第三百七十四話
大輝の決断を聞いたルードレッドはそれに対して苦言を呈したが、それでも大輝は揺らぐことはなかった。
「……なぜ、そこまでその大会にこだわるのでしょうか?」
「うーん……そうですね、一つは参加しやすいということ。二つ目として開始日が近いわりに、今でも受付をしているということ、そして三つ目……」
大輝の表情が真剣みを帯びてきたことで、それがなんなのかと期待したルードレッドが息を飲む。
「面白そうだから、だよね?」
にししといたずらっ子のような笑みを浮かべたはるなが大輝の言葉を代弁する。
「? うん、そうだね」
きょとんとした大輝はすぐに笑顔になると同意する。一人ガックリとうなだれたルードレットとは対照的に、はるなだけでなく、他の面々もわかっていると頷いていた。
「はぁ……。私にしてみれば危険なことはなるべく避けたいと思うところですが、みなさんは腕に自信がおありのようですから、それも良いのかもしれませんね」
まるで自国の王を相手どっている気持ちになったルードレッドの心には『諦め』の二文字が浮かんでいた。
「それじゃ、色々とありがとうございました。せっかく心配してもらったのにお気持ちをないがしろにするような真似をしてすいません」
穏やかな笑顔と共に大輝は情報をくれたことに感謝を、そして進言を無下にしてしまったことに謝罪をした。
「いえ、戦いを求める者を止めることのほうが無粋だと今では反省しています。この国では力こそが、強い者こそが正義と王も喧伝してらっしゃいますからね」
それは、建国以来全ての王が口にしていた言葉だったが、戦いをあまり好まないルードレッドにはなじみ切れない言葉でもあった。
「いえ、気になさらないで下さい。僕たちのことを心配してくれた気持ちはすごく嬉しいです!」
「そうそう、まあ相手が大輝だったのが悪かったってことよね」
「うんうんっ」
大輝は感謝し、秋は大輝だから仕方ないとルードレッドを納得させ、はるなは秋の言葉に頷いていた。
「……って、なんか僕、馬鹿にされてない?」
「ないないって、ほら早く立って! 受付期間はまだ大丈夫だけど、そういうのは早くしたほうがいいでしょ」
秋は誤魔化すように大輝の背中をせっついて立ち上がらせ、はるなは豊満な胸を押し付けるように大輝の腕をとっていた。
「ま、待ってって! あぁああああ、ルードレッドさんありがとうございましたー……」
意外と力強いはるなに引きずられながら大輝はなんとか礼の言葉を口にしていた。
他の面々も思い思いにルードレットに一礼すると、大輝たちのあとを追いかけて行った。
「はははっ、なかなか元気な方たちだ。……あの方たちなら私の進言も余計なお世話といったところでしょうかね」
ぽかんとしたのちに噴き出すように笑ったルードレッドは、勢いよく出て行った大輝たちの背中を穏やかな笑顔で見送っていた。
街に出た大輝たちは、目的地が定まったことで周囲を見渡す余裕が出て来ていた。
「なんだろ……あれ」
「何かしら?」
いまだはるなに腕を取られたままの大輝が指摘したのは、街行く子どもたちだった。楽しそうにはしゃぐ子供たちはシルバーの仮面のようなものをつけて走り回り、時折向かい合ってチャンバラのようなことをしていたのだ。
「あー、あれじゃない? なんかこの間の大きい武闘大会で優勝した人。名前は忘れちゃったけど、仮面をつけてたとかって」
それを見たはるなは前に聞いた話を思い出していた。
前回の武闘大会の優勝者グレイ、その彼がつけていた仮面のレプリカが獣人の国の子どもたちの間で大流行だった。子どもたちは武闘大会のまねごとをして遊んでいるのだろう。
「あー、なんか言ってたね。それにしても優勝した人が仮面をつけてたくらいでこんなに盛り上がるなんてすごいね」
感心したように子供たちを見る大輝は世の中何が流行るかわからないなと年寄りぶった心境だった。
「にいちゃん知らないの?」
その大輝に獣人の子どもが声をかけてくる。彼はその特徴から恐らく猫の獣人だろうことがわかった。
「何をだい?」
急に声をかけられた大輝は動揺することなく自然な動きですぐにかがんで、子どもと目線の高さを合わせて聞き返す。
「この間優勝したグレイって人。すっげーんだぜ!」
「すごい? どうすごかったんだい?」
興奮交じりに話す子供に優しい笑みを浮かべつつ、大輝は彼の言葉に続けて質問する。
「今回の大会はSランク冒険者が参加したり、騎士団の隊長が参加したり、他にも魔剣の使い手とか、歴代の大会の中でもかなりレベルが高かったのさ」
そう言ったのは子どもではなく、子どもの肩を抱き寄せた彼の父親だった。
「すまないな、うちの子どもが迷惑をかけて」
父親はぐしゃぐしゃと愛情ある乱雑さで子どもの頭を撫でると、苦笑しつつ大輝たちに謝罪する。
「いえ、迷惑だなんて。それよりも、そんな大会だったら優勝した人以外の真似をする子どもも出てきてよさそうですけど……」
立ち上がった大輝が疑問に思ったことを口にする。
Sランク冒険者といえば、世界を見てもそれほど多くなく、また強さを第一とするこの国の騎士団の隊長ともなれば相当な実力者であることが容易に想像できる。
「まあ、普通ならそうだろうな。だが、今回の優勝者は格が違った。そのSランク冒険者を撃破して、更にはこの国の将軍の甥っ子も倒した。そのどちらも怪我一つ負うことなくだ」
実力者相手にそれをやってのけるということは、更に数段上の力を持っていることを示す。そのことに気づいた大輝たちは思わず息を飲んだ。
「そして、決勝戦。……あれはすごかった。相手はうちの子が言った魔剣の使い手だったんだが、強力な魔法を使ったり、目で追うのも難しいほどの速度での剣技……そして最後には全てを上回ってグレイが優勝したんだ。あの戦いを見た子どもだったら、誰もが彼に憧れるんじゃないかね」
そう説明する父親も戦いを思い出して、興奮が顔に現れていた。今でもあの時の感動や興奮が忘れられないといった様子だ。
「これだけの人がすごいと認めるってことは相当だったんだね……」
熱く語る父親だけではなく、街行く子どもたちがみんな仮面を持っていることから、決勝戦の熱狂ぶりは余程すごいものだったのだろうと大輝は思い知らされた。
「大輝、私たちも負けてられないわよ!」
好戦的な笑みを浮かべた秋が少し気の抜けたように立ち尽くす大輝の背中をバチンと叩いた。
「げほっげほっ……そ、そうだね! 僕たちもがんばろう!」
「にいちゃんも大会に参加するの?」
大輝たちのやりとりを見て、きょとんとした表情の子どもが質問する。
「そうだよ、五日後に開催する大会に参加するつもりなんだ」
「ほう、じゃあ見に行くか」
「うんっ! にいちゃんがんばってね!!」
大輝の返事を聞いて、どの大会かわかった父親は笑顔で子どもに提案すると、輝くような笑顔で子供は即答しつつ頷いた。
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