であれば、光の砲撃に耐えることができた。しかし、力を存分に込めた大輝はそれを数十秒放ち続けることができる。
「いっけえええええ!」
そしてかけ声とともに更に威力を増した魔法は太い光のパイプのように伸び、ついには秋の魔法剣を砕き、そのまま光の中に秋を飲み込んでいった。
砲撃が止んだのは秋が立っていることができず、その場にどさりと崩れさったのと同時だった。
「はあ、はあ、やった……よね」
激戦のあとを感じさせるような少し薄汚れた秋は床に沈んだまま、気を失ってピクリとも動かない。
しばしの沈黙ののち、我に返った審判が慌てて駆け寄って秋の様子を確認する。そして彼は首を横に振った。
「決勝戦、アキ選手は戦闘不能であるため、勝者は……」
動揺交じりに審判が勝者を宣言しようとしたところで、ドサリと音がする。そちらに視線を向けると大輝も秋と同様にその場に倒れていた。
秋は大きなダメージを受けたことで、そして大輝は魔力を使い過ぎたことで気絶してしまったのだ。
「――りょ、両者ノックアウト!」
そう審判が宣言はしたものの、前代未聞の結果であるため、どよめきに包まれる会場。飛び出すように闘技場内に入って来た救護班が二人の容態を確認する中、このあとどうなるのか間近で見ていた審判も場内アナウンスを待つしかなかった。
お読み頂きありがとうございます。
誤字脱字等の報告頂ける場合は、活動報告にお願いします。
ブクマ・評価ポイントありがとうございます。
先日「再召喚された勇者は一般人として生きていく?」出版一周年を迎え、
別途ショートストーリーを投稿しましたので、よろしければご覧ください。




