第三百七十五話
獣人の親子と別れ、大輝たちが闘技場に向かうと、参加者らしき人物が受付で登録を行っていた。他にもガラの悪そうな男たちが話しているのが見えた。
「はい、結構です。それでは五日後の朝、こちらの札を持って集合して下さい」
受付嬢が説明を終えると、しかめっ面の男は一枚の札を受け取って足音荒く闘技場をあとにする。
「あの人も参加者の人なのかな? 結構強そうな感じだったけど……」
筋肉質でいかつい見た目をした男を見て、はるなが少し不安げに言うと、その声は受付嬢にも届いていたのか顔を上げた。
「五日後の大会の、という意味でしたらそうですよ。みなさんも参加の登録でしょうか?」
受付嬢は柔和な笑みで大輝たちを迎える。
「あぅ、聞こえちゃってた」
「はい、僕たちも五日後の大会に参加しようと思って来ました」
自分の呟きが聞こえていたことが恥ずかしくなったはるなはバツが悪い表情で大輝の陰に隠れる。
大輝は慣れているのか特に気にした様子もなく受付嬢に笑顔で返事をした。
「うふふ、いいんですよ。大会への参加はみなさん全員がなさいますか?」
受付嬢は微笑ましいものを見るように美しく笑う。その質問には秋が首を横に振った。
「参加するのは、私とこいつの二人です」
そのまま前に出た秋は自分と大輝を指差した。
「わかりました。それではこちらにお名前を記入して下さい。その間に説明をさせて頂きますね。今回の大会では、武器、魔法の使用は自由。相手を死に至らしめたら失格。負けは敗北を認めるか、気絶した場合、また審判が判断した場合に決します」
受付嬢の流れるような説明の間に、大輝、秋が名前を記入していく。
「なるほど。念のため確認ですが……万が一相手を殺してしまった場合、それは犯罪行為になるのでしょうか?」
相手の力量次第では、力を加減できないこともあるため、名前を記入し終えて顔を上げた大輝は確認する。
「そうですね、明らかに故意である場合は調査が入ることがあります。それで黒と思わしき場合は懲罰対象となります。ですが、戦いの中でそういったこともありえると判断された場合は懲罰などはなく、大会のみ失格という形です」
こういった質問は良くあるのか、安心させるようににっこりと笑顔を浮かべた受付嬢はすらすらと答えていく。
「なるほど、わかりました。何か準備をしておくことや持ってくるものなどはありますか?」
「今からお渡しする札をお持ち下さい。それから、装備の貸し出しなどは行っていませんので、武器防具の準備はお忘れなく」
わかり切ったことであるが、過去にそれでごねた参加者もいるため、受付嬢は定型文として念押しをする。
「ありがとうございました。それでは、五日後よろしくお願いします」
話をしている間に、大輝たちのあとにも何人か並び始めたため、早々に話を切りあげて受付をあとにする。
闘技場を出たところで、一行は振り返って建物を見た。行列、というほどではないが、ちらほらと建物に入って行く様々な人の姿が見えた。
「なんか、結構参加者多そうだねー」
自分たちが出て来たあとも参加者らしき人物が何人か入って行ったのを見たはるなが感心したように呟く。
「そうみたいね……今からワクワクするわね」
秋は強そうな相手と戦えるかもしれないと考え、今から興奮していたのか好戦的な笑みを浮かべる。
「うん……僕も負けてられないね」
ぐっと握り拳を作った大輝は内に闘志を秘めているようだった。
「決勝はだいくんと秋ちゃんとか、ありそうだね!」
くるんと振り返ったはるなは二人の戦いを見てみたいと考えており、その姿を想像していた。
「あー、そうだね。城での訓練でも戦わなかったし、日本にいた頃も部活は男女別だったからね。……秋、もしあたったとしても手加減はできないよ」
大輝の言葉を挑発と受け取った秋も不敵な笑みを浮かべる。
「そういう大輝こそ、今から負けた時の言い訳を考えておくといいわよ」
二人はこみ上げる高揚感ににやりと笑うと、互いの拳をごつんとぶつける。
「……賭けとかできるのかな」
そうポツリと言ったのは冬子だった。グレイが参加した大きな武闘大会では、国が胴元となって賭けが行われており、冬子もそのことは知っていた。
「ほうほう、お嬢ちゃんは戦いよりも賭けに興味があるのかね?」
それは闘技場の周囲に設置されているベンチに座っている犬の老獣人の言葉だった。大きく開かなければ開いているのかどうかわからないほど瞼が垂れ下がっている。独特のゆったりとした口調は安心感を与えた。
「いえ、どちらも興味があります」
詳しく知っている雰囲気に興味を引かれた冬子たちは老獣人の方に近づく。
相手は明らかに年齢が上であるため、普段は淡々とした口調の冬子も敬語で返事をした。
「ほっほっ、それは良い。この国ではある程度の規模になると、国や主催団体が胴元となって賭けが行われるんじゃよ。お嬢ちゃんが言っているのはどの大会のことかね?」
この質問にも冬子が答える。
「五日後の大会です。直近で行われる大会の中では参加制限が緩く、参加人数も多いと聞きましたが」
冬子の言葉を聞いて老人はうんうんとゆっくり頷いている。
「うむ、そのとおりじゃよ。そして、その大会なら賭けも行われるから安心すると良い。まずは予選が行われて、決勝トーナメントから賭けが開始されるはずじゃ」
老人は手元にある用紙をもそもそと確認しながら冬子に答える。期待していた答えが得られたことに冬子は嬉しそうだ。
どうやら、老人が見ているのはここ最近行われる大会の一覧であり、大輝たちがもらったものとほぼ同等の情報量をもっていた。
「お爺さん、なんでそんなに詳しいんですか?」
「ほっほっほ、わしも昔は色々な大会に参加しておってな。今は観る専門じゃが、若き戦士の戦いはあの頃を思い出させてくれおるでな。その様子じゃお主たちも参加するんじゃろ? 楽しみにしておるよ」
老人は楽しげにそう言うと、持っていた杖など何だったのかと思えるほどすっと立ち上がり、大輝たちに軽く手を振ってどこかに行ってしまった。大輝たちは老人の軽快な動きに驚きながらも、教えてもらったことに感謝を示すようにそれぞれ軽く頭を下げた。
「あの親子、それに今のおじいさん。少なくとも三人が僕たちの戦いを見に来るんだ。恥ずかしい戦いはできないね」
元々そんな戦いなどするつもりもなかった大輝と秋だったが、より一層引き締まった表情になっていた。
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