第三百八十話
翌日、決勝トーナメント参加者は全員が各控室に集まっていた。戦いを目の前にどこか互いを牽制し合うような緊張感が室内に漂う。
そこでは係員による説明が始まっていた。
「それではみなさん、これより決勝トーナメントが開催されます。初戦の方はこのあとすぐに闘技場の舞台へと向かってもらいます。第一試合――こちらからはダイキさんですね。よろしくお願いします。それ以外の方は控室、観客席、もしくは舞台までの通路ならどこにいて頂いても構いません。ただし、出番までには戻ってきて下さい」
話がひと段落すると、大輝のみ係員のもとへと残り、他の面々は各自で行動を始める。
「ダイキさん、これより入場してもらいますが、準備はよろしいですか?」
「はい」
係員の言葉に大輝は気合の入った表情でシンプルな返事を返す。
「ダイキさんはくじ引き番号が一番ですので、勝った場合は再びこちらの控え室になります。――さあ、参りましょう」
部屋を出て通路へと歩き出した係員は舞台の手前まで大輝のことを案内していく。
その後ろを大輝は少し俯いて、係員の足のあたりを見ながらついていくことにした。特別、彼は緊張していなかった。
大輝の初戦の相手はA組を勝ち抜いた相手で、ショートソードを更に短くした独特な剣を用いて戦う。しかもそれを二本。
大輝もA組の戦いは見ていたため、相手選手の戦闘方法は理解していた。軽い身のこなしと合わせてとにかく手数が多く、素早い攻撃に翻弄された相手は自分の動きができずにあっという間に崩されて倒されていた。
「あの速度をなんとかしないとな……」
試合を思い出しながらぼそりと呟く大輝。しかし、大輝の中で対策はできていた。今回の戦いに関しては自分の力だけで戦いたいと、あえて仲間の意見を聞くことはしなかった。
「ダイキさんどうぞ、ここからはお一人で向かって下さい」
通路の最後までやってくると、そこで立ち止まった係員は大輝に声をかけて送り出す。
「ありがとうございます」
笑顔で礼を言うと、雰囲気を一変させた大輝は顔をあげ、通路を出て舞台へと向かって行く。
その表情は集中している引き締まったもので、観客席から巻き起こる盛大な歓声は気にならなかった。むしろ大輝にはそれが自分の背中を押してくれるような気さえした。
大輝と反対方向の入り口からは対戦相手となる選手が緩い姿勢で立っている。
「第一試合、両選手の入場が完了しました。これより、審判によるルール説明が二人へと行われます」
場内アナウンスが場内に響き渡る。
「観客席には強力な防御結界が施されているので、武器や魔法を駆使して本気でやってもらって大丈夫です。敗北は負けを認めるか、気を失うか、場外に降りた場合になります。また相手を死に至らしめた場合は即失格となりますのでご注意下さい」
大輝と相手選手の間に立っている審判は淡々と説明をしていく。
「わかりました」
「私もです」
大輝に続いて相手選手が返事をする。
「一つ安心して頂きたいのは、ここの闘技場には手練れの回復魔法の使い手が数人常勤でいますので、多少の怪我はすぐに治すことができます。思う存分戦って頂ければと思います」
命がかかるかもしれない戦いに安心もないだろうと大輝と相手選手はそう思ったが、ただ頷くだけにとどめる。おそらく審判もこれを仕事にしている以上、熱い戦いを見るのが好きなのだろう。
「――それでは二人とも開始位置に移動して下さい」
中央で説明を聞いていた二人は離れて目印が刻まれている開始位置へと移動していく。それを確認した審判が一つ頷いて開始の合図をする。
「決勝トーナメント第一試合、ダイキVSホーネス……はじめ!」
双剣使いのホーネスは開始の合図とともに素早く走り出す。大輝はその場で剣を構えてホーネスを迎え撃つことにする。
「……おいおい、あいつホーネスとまともに打ち合うつもりかよ」
「運よく勝ち抜けただけだろ。ここまでくるようなレベルの相手だとこの程度ってことなんじゃないのか?」
ホーネスと戦う上で、先に動くことを許してしまえばその攻撃を捌くことしかできず防戦一方になってしまう。それはこれまでの戦いを見て観客もよく理解していたため、呆れ交じりの意見が出てくる。
「まあホーネスは他の大会では優勝しているくらいだからな。実績からして違うさ」
この言葉のとおり、ホーネスは色々な大会に参加しており、優勝、ないしは決勝進出という優秀な結果を残していた。他の大会も見たことのある者たちは揃ってホーネス優勢と判断し始めてさえいた。
当の大輝は落ち着いた様子でホーネスの攻撃を受ける。
「――せい!」
いや、受けるというには生ぬるい程の威力で剣を振り下ろし、ホーネスの攻撃を撃ち落とす。
「……ぐっ! な、なんて力だ!」
ホーネスはこれまで同様に連続攻撃を繰り出して大輝を倒そうと考えていたが、その考えはこの一撃で打ち砕かれることとなった。大輝の初撃の威力は圧倒的に相手を押し込み、ホーネスの攻撃をねじ伏せた。
「確かにあなたの攻撃の手数は目で追えないほどのものです。でも、最初の一撃に限定すれば目で追うことは難しくありません。だから、その初撃に照準を絞って攻撃すればこのとおり」
大輝は体勢を崩したホーネスの首元にすっと剣を突き付ける。
「くっ、まさかこれほどの動きを!」
ホーネスは一歩動けばやられるということに冷や汗が頬をつたいながら息を飲む。彼とて力押しの猛者たち相手に勝利を重ねて来たプライドがあったが、目の前の大輝からは格の違いを突き付けられた気がした。
「さて、どうしますか? 続けますか? それとも……」
ひやりとした口調で大輝は目を細め、ホーネスを睨み付けた。
「――まいった。まさか神速を誇る私がこれほどの早さで負けるとは思わなかった……」
数秒ほど大輝の視線とにらみ合っていたホーネスだったが、追撃できればと後ろ手に剣を持っていた手の力を抜いてだらりと腕をおろした。
「審判、私の負けだ」
その宣言を聞いた審判は呆気ない程の諦めに驚くこととなるが、すぐに自分の役目を思い出して宣言をする。
「け、決着です……! 勝者、ダイキ選手!」
開始の合図からあまりに一瞬のことだったため、観客席も静まり返っている。ホーネス優勢を語っていた観客などはあんぐりと口を開けて呆気に取られていた。
「……あ、あっという間の決着となりました……。双剣使いのホーネスを一撃で封殺したその実力、いまだ底を見せないダイキ――これは次の試合も楽しみですね!」
意外な展開に興奮交じりの場内アナウンスが盛り上げることで、観客も状況を理解してわーっと歓声を上げ始める。観客席でははるなとリズが大輝の勝利に喜びながら抱き合っていた。
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