第三百七十話
旅の支度が整った大輝たち一行はいま獣人国に向かう道中にいた。
「まさかドワーフの国に行くには獣人の国を経由することになるとはなあ」
意外だというようにつぶやいたのは大輝だった。これまで彼はこの世界の地図を見たことはなく、てっきり真っすぐドワーフの国を目指すものだと思っていた。
「ねー! うちもそうだと思ってた。でもさ、獣人さんって会うの楽しみだね! トゥーラやお城では獣人さんっていなかったもん!」
興奮交じりのはるなの言葉に、秋とリズと冬子は首を横に振っていた。
「あんたねえ、ガルギスさんのことはもう忘れちゃったの? 他にもトゥーラには獣人の人はいたわよ」
「……いた! かも?」
はるなはどうやら周囲よりも自分たちのことに集中していたため、あまり視界に入っていなかったようだった。そんな彼女は以前、通信簿に周りのことが見えていないことがありますと、よく書かれていた。
「なーんて、ちゃーんと覚えてるよ?」
冗談だよとでも言いたげにはるなはペロッと舌を出して言うが、本当のところは怪しかった。
「ふぅ……まあいいわ。それよりも獣人の国よ。ちょっと前に大会があったっていう話だけど、トゥーラやお城とはだいぶ変わった雰囲気みたいだから楽しみね」
大きな大会は年に一回だったが、小さな大会や腕試しなどは年間通して行われている。剣道の大会に出場していた経験のある秋はそういったものに期待して今からわくわくしていた。
「僕も何か大会が開催されていたら出てみたいなあ……」
大輝も秋の考えに賛同する。彼もまた大会と聞くと身体がうずうずするタイプだった。
「お二人が参加したら、決勝戦はお二人で戦われることになりそうですね!」
柔らかい笑みを浮かべて両手を合わせたリズはその様子を思い浮かべて楽しそうにしている。
「……いいけど、みんな本来の目的を忘れないで。目指すのはドワーフの国」
ぱたんと読んでいた本を閉じた冬子が四人に釘を刺す。いつもであれば、まとめ役になる秋がみんなの方向修正を行うところだったが、その秋が道を逸れる側にいたため、仕方なく冬子がその役目を買って出た。
「うっ……わ、わかってるよ。でも、少しくらいはいいと思うんだよね。ほら、情報収集もしないとだし、冒険者ギルドに顔を出したり……そのついでに小さな大会とかに参加するのも悪くないかなあ、って」
大輝は冷ややかな冬子の突っ込みにたじろぎながら答える。あわよくばという魂胆が隠しきれていない。
「別に本題を忘れてなければ構わない。あの国も独特の文化がありそうだから楽しみ」
再び本を開いた冬子は念のため注意をしただけで、自分自身も獣人の国を見て回りたいと考えていた。
「なんだ、冬子も別の目的があるんじゃない。まあ、でも冬子の言うようにドワーフの国に向かうって目的は忘れちゃダメよね」
秋は冬子にも目的があるようで安心しながらも、気を引き締めることにする。
「……とりあえず、アレをなんとかしませんか?」
会話に夢中になっていたせいでいつの間にか停止していた馬車の前方には魔物が現れており、リズは一人、気が気ではない様子だった。まだ距離があるため、手を出す前にみんなに声をかけたようだ。
「そうだね、新しい武器も試したいし……秋、行こう!」
大きく頷いた大輝はひらりと御者台を降り、新しい剣を引き抜くとやる気満々で魔物に向かって行く。
「いいわね! みんなは馬車を守ってて!」
声をかけられた秋も大輝に続いて新しい剣を試してみたいらしく、颯爽と馬車を降りて走っていく。
「いってらっしゃーい」
メイスは手にしているが、はるなはのんきそうに手を振って笑顔で二人を見送る。
「リズ、はるな、周囲の警戒を怠らないようにしよう」
杖を片手に冬子は二人に注意を促す。目の前で戦闘中の魔物に気を取られて、後方や側方から馬車が襲われる可能性を危惧していた。
「……来ましたね。さすが冬子さん」
リズは冬子に言われてすぐに周囲に気を配ると、その指摘のとおり後方からやってくる姿を見つける。
「うーん? あれは人?」
手を目の上にやってきゅっと目を凝らしたはるなの視線の先からやって来たのは馬に乗った人だった。
「人相が悪い。二人とも降りて」
馬車に乗ったまま対応するのは難しいため、冬子の言葉を合図にしてすぐに三人は馬車を降りた。
「おいおい、ばれてるじゃねーか」
「へっへっへ、でもいいじゃねーか。上物ぞろいだぜ!」
「ちょうど三人いるから、俺はあの金髪のねーちゃんもらうぜ!」
ぐへぐへと下品な笑みを浮かべて口汚い言葉を発する男たちはどうやら盗賊のようだった。舌なめずりしている者もおり、はるなは不快そうに顔をしかめる。
「……あなたたちがあの魔物を仕掛けたの?」
冬子は淡々とした口調で盗賊に質問する。魔物たちと連携した動きなのかどうかを確認するためだった。
「ああん? 俺たちが魔物使いにでも見えるっていうのか?」
「へっへっへ、教えてやるよ。このあたりは結構魔物が出るんだよ。そいつらが旅人の馬車の前に現れて、そっちに気を取られているうちに俺たちが馬車のほうを頂くって寸法だ」
わざわざ手法を説明してくれるのは、冬子たちのことを完全に舐めきっている証拠だった。彼らにとって目の前の冬子たちはか弱い少女にしか見えていないようだ。
「なるほど、なかなか悪くない手かもしれない……」
冬子は盗賊の作戦に感心していた。
「ちょ、ちょっと冬子ちゃん、何相手を褒めてるの! うちら狙われてるんだよ!?」
はるなが苛立ち交じりで怒っている間も、盗賊たちはいやらしい笑みを浮かべながら、冬子、はるな、リズの身体を値踏みしていた。この先に待ち受けるお楽しみを考えているのかもしれない。
「そうですよ! トーコさん、落ち着いている場合じゃ……」
リズも普段と変わらない様子の冬子に慌てるが、彼女の変化に気づいてぴたりと言葉を止める。
「おい! てめえ、何しやがった!」
その頃にはさすがに盗賊たちもいつもと何かが違うことに気づいて唾を飛ばす勢いで声をあげる。
「私がただ話をしていたと思った? それはおめでたい頭をしてる」
話をして気を逸らしている間に冬子は魔力を練り上げ、魔法を展開していた。
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再召喚された勇者は一般人として生きていく? 獣人の国の狂戦士 6/26発売です!
ナンバリングされていませんが、3巻にあたります!




