第三百六十五話
「一合も交わさずにいなくなりましたが、強いのだけは対峙してわかりました。それ以上のことは何も言えません。マントをひるがえすといなくなってしまったので……」
数度の言葉のやりとりの後、いなくなった魔族。それだけが全てだった。大輝はそうして全て話し終えると口をつぐんで顔を少し俯かせる。
「ふぅ……まさか魔族が関わっているとはな……もしかしたら万が一くらいの可能性では考えていたが、魔族そのものと出くわすとは……」
神妙な面持ちでグランはどこか信じられない気持ちを抱えつつ、しかし恐らく嘘は言っていないであろう目の前の青年に対してため息をついた。
「僕たちは少し甘く見ていたようです。今のままでは装備も、技も、魔法も、基礎能力も全てが足りません。だから、調査を進めつつも自らの強化を最優先に動いていこうと思っています」
真剣な表情で顔を上げた大輝が告げる。これも馬車の中で事前に話していたことだった。
仮に魔物や魔族に襲われている人を見つけても、救い出せるだけの力を持っていないことには始まらない。それが彼らの出した結論だった。
「ふーむ、そうそう魔族と出くわすものでもないだろうから調査を優先してもらいたい気もするが……」
大輝たちの気持ちもわかるグランだったが、口にしたのはギルドマスターとしての意見だった。問題にあたる手駒が限られている中で、彼らの優先順位が変わることは痛手だからだ。
「僕たちの本来の目的は別にあります。もちろん魔素の問題も解決しないといけないものですが、それだけをやっていくことはできません」
例の魔物を倒すことができるのは大輝たちだけであるため、なんとかつなぎとめておきたいグランだったが、大輝の目を見てそれは無理であることがわかる。大輝の瞳からは勇者としての決意が強く感じられた。
「……わかった。とりあえず情報の共有はできるように他のギルドにも根回しをしておくから、優先順位が低いとしても気にはしておいてくれ」
一息つくとグランは諦めたようで、次善の策をとることにした。
「それはもちろん! みんなが平和に暮らせるのが一番ですからね!」
理解してもらえた嬉しさから明るい笑顔を浮かべた大輝は大きく頷く。まさに勇者タイプといわんばかりの善意に満ちた言葉だった。
「……あの、私からもいいですか?」
秋が軽く手をあげて質問する。
「うむ、構わんよ」
「私たちは、経験も装備も足らないと思っています。訓練もお城の騎士団の方とだけですし、装備もお城で用意してもらったものがほとんどです」
真面目な表情で語る秋の説明をグランはふむふむと相槌を打ちながら聞いている。
「誰か私たちの指導をしてくれる人、もしくは装備を作ってくれる人を紹介してもらえませんか?」
そう話す秋はただこのままむやみに旅をするよりも、ツテの多いギルドマスターに紹介してもらったほうが効率的だと考えていた。
「うーむ、お主らに指導をできるとなると……この間の依頼に参加したカルロスやガルギスあたりしか思い当たらんな」
考え込むように腕を組んだグランの発言に、あの二人なら! と秋は思った。
「確かにあの二人なら強いし、経験もあるからいいかも!」
ぱっと表情を明るくしたはるなも、秋と同じようにその意見には賛成だった。
「問題は二人がどこにいるかわからんことだな……まあ、大所帯だから情報もいずれは入ってくるだろう。それよりも、装備のことを言っていたな。装備を作るならドワーフの国に行くのが一番だろう。あの国には鍛冶職人が多くいて、市販のものでもかなりの良品があるはずだ」
グランの話に大輝たちは驚く。まだまだこの世界について知らないことが多い彼らにとって、以前からゲーム等で親しんだ種族がいることは感激だった。
「ドワーフもいるんだ!」
「ほんとファンタジーだね!!」
「知ってた……でも、ドワーフの国、見たことないから行ってみたい」
大輝とはるなはゲーム的なイメージで喜び、冬子は知識として得たものを実際に見られることに興味津々だった。
「あんたたち……驚くところが違うでしょ。まあ気持ちはわかるけど」
これまでにも獣人を見る機会があり、その度に喜んでいた大輝たちだったが、他の種族に会えるかもしれないと考えると子どものように喜んでいた。人族の王城にいる期間が長かったせいもあり、異世界感があまり感じられなかったせいもあるだろう。
「お主ら……年相応の顔もするんだな。まあいい、ドワーフの国で装備を用意するなら注文して各人にあったものを作ってもらうのが一番であろう」
ドワーフ族たちの専売特許である手先の器用さならば、武器との相性、サイズ、特性など個人個人に最もあったものを作ることができるため、それが一番だと思われる。
「だが……」
「なかなか難しいかもしれませんね」
言いよどむグランの言葉にミルファが続いた。
「どういうことですか? お金の問題なら、なんとかなると思いますが……」
不思議そうに首を傾げた大輝はきっとオーダーメイドとなると値段が高いものだと思い、そう口にした。
「あー、まあ金の問題も確かにあるんだが……それよりも、な」
「はい、注文待ちがすごいことになると思います。ドワーフの国には各国から依頼が殺到しています。冒険者も多くの方が注文しているようなので、有名な方になると年単位待つことも……」
グランの問いかけにミルファは少し言いづらそうにしながら話す。
「なるほど……ということは待たない可能性もあるってことですね!」
グランとミルファが言った話は、基本的に前向きな大輝たちの足を止めることにはならなかった。
「そうね、今からダメかもしれないとあれこれ心配をしても仕方ないわ。それは行ってから考えましょう。それにドワーフの国に行けば、あの二人もいるかもしれないわよね」
冒険者であれば、装備の新調や手入れのために著名な鍛冶師のいる国に行く可能性もある。それならば、装備と訓練の二つの目的を達成できると秋は考えていた。
「だったら、次の目的地はドワーフの国だね! 楽しみだなあ!」
きゃっきゃとはしゃぐはるなは純粋に旅を楽しむ気持ちでいる。
「城にいた頃には考えられなかったことです」
ふんわりとほほ笑んだリズも、まだ見ぬ遠い国に思いをはせていた。
「はぁ……自分から言っておいてなんだが、お前たちを引き留めておくことはやはりできんようだな」
わいわいとドワーフ国について盛り上がっている大輝たちを見て、グランは苦い表情で再びため息をついていた。
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再召喚された勇者は一般人として生きていく? 獣人の国の狂戦士 6/26発売です!
ナンバリングされていませんが、3巻にあたります!




