第三百七十七話
「C組のみなさん、闘技場の準備が完了しました。舞台に向かって下さい」
控室に入ってきた係員の指示に従ってC組の参加者が移動を始める。大輝は目を瞑って集中していたが、係員の声ですっと目を開くと立ち上がり、最後尾で移動を始めた。
参加者たちの列を歩きながら、大輝はこの緊張感を楽しんでいた。
高校時代に参加した剣道の大会――それは程よい緊張感と試合に対する高揚感をもたらしてくれていた。今回の武闘大会は剣道の試合とは比べられないほどの危険を伴うが、それでも大会に参加する懐かしさは大輝の精神を良い状態に持ってきていた。
控室からの少し薄暗い通路を抜けると、一瞬の眩しさが大輝を襲う。
「っ!」
それに慣れてくると、大勢の人が観客席にいるのが分かってくる。参加者たちが登場したことで一気に観客席から割れるような歓声が上がった。さすがに大人数であるため、はるなたちがどこにいるのかまではわからない。
「……でも、見ててくれると思うと力になるね」
柔らかく微笑んだ大輝の呟きは誰の耳に届くものではなかったが、あえて自分で口にすることで気合が入った。
だらだら歩く人もいたため、少し時間はかかったが、全員が舞台に上がったところでルール説明がアナウンスされる。
「観客の皆様には三度目の説明になってしまいますが、再度ルールの説明をさせて頂きます。この大会は各組の参加者全員でのバトルロイヤルになります。そして最後に残った二名が決勝トーナメント出場となります。禁止事項としましては、他参加者の殺害、または非人道的な行為はその場で失格となります。また戦いをご覧の皆さまに影響がないように、観客席には防御結界が張られております」
建前としては非人道的な行為は禁止といわれているが、このあたりは曖昧だった。
大輝が観客席に目を凝らすとうっすらと防御結界の膜が見えた。
「それではみなさん……準備はよろしいでしょうか?」
戦いが始まるのをいまかと待ちわびながらかなりの人数の参加者がそれぞれ武器を構えて攻撃の準備もしくは他者の攻撃に対する防御の準備をしている。
だがその中で大輝は再び目を閉じていた。
(他の人の息遣いが聞こえてくる。みんな興奮しているのか? 息が荒い気がする)
「――それでは予選大会C組、試合開始!」
アナウンスによる開始の合図とともにいっせいに参加者が動き始める。しかしただ一人、大輝だけは動かない。
「だいくん!」
それは危険を知らせるはるなの声だった。彼女はたくさんの参加者の中から既に大輝の姿をとらえており、彼に襲いかかろうとする参加者も目に映っていた。
「大丈夫だよ」
それははるなの声に答えたものだったが、もちろん彼女には聞こえていない。しかし、大輝にとってはこれが開始に合図になった。
「ぼーっとしてんじゃねええええ!」
いまだ目を閉じる大輝に向かって大声を張り上げながら大剣を振り下ろす戦士。こんなものをまともに喰らえば普通の人間であれば即死は間違いなかった。
「それは申し訳ない」
目をすっと開いた大輝は無表情のままその攻撃を最小限の動きで避ける。一見隙だらけの大輝に対して全力で攻撃を繰り出した男はバランスを崩すこととなる。
「さようなら」
冷たくそう呟きながら大輝は男の後ろに回って思い切り背中を蹴った。
「う、うおおおっ!!」
成すすべなく男は吹き飛ばされ、そのまま舞台の外に落ちてしまう。
先ほどの説明になかったが、場外は即失格となるため、他の参加者もわざと相手を場外に落とすものが多かった。
「さて、少し本気でやろうか」
気合の入った横顔で大輝は剣を抜くと、足に力を入れて踏み込むと戦いの輪に入っていく。大輝はなるべく傷つけないよう最小限のダメージで相手を失格にさせていこうとする。
「せい!」
そのための作戦が相手の武器を狙うことだった。自分の剣で相手の剣を巻き取り、弾き飛ばす。この技術は城の騎士団員との修行の際に編み出した技だった。
元々、対人戦に関しては大輝の成長は早かった。剣道をやっていた頃も相手の視線や動き、考えを予想してその先手、後手を打つことに長けていたため、武器が剣や槍になっても対処力は高かったのだ。
うまく相手の動きや武器に合わせて力加減もコントロールしていく大輝は、この混戦状態の中で一人抜きんでているようにはるなたちには見えた。弾き飛ばした武器も危なくないように誰も居ないところを狙っていた。
さすがに同じ戦い方をしていくと、当然のように大輝の狙いを理解した者が現れ、簡単には剣を弾かせないように対処し始める。
「いいね、それなら次の作戦に移ろう」
どんどん変わっていく戦況からこみ上げる高揚感をそのままに、大輝は剣を弾き飛ばせないように力を入れる相手に対して、今度は力強い一撃を加え、わざと防がせてからするりと懐に入って腹を攻撃して気絶させる。
これら二つの方法で大輝が倒した参加者は両手で数えられる人数を越えて来た。失格になった者たちが倒れると場外に運ばれ、職員たちが治療などの処理に追われているのが観客席から見える。
この段階になってくると、実力の劣る冒険者は軒並み失格になり、舞台上に残ったのは相応の実力がある者のみとなる。
――その数、大輝を含めて四人。
「この中から二人か……」
数で言えば半分が落ちて、半分が残る。しかし、対峙する四人は簡単には動けずにいる。
「C組の戦いも佳境に入ってまいりました。残ったのは四名、この中から勝ち上がるのは誰になるのでしょうか! しかし、四人は見合って動けずにいるようです……何かきっかけを待っているのでしょうか?」
興奮交じりに語る解説の声が会場に響き渡る。観客たちもそれに促されるように歓声をあげて盛り上げている。
解説の言葉はまさに四人の内心を表していた。
自分が動けばもしかしたら、残りの三人に一斉に向かってこられるかもしれない。そう考えると、三人は互いをけん制したままで次の一手に移れない。
「ふぅ……ねぇ、このまま見合っていたって決着がつかないですよね? それじゃ観客の人も面白くないし、運営さんも困りますよね?」
膠着状態を崩そうと最初に声を発したのは大輝だった。友好的に笑みを浮かべながらも警戒を緩めることはない。
大輝が口を開いた瞬間、残りの三人は一瞬ピクリと反応したが、その発言は自分たちが思っているのと同じことであったため、黙って耳を傾けることにする。誰もが何かのきっかけを待っていたのだ。
「ですから、二人ずつに分かれて戦って、勝利した者が決勝トーナメント進出っていうのはどうでしょうか?」
他の二人のことを気にせずに目の前の相手にだけ集中することができる大輝のこの提案は悪くないものだった。
「……俺は賛成だ。このままお見合いしていても埒が明かない」
「私も構いません」
「承知した」
三人の返事を聞いた大輝は爽やかな笑顔で頷く。
「それじゃあ、組み合わせは……ランダム性を持たせるために番号の一番若い人と大きい人、あとは残った二人ってことでいいですか?」
この大会に登録した時、参加者には組と番号が割り振られている。もちろん誰が何番なのか互いに知らないため、公平だろうと判断し、皆がこの提案を受け入れた。
「僕は四十七番」
大輝が最初に番号を宣言し、他の三人もそれに続いた。こうしてC組の予選は最終段階に入る。
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