第三百六十八話
買い出し組、装備組、そして最後の一つである情報収集組に冬子の姿はあった。組といっても実際のところは冬子のみだったのだが。
「さて、これで静かに本が読める」
一見すると無表情だが内心は満足げな冬子は一人で図書館を目の前に、色々な本を読めることを喜んでいた。
「まずは情報収集から」
それでも、まずは任された仕事をこなすことを優先していくところは冬子らしかった。
「……ドワーフの国の情報と、あとは途中立ち寄る予定になっている獣人の国の情報を集めておかないと」
冬子はぽつりと呟いた。恐らく大輝とはるなは獣人の国に寄ることになるとは思っていないのだろうなと思い浮かべると、口元に自然と笑みが浮かんだ。目が笑っていない口元だけのにやりとした笑みはどこか怖さを持っている。
中に入ってすぐに男女の司書がいる受付で利用金を支払った冬子は順番に棚を眺めていく。
「これは、なかなかいい図書館」
わかりやすいように分類されており、並べられている分類以外にも受付で質問すれば求めている本を探してくれるため、非常に快適な図書館であることに彼女は嬉しそうだった。
だが冬子は自分で本と出会うことも楽しみの一つとしているため、あえてその申し出は断って自分で本棚を確認していた。
「基本的には国別の並び……いくつか手を出してみよう」
タイトルからだけでは内容を把握できないため、なんとなく目に留まった本を手にとってはパラパラとめくりあたりをつけていく。
「これはダメ……これはよし……これもよし……これはダメ」
淡々と本を順番に選別していき、ある程度たまったところで机に移動する。
「まずは国の歴史と現在の国の状況、それから特徴と特別なルールの確認」
冬子はしゅぱっとノートを取り出すと、そこに気になる情報を次々にメモしていく。その速度は蒼太が以前ここで行った時よりも早く、尚且つ情報の抜粋が正確だった。それだけでこの作業に慣れているのがわかる。
新しい本や知識との出会いに冬子は食事をするのも忘れてものすごい勢いで本を消化していく。速読ができる彼女はそれを活かして必要な情報をどんどん吸収していた。
「あ、あのー……」
時間も忘れて没頭していたその作業中、冬子に声をかける者がいた。
「んっ?」
突然声をかけられたことに表情には出ないが少しだけ驚いて冬子は顔を上げる。
「その、朝からずっと作業されていますので、差し出がましいのですが、休憩を入れたほうが良いのではないかと思いまして……」
そこにいたのは受付にいた二人の男女の司書だった。遠慮がちに話しかけて来たのは男性の方だ。
「えっと……今どれくらいですか?」
冬子は徐々に状況を把握し、またやってしまったかと内心焦り、なんとか口をついて出たのがその質問だった。いつものメンバーと話す時とは違い、丁寧さが前に出てきている。
「今は昼の時間を過ぎて、そろそろおやつの時間になろうかというくらいです」
女性の司書が告げたその表現は独特だったが、つまりは二時から三時くらいなのだろうと冬子は理解する。
「なるほど……道理でお腹が空いたわけですね……少し休憩のため外に出たいのですが、ここは」
「このままでよろしいですよ。預り金はお預かりしたままになってしまいますが」
今、冬子の周りには彼女を覆うように本が大量に置いてあり、それを片付けたのでは時間がかかってしまうため冬子が確認しようとしたが、その問いは予想していたらしく、男性の司書から答えはすぐに返ってきた。
「それではお言葉に甘えて、少し食事に出てきます」
「はい、いってらっしゃい」
「お気をつけてー」
すっと冬子が立ち上がると、司書の二人はその背中を見送った。
「日本の図書館だったら絶対になかった……利用者の一人一人を気にかけているのはすごいかも」
将来自分も司書になりたいと思っていた冬子はさっきの二人の司書の気遣いに感銘を受けていた。
進んで必要な本を一緒に探してくれる。根を詰め過ぎているようであれば、それとなく声をかける。そんな人に寄り添った司書になれたら、そう考えていた。
「さて、どこかゆっくり食事がとれるところ……」
冬子は切り替えて昼食をとれる店を探すことにする。その後、冬子は蒼太たちも寄ったことのある喫茶店で食事をすることとなった。
そして、一時間程度で冬子は図書館に戻って来た。
「あ、お帰りなさい。本と席はそのままなのでどうぞ」
入って来た冬子の姿を確認すると男性の司書が出迎えた。
「あ、ありがとうございます」
まさか声をかけられるとは思わなかった冬子はやや驚きながらも返事を返した。
席に戻ると、そこは司書の言葉のとおり冬子が出かける前のままだった。……一つを除いて。
「この本は……もしかしてあの二人が?」
机の上には冬子が持ってきた本以外に見覚えのない二冊の本が増えていた。
吸い寄せられるようにそれを手にしてパラパラとページを進めていく。読み進めていくたびに表情は変わらないが、冬子の雰囲気が明るくなっている。
「これは……いいかも。もう一つは」
一冊目の内容にざっと目を通した冬子は期待を胸に次の本を手に取る。
「こっちも……うん、使えそう。私が読んでた本から何を探しているかを判断した、のかな? ちょっと悔しいけど、でもやっぱりプロはすごい」
自分の求めている本が自然な気遣いで差し出されたことに、世界は異なれど、プロの司書という者への憧れと尊敬の気持ちを冬子は持つこととなる。
「さてと、二人の厚意に甘えて、この本を含めて残りの情報収集に集中」
冬子はそう気持ちを入れなおすと、これまで以上の速度で作業を進めていった。その途中、本の山の中にもう一冊、司書が持ってきた本があることに気づく。
その本のタイトルは『千年前の勇者の物語』。
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再召喚された勇者は一般人として生きていく? 獣人の国の狂戦士 6/26発売です!
ナンバリングされていませんが、3巻にあたります!




